次期連邦選挙日の公表

政局展望

次期連邦選挙日の公表

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

1月30日、ギラード首相がキャンベラのナショナル・プレス・クラブで講演を行っている。講演では選挙の年を迎えたギラード労働党政府が、いかなる政策課題、優先課題を掲げるのか、あるいは既に青写真が提示された、社会保障分野や教育分野における重要改革に関して、どの程度詳細な内容を公表するのかなどが注目されていた。ところがギラードは講演の中で、今年の8月12日に連邦総督に対して下院の解散を進言し、そして次期連邦下院解散および上院半数改選の同日選挙を9月14日に実施するという、「爆弾発言」を行っている。

選挙実施日の予想

ギラードによる選挙実施日の長期事前公表だが、確かに歴史的にも極めて異例ではあるものの、そもそも次期選挙が今年の8月初旬以降、11月の末までに実施されることは(注:正確には8月3日から11月30日までの間)、既に予想されていたことである。

その理由は、次期選挙は通常通りの下院の(解散)選挙と上院の半数改選の同日選挙となる公算が高く、その場合、上院選挙に関する連邦憲法の規定や選挙法の規定から、選挙日は上記の期間中となる一方で、ギラード労働党政権を支えてきた無所属下院議員のオークショットならびにウィンザーとの政権支持取り決めによって、現行の下院の任期はほぼ満了となることが予定されていたからだ。

ちなみに下院の任期は選挙後の第1回議会集会日から起算される。2010年8月21日に実施された前回選挙後の第1回集会は、同年9月27日であったことから、現在の第43回下院の任期満了は今年の9月26日となる。いずれにせよ、異例の長期事前公表とは言え、実施時期についてはほぼ予想されていたことに留意する必要があろう。

なお、連邦選挙日のはるか前に実施日が公表された過去の例としては、豪州政治史上の巨人である自由党のメンジス首相が、1954年および58年に選挙の93日前に公表した例、またホルトが66年に62日前に公表した例がある。ただそうは言っても、選挙の実に7カ月半も前、正確には227日も前に実施日が公表されたことなど過去に例がなく、このような驚天動地とも言える戦術を採用したこと自体、ギラード政府の置かれた由々しき状況を物語っていると言えよう。

ところで9月に連邦選挙が実施されることも稀で、9月選挙はこれまでに1914年、34年、40年、そして46年の計4回記録されたのみとなっている。

ギラード首相の意図や動機

はるか以前に選挙日を公表したギラードの意図、動機、背景について考察してみると、第1に、これまでの政府の苦境状況を「リセット」するとともに、選挙の年の年明け早々に、与党へのモーメンタムを高めようとしたことが指摘できる。

周知の通り、前回2010年選挙後のギラード政府は、下院が70年ぶりの「ハング・パーラメント」という、困難な状況下での政局運営を余儀なくされ、またギラードが自ら蒔いた種とは言え、炭素税導入に対するギラードへの批判、スリッパー前下院議長やトムソン議員のスキャンダルなどで苦境に陥り、当然のことながら、各種世論調査では長期にわたって支持率が低迷することとなった。そして、昨年の8月ごろからやや支持率改善の兆しが顕れてきたものの、12月に実施された昨年最後のニューズポール世論調査では支持率も再度大きく落ち込み、しかも政府はその直後に、過去2年半ほどにわたって最優先の政治課題と位置付けてきた財政の黒字化公約を、断腸の思いで断念することを余儀なくされている。

そこでギラードは、年明け早々に次期選挙日を特定することにより、国民の目を「未来」へと向けさせると同時に、これまでに労働党が抱えてきた「過去」の諸問題から国民の目を逸らせることを期待したものと思われる。

第2に、ギラード自身が指摘しているように、不透明感の払拭である。次期選挙日が8月から11月の間であるのはほぼ確実視されていたとは言え、それまでは選挙日を巡ってさまざまな憶測が流れることとなり、そのような状況ではビジネス界、産業界も将来のビジネス計画、投資計画などを策定、あるいは実施できず、次期選挙日が確定するまで決定、実施を延ばすことが懸念されていた。

経済の先行きに不透明感があることに鑑かんがみ、産業活動の停滞は経済を一層減速させる恐れがあることから、ギラードとしては、選挙日を特定することを通じて不透明感の払拭を図ったものと考えられる。

第3に、超長期キャンペーンは与党に有利に働くとのギラードの判断があった。

選挙日の公表に際してギラードは、笑いながら、自分は記録的な超長期の選挙キャンペーンを展開するために選挙日を明らかにしたわけでは毛頭なく、むしろ実際の意図は、いわゆる「奇妙な戦争状態」に終止符を打つためである、云々と発言している。

確かに、つい先日には、アボットが選挙キャンペーン・ローンチ紛いのイベントを実施するなど、野党保守連合は既に臨戦態勢、事実上の選挙キャンペーンをスタートさせている。したがってこのままでは、次期選挙まで「奇妙な戦争状態」が継続するのは確実で、他方で、ここで選挙日ならびに下院の解散日を特定すれば、今年後半までの浮き足立った状況は解消されて、選挙キャンペーンは解散日以降にスタートする、とギラードは主張していた。しかしながら、そのように主張するギラード自身が同発言内容を信じているとは思えず、実際には選挙日が特定された時点で、むしろ本格的な選挙キャンペーンが始まるというのが、ギラードの本音での判断であろう。

