【政局展望】現行労使制度に関する答申書

政局展望

現行労使制度に関する答申書

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

 

8月2日、現行の公正労働法(フェア・ワーク法)に関する答申書が公表されている。これを受けて労働党政府は、近々に改正法案を策定し、年内には議会に上程する計画だが、それが大きな変更内容を含んだものとなる見込みは低い。

公正労働法の総合評価

2007年11月の連邦選挙で勝利した労働党は、08年の11月に労使制度改革案である公正労働法(フェア・ワーク)案を下院に上程し、翌09年3月に成立させている。同法の本格的施行は10年1月1日であったが、一部は09年7月1日より施行された。第1段階の施行から既に3年ほどが経過し、政府が立ち上げた諮問委員会の答申書が今回公表されたわけだが、大部の答申書は、現行の公正労働法に関して計53点の改正・修正提言を行っている。ただ、その多くは比較的マイナーで、しかもテクニカルなものとなっている。その事実からも、諮問委員会が同法に十分な「合格点」を与えていることが伺える。

実際に答申書は、公正労働法は、賃金の成長、労使紛争、賃金水準と雇用市場の需給との関係、雇用成長、労働パターンの柔軟性といった各視点から判断して、経済成長、経済繁栄に資するものとなっている。さらに労使双方の権益、恩恵の観点から見て、ちょうど適切なバランスを採っていると述べるなど、その総括、結論は公正労働法を相当に高く評価したものとなっている。

公正労働法に好意的な答申書の結論は、実は大方の予想通りのものであった。そのように予想された第1の理由は、諮問委員会の構成メンバーにある。政府が任命する諮問委員会のメンバーには、「御用何とか」とまではいかないまでも、政府や政府の政策に好意的な人物が選ばれることが一般的である。

公正労働法の諮問委員は、エコノミストで豪州準備銀行(RBA)の理事でもあるエドワード、労使法の専門家である学者のマッカラム、そして元連邦裁判所判事のムーアの3人だが、この内のエドワードは、財務大臣ならびに首相時代の労働党のキーティングに、経済担当顧問として仕えた人物であるし、またマッカラムにしても、被雇用者の権利を重視する学者として知られる。

予想通りとなった第2の理由は、政府が諮問委員会に指示した「調査の眼目」がかなり広範で、しかもやや曖昧模糊でもあったからだ。そのため、政治的に「色の付いた」諮問委員が、公正労働法に関する恣意的な判断、分析を行うことが可能と予想されたのだ。

答申書の主要骨子


労使交渉やストによる賃上げ圧力に加え、豪ドル高、原料価格の高騰などの影響で厳しい経営を強いられる豪製鉄業

答申書の主要提言内容としては、①労働組合の争議権の一部制限、②いわゆるグリーンフィールド協約交渉制度の改善と豪州公正労働局(FWA)の介入権の拡大、そして、③個別柔軟性条項(IFAs)制度の改善、などが挙げられる。

上記①の争議権の一部制限とは、最近大いに物議を醸した、FWAによる争議権絡みの判断に対する対応策である。周知の通りFWAとは、いくつかの労使機関を統廃合して新設されたスーパー労使機関である。

さて豪州において労使の争議権、すなわち労働争議の民事上の免責が初めて認められたのは、キーティング政権施行の「93年労使関係改革法」においてと、実はごく最近のことであるが、労組が合法ストライキを実施するためには、第1に、ストは企業別交渉の期間中であること、第2に、スト行為を決定する際には、被雇用者を対象とする秘密投票を実施して、マジョリティーの支持を受ける必要がある。

ところが、少なくとも労組にとっての問題点は、雇用者側が労組との団体交渉を拒否した場合で、そうなると交渉そのものがスタートできないため、争議行為に訴えることも不可能となる。ところが10年12月のFWAの単独審、その後、11年6月のFWA合議体の公正労働法の判断、解釈によると、労組が真摯に交渉を望む一方で、雇用者側が交渉を拒否する状況においては、労組は雇用者に交渉を迫るための合法ストを実施することが可能、というものであった。

当然のことながら、ビジネス界はFWAの判断に強く反発するとともに、公正労働法の改正を労働党政府に強く迫ってきたという経緯がある。ビジネス界の不安、怒りももっともなことで、というのも、公正労働法の中核は、労組を一方の主役とする団体交渉の重視であることから、ただでさえ同法の下では労組の役割、権限、影響力が増しており、その上に労組の争議権が強化されれば、労使の力のバランスは一層労組寄りに傾くことになるからだ。

今回公表された答申書も、ビジネス界の懸念に配慮して、公正労働法の改正を通じ、「まず先制ストを打ち、交渉はその後」といった労組の行為を不可能にすべきと提言している。一方で答申書は、「先制スト」の禁止以外の、ビジネス界からの争議権関連の要求については拒否している。

ビジネス界の要求について補足すると、FWAは例え労使の交渉期間中であっても、例えば争議行為が豪州経済にダメージを与えている、などと判断した場合には、交渉期間の凍結あるいは中止を宣言し、もって争議行為を違法化することができる。ところが昨年のカンタス争議でも明らかになった通り、ビジネス界はFWA介入の「敷居」が高過ぎるとの不満を抱いている。そこでビジネス界は、FWAは経済へのダメージなどがより低い段階において容易に介入すべきと主張している。ただ答申書は、「敷居」の問題についてはそのままにしている。

問題は、プロジェクトの遅延がコスト増に繋がる、あるいはプロジェクトそのものの中止に繋がりかねないことを十分に認識している労組が、使用者側の「足下に付け込んで」、法外な条件を吹っ掛けたり、あるいは「牛歩」戦術に訴えてきたことだ。

