ギラード新首相、与党労働党を率い早期総選挙に突入−8月21日実施

政局展望

ギラード新首相、与党労働党を率い
早期総選挙に突入−8月21日実施

−2010年連邦総選挙の概要

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

7月17日(土)午前10時半、労働党のギラード連邦首相がキャンベラの連邦総督公邸でブライス連邦総督と面談。その後、正午に連邦議会内で記者会見を開いたギラードは、次期連邦選挙の実施日を8月21日(土)とする旨、公表している。以下は7月27日の時点における選挙の分析である。

選挙実施のタイミング

今回の選挙形態、具体的には下院と上院半数改選の同時選挙の場合、連邦憲法をはじめとする各種の規定から、最も早い実施時期は今年の8月7日で、一方、選挙実施の最終日は2011年4月16日であった。ただ、選挙が来年にまでずれ込むと考える向きは皆無であったものの、少なくとも数カ月前の時点では、選挙実施は第4四半期、具体的には10月もしくは11月と予想する向きが多かった。

要するに、8月21日という選挙のタイミングは、かつての予想よりは相当に早めの選挙と言える。その点に関してギラードは、選挙コール日の記者会見の中で、党内で首相に選ばれた自分としては、できるだけ早く国民の信を問う、国民からの「お墨付き」をもらう必要があるから、云々と弁明していた。ただギラードが早期選挙を選択した真の理由としては、以下の4点が指摘できる。

第1に、新首相の登場に伴う「蜜月効果」の活用である。ギラードは6月24日に首相に就任したばかりで、しかも豪州では初の女性宰相である。そのため、現在のところはギラード労働党への順風が吹いており、その順風に乗って、あるいは順風が吹いている内に、選挙に打って出るのが得策、との指導部の判断があった。

第2に、上記理由の反面として、今後ギラードならびに労働党への支持率が大きく上昇することはあり得ない、それどころか、野党と再度接近する可能性すらある、との指導部の懸念、判断があったものと思われる。

第3に、早期選挙の選択は、国民をいわば「リセット」するためのものでもあった。というのも、ギラード首相誕生後も、国民やメディアの注視は、主として政府のマイナス部分に注がれてきたからだ。こういった状況を一挙に変え、政府の失態から国民の目を逸らし、同時にアボット野党の欠陥を精査させることを目論んで、政府は早期選挙を選択したものと考えられる。

最後に第4点として、既に国民の間に選挙は間近との思いが強まっており、したがって選挙実施のモーメンタムが著しく高まっていたことが指摘できる。そのため政府が徒に選挙を延ばすことは、国民の欲求不満、あるいは「選挙待ち」で重要な意思決定を控えてきたビジネス界の欲求不満を強め、ひいては政府への反発を惹起する恐れがあった。

選挙争点

そもそも政策上の重要争点となり得るのは、当然のことながら、与野党間に路線上の差異があって、しかも国民の関心度の高い分野である。

伝統的には保健・医療分野や教育分野などがこれに相当し、実際に政策分野別の国民の関心度世論調査では、両分野はほぼ恒常的に1位もしくは2位を占めている。そして、医療や教育は、一貫して労働党の方が「得意」と見なされてきた分野である。

こういった事情もあり、また労働党政府が相当規模の改革を計画していることもあって、政府は今次選挙でも、一応「①医療政策」を争点化させるべく目論んでいる。ちなみに同医療制度改革は、州等政府が主管する公立病院行政への連邦の介入、権限の強化を目指すものである。政府は同改革案を前面に掲げつつ、未来のビジョンのある政府、行動力の政府、とのパーセプション作りに励むものと予想される。

考えられる政策争点としては、ほかにも「②資源税問題」「③ボート・ピープル問題」「④気候変動問題」、さらに「⑤労使関係」も挙げられる。周知の通り、上記②③④は、ラッド労働党政府を苦境に陥れてきた、したがって何らかの対応策が必要とされた、もしくはギラードの対応が注目されていた3政策分野である。

ただ上記②については、一般国民の関心が高いとは必ずしも言えないし、③の場合は、ギラード政府が相当な「右旋回」をして、もともと硬派路線の野党に接近していることから、これも重要な争点とはなり難い。さらに④にしても、同問題に対する国民の関心も以前よりは薄れており、前回選挙に比べて重要度は低いものと考えられる。

最後に⑤の労使問題だが、これについては政府の方が積極的で、政府は労働組合と連携しつつ、野党は政権奪取後に労使政策「ワークチョイス」の再導入を計画している、とのスケアー・キャンペーンを展開する予定である。ただ野党は、労働党政府が施行した豪州公正労働法の存続を約束していることから、政府の争点化の目論みもかなり困難になることが予想される。

以上述べてきたように、実のところ今次選挙には、例えば1998年選挙の「財・サービス税(GST)導入問題」や、2007年選挙での「ワークチョイス」といった、選挙の帰趨を決定しかねない重要政策イシューがあるわけではない。むしろ、国民の投票行動を決定する最重要要因となり得るのは、まず国民の生活に直接影響を及ぼす経済の現況、また同状況の現出に責任があると見なされる政府の経済運営能力、舵取り能力、あるいは野党の運営能力に対する予想といった、与野党の経済手腕に対する有権者の印象や判断であると考えられる。与野党もこれを重視しており、ともに経済運営能力を中核争点化することを狙っていると言える。