この問題について諮問委員会が提言したのは、主として2つの策を通じた制度の改善策である。

第1は、公正労働法内のいわゆる「真摯な交渉条項」(“in Good Faith”)、すなわち労使双方に積極的な対話を義務付けた条項の、グリーンフィールド協約交渉への適用である。これによって、極端に理不尽、非合理的な要求を行ったり、交渉の席に着こうとしない、交渉の席を立った、あるいはいたずらに交渉を延ばすような労組の姿勢は、「真摯に交渉していない」との烙印を押され、同条項に抵触したと見なされる恐れがある。

第2の策は、FWAの介入強化である。委員会は、こう着状態に陥ったグリーンフィールド交渉に対しては、FWAが制限された強制調停行為を自らの意思で主導すべきと提言している。一方でFWAは、連邦政府の紛争介入権については否定的である。

最後に③だが、まずIFAsについて概説すると、上述したように、労働党の労使政策の中核とは、弱肉強食の労使の世界では不可欠と党が見なし、また労働組合のレゾン・デートルでもある団体交渉制度の重視である。ただ団体交渉を重視する労働党政府も、保守政党に比べるとやや中途半端ながら、同時に交渉の分散化や柔軟な労働条件の重要さを主張してはいる(注:そもそも企業別協約制度を初めて導入したのは、キーティング労働党政権である)。

その顕れの1つであるのが、団体協約交渉方式の中に、個別かつ柔軟な労働条件の決定を可能にする、IFAsを挿入することを義務付けたことであった。そして、これまで労働党政府は、公正労働法には柔軟性が不足しているとの産業界、ビジネス界からの批判に対しては、それは単にビジネス界がIFAsをうまく活用していないから、と反論してきたという経緯がある。

ところが雇用者側にとって問題であるのは、例えば被雇用者に対して、一旦は合意したIFAsの内容から容易に離脱できることを認めていること、要するに同条項が被雇用者の便益に偏重している点や、「不利益審査」通過の必要性、すなわち全体的、総合的に見て、労働条件が被雇用者に不利となってはならないことだ(“Better Off Overall Test”)。

より重要な問題点として、労働条件交渉で被雇用者を代表する労働組合が、IFAsそのものに抵抗、反対しており、雇用者ばかりか被雇用者にも有益に思えるIFAsすら合意できないことも挙げられよう。その背景には、産業横断的、あるいは職種ごとに組織されている労組にとっては、むしろ画一性こそが重要事項であり、同じ労組員の間で労働条件に差異が発生することは回避したいとの事情がある。

今回の答申書では、IFAs制度の改善策、具体的には、IFAs交渉を容易にする策や、交渉対象となる労働条件をより拡大する、さらには上記「不利益審査」に際して、被雇用者への非金銭的な恩恵、見返りも加味、考慮することなどが提言されている。

答豪州労使制度の行方

公正労働法の行方だが、政府は各層からの意見聴取や各層との調整を行った上で、同法の改正法案を策定し、年内にも議会に上程したいとしている。

ただ注目すべき点は、ショーテン職場関係大臣が答申書の提言内容を基に改正法案を策定すると強調していることだ。その意味するところは、答申書の提言内容に大いに不満を抱くビジネス界が、改正法案の策定過程で政府に改めてビジネス界の要求を突きつけても、政府は聞く耳は持たないと言うことだ。

実のところショーテンは、現行制度の見直しが進行中であった時から、公正労働法には大きな問題や瑕疵はないと繰り返し主張してきた。これまでに解説してきたように、答申書の提言内容が相当に穏当なものであることに鑑み、それに基づく改正内容が大きなものとなる見込みはない。

そもそも政府にとって公正労働法の大きな改正、それもビジネス界寄りの改正は、政治的にも極めて困難なものである。その理由は、まず公正労働法の生みの親であるのが、ほかならぬ首相のギラードで、大きな改正はギラードが失敗を認めることを意味するからだ。仮にギラードが失脚しても、大幅な改正は労働党政府の失敗と見なされよう。また脆弱とは言え、ギラードの支持基盤であるのが強力な労働組合の幹部という点も、「労組に優しい」現行制度の変更の抑制要因となっている。

ただ附言すれば、公正労働法の改正そのものは、労働党政府には政治的にプラスと言える。というのも、改正問題を通じて労使問題が必然的に注目を浴びることから、未だに「ワークチョイス」の「トラウマ」を引きずっているアボット野党保守連合に、揺さぶりを掛けることができるからだ。ちなみにギラードは、次期選挙では労使問題を争点化すると宣言している。

一方、次期連邦選挙では野党保守連合が勝利する可能性が十分にあるわけだが、そのアボット野党が、次期選挙前に労使政策の詳細、いわんや使用者寄りの大幅変更策を提示する可能性は低い。提示すれば、労働党政府や労働組合がここぞとばかりに、「保守連合はワークチョイスの復活を狙っている」といった、強烈なスケアー・キャンペーンを展開するのは必至で、そうなれば野党がダメージを蒙ることも不可避であるからだ。

また次期選挙前に詳細な労使政策、あるいは大幅な変更内容を提示しない以上、労使制度改革に対する国民の信託は得られないということで、そのため選挙で勝利した直後に、アボット保守政権が大規模な労使政策を施行することも不可能と言える。結局、政権第1期目には、アボットが正に表明していること、すなわち公正労働法の廃棄と見なし得るような大幅変更ではなく、あくまで現行法の中で欠陥、瑕疵を除去、改善するといった、穏当かつ漸進的な変更が精々であろう。

要するに豪州の現行労使制度は、少なくとも向こう3年ほどの間は、特段の変更もなく存続するものと考えられる。ただアボット保守政権が誕生した場合には、陰に陽に労働組合への締め付けが強まるのは間違いあるまい。

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