この経済運営問題だが、同分野は医療や教育とは異なり、伝統的には自由党の方が「得意」とされてきた分野である。それにもかかわらず、政府が積極的に争点化しようと目論む背景には、08年に発生した世界金融危機(GFC)を見事に乗り切ったとの政府の自負がある。すなわちGFCに伴い、国内の実体経済にも影響が出始めたことから、政府は数次にわたって財政出動を行ったのだが、政府は、現在の豪州経済がほかの先進国に比べて好調であるのも、これら景気刺激策のお陰との思いを抱いており、そこで金融危機対策という実績を示しつつ、積極的に経済運営問題を取り上げようとしているのだ。

また、政府は経済運営能力に関連して、度重なる財政出動によって膨らんだ財政赤字、債務が、予測よりも早期に解消されることも強調するものと思われる。具体的には、昨年5月の連邦予算案の公表時に予測された時期よりも3年も早く、財政収支が黒字化する見込みであること、そして政府純債務も、同じく予測よりも3年も早く解消されることを誇示するものと思われる。

これに対して野党側も、経済問題を前面に掲げる見込みで、政府が自画自賛する財政出動策にしても、「オーバー・キル」であった、要するに、そもそも財政出動のために、あれほどの規模の財政赤字、借金を作る必要はなかったと指摘する見込みである。そして不必要、過剰に財政の悪化を招いたとするならば、換言すれば、政府が自ら問題を作り出したとすれば、それを予想より早目に改善したからといって、大仰に自慢する話ではないと反論するものと考えられる。

また野党は、景気刺激策に含まれた断熱材普及スキームや学校インフラ整備策を取り上げつつ、政府の莫大な無駄遣い、浪費を批判し、ひいては政府の運営能力、政策執行能力の欠如を強く攻撃するものと考えられる。

そして、経済運営能力問題と双璧をなす選挙帰趨の決定要因が、ギラードおよびアボット両リーダーに対する評価である。どちらのリーダーに好印象、あるいは悪印象を抱くかで、多くの有権者、取り分け浮動層の投票行動が決定される可能性があり、その意味で、キャンペーン中にリーダーが大失態でも演じれば、重大な結果をもたらす恐れがある。

その点では、これまでもしばしば舌禍事件や問題発言を行ってきたアボットの方が、ギラードよりも危険であると言えよう。

選挙帰趨

豪州で政権が交代するのは、①現状維持志向の強い国民も長期政権には流石に飽きがきて、いわゆる「イッツ・タイム・シンドローム」、すなわち「政権の替え時症候群」が発生する、②政府を懲らしめたいという国民の強い願望がある、③野党の政権担当能力の方が明らかに上に見える、といった明確な理由が存在する場合と言われる。

ラッド時代にも、上記①は当然として、③の要因も当てはまるとは思えなかったが、ただ度重なる政府の公約破り、変節、あるいは稚拙な政策の執行ぶりに、一部の有権者は政府に強い憤り、不満、幻滅感を抱きつつあった。そのため今年の第1四半期ごろまでは、野党が勝利すると予想する向きは皆無であったが、5月に入ると、仮に与党労働党が再選を果たすにせよ、与党は苦戦を強いられる、しかも6月になると、野党が勝利する可能性までが真剣に取り沙汰されていた。

ところがギラードが首相に就任し、換言すれば、上記②の最大の要因であったラッドが失脚した結果、②の要因も当てはまらない状況となった。

確かに首相就任直後には、あれほど見事なパフォーマンスを見せたギラードであったが、その後の数週間ほどの間にパフォーマンスにもやや綻びが生じつつある。

具体的には、選挙の前に、何とか政府にとっての問題イシュー、障害を速やかに除去する、あるいは政治的に「中和」しようとするあまり、ギラードがラッドばりの単独さ、性急さ、政治的得点のみ重視という、ネガティブな面を曝け出したことであった。また「蜜月効果」を最大限に生かすという、ギラードの早期選挙の選択にしても、有権者はこういったオポチュニスト的な政治家を嫌うことも指摘できよう。

さらに、1期目の中途でラッドを引きずり降ろしたことから、一部でギラードが「謀反人」、あるいは「得体の知れない政治屋の紐付き」と見られていることもマイナスと言える。しかもギラードの密約裏切り疑惑などもあって、ラッドの出身州であり、選挙上も重要なQLD州では、取り分けギラードに反発する向きもある。

しかしながら、全国的なレベルで、有権者の中に上記の②、すなわちギラード政府を懲らしめたいとの感情が醸成されているわけではない。それどころか、やはりギラードが首相に就任したばかりであること、しかも初の女性宰相であるとの事実は、ギラード労働党に有利に働くものと予想される。

他方で、ハワード保守連合政権は11年8カ月もの長期政権であったこと、そして同政権が葬り去られたのは前回の07年選挙に過ぎないことを考えれば、有権者の多くが、それから3年にも満たない時期に保守政権の再登場を望むかについては疑問もあろう。

もちろん、選挙は「水物」であるし、選挙の帰趨はキャンペーン中に発生するさまざまな出来事、事件にも左右される。ただ、少なくとも現時点では、与党が再選される可能性の方が高いと見る向きが多い。

逆に野党が勝利した場合は、正に豪州政治史に残る画期的な大番狂わせとなる。というのも、1901年の連邦結成以来、第1期目の政権が敗北したのは過去に1回だけ、しかも80年ほども前の出来事であるからだ。

新着記事

新着記事をもっと見る

新着イベント情報

新着イベントをもっと見る