そして、ギラードが超長期キャンペーンを選択した背景には、言うまでもなくキャンペーンが長いほど与党には有利で、野党には不利に働くとの判断があった。その理由は、選挙日が具体的に決まった以上、必然的に国民の多くは代替政権としての野党を精査し始めることから、野党はこれまでのように姑息な「小さな標的戦略」(Small Target Strategy)(注:自身の政策、手の内は見せることなしに、ひたすら対抗政党の失策、政策だけを批判、追及するとの戦略)を続けるわけにはいかず、国民に対し政権担当能力を誇示するためにも、積極的に詳細政策を提示していく必要があるからだ。

ところが、重要な経済政策関連の野党指導層、具体的には、アボット野党代表、ホッキー影の財務大臣、ロブ影の予算相の3トリオのパフォーマンスはかなりお粗末なもので、与党としては、政策論議、とりわけ経済政策論議に野党を持ち込めば、与党が有利との思いがあるのだ。

最後に第4点として、ギラードがリーダーシップの強化、党内求心力の強化を狙ったことが挙げられよう。

ギラードは昨年2月に実施された労働党党首選挙でラッド前首相に圧勝したものの、その後もラッド陣営は虎視眈々と返り咲きの機会を窺ってきたし、また世論調査での与党支持率の恒常的な低迷により、党首選挙後にもラッドの存在、脅威を無視できない状況が続いていた。ただ今年は選挙の年であり、選挙の年になって党内不和を印象付けるリーダー交代を行うことはさすがに危険であることから、昨年のクリスマスを乗り切った時点で、ギラードの地位は安泰というのが大方の見方であった。

だが「失うもののない」労働党議員たちが、選挙の年に首相を引きずり下ろすという、思い切った選択をする可能性も全く排除はできない。そこで選挙日を特定することによって、労働党議員を文字通り臨戦態勢に組み込み、今後のリーダーシップ挑戦の可能性を完全に排除するとともに、党内求心力の強化を目論んだものと考えられる。

早期公表の効果

では上述したギラードの意図や目的が現実的なものか、達成可能なものかだが、第1の目的である「リセット」であるが、この点についてはギラードの目論見が効果を上げる可能性は低い。

もちろん、選挙日の公表の翌日に、国民に労働党のスキャンダルを再認識させるトムソンの逮捕事件が発生したこともあるが、より重要な点は、現在、NSW州労働党政権の元閣僚で、パワー・ブローカーでもあったオビイの汚職容疑調査が進行中であることだ。

同事件は汚職の規模が甚大なこと、労働党の複数の元州閣僚の関与が疑われていることなどから、メディアでも連日大きく報道されているが、言うまでもなくNSW州は最大の連邦下院定数を擁し、また同州シドニー西部郊外地域は次期連邦選挙の帰きすう趨を決定する重要地域でもある。ところがギラードにとって問題なのは、次期連邦選挙において、同スキャンダルがNSW州有権者の労働党離れを一層促進する恐れがあることだ。また同汚職事件はNSW州のみならず、全国的な労働党の「ブランド名」を一層傷つけるものでもある。ギラードの思惑に反し、選挙日を特定したことによって、労働党のスキャンダル問題がますます国民の注視を浴びる危険性すらあろう。 また、第2点として挙げた目的、すなわち不透明感の払拭についても、選挙日の不透明感は払拭したかもしれないが、その恩恵として挙げたビジネスの停滞防止については、全く逆との見方もある。

選挙日の長期事前特定は、選挙日まで選挙キャンペーンが続くことを意味し、これは正に浮き足立った期間の長期化を意味するものにほかならず、こういった状況下では消費者コンフィデンスも低下するばかりか、政府も中・長期的改革、必要な改革よりも、目先の政治的利益をもたらすだけの政策に走りがちになると懸念されている。

ただ最大の理由は、現時点では、次期選挙は野党保守連合がかなり優勢と見られていることであろう。要するに政権が交代する可能性があり、それに伴って各種政策が変更される可能性があるわけで、そういった予想の下で、しかも選挙日が特定されているとなれば、通常、重要なビジネス決定やビジネス計画の実施は、逆に選挙が終了してからとなろう。

一方、ギラードが意図したと思われる第3点、すなわち野党を政策論議に引き込む云々は、かなりの効果があるものと思われる。 確かに野党代表のアボットは、野党が財源に裏づけされた詳細政策を策定できるのは、今年の5月に労働党政府が来年度予算案を公表し、予算情報が開示された後であると述べつつ、野党の詳細政策の公表は予算公表以降、9月14日の選挙までの間と述べるなど、できる限り政策公表を遅らせることを示唆しながら、政府の挑戦をはぐらかしている。

しかしながら、選挙日が決定された現在、野党への詳細政策公表要求は通常以上に高まることが予想され、それにいつまでも応えないことは、野党の政権担当能力に疑問符を付ける恐れがある。

なお、財源問題、詳細な政策論議となった場合は、やはり政府が有利と言わざるを得ない。言うまでもなく、政府が財務省をはじめとする官僚機構をフルに活用できるのに対し、野党にはそれが大幅に限定されているからだ。

最後に、ギラードの意図の第4点目、すなわち自身の党内支持基盤の強化、党内求心力の強化だが、この点については逆効果との指摘もある。実際に一部の労働党議員からは、ギラードは自身の地位の安泰、保身のために、首相の専権的権限、「伝家の宝刀」である解散権の大メリットを安易に手放した、と批判の声が上がっている。しかも選挙日公表の数日後には、ベテラン議員で実力派の閣僚であるロクソン法務大臣とエヴァンズ上院リーダーが、閣僚からの辞任を公表している。

これはギラードに対する抗議辞任などでは決してなかったものの、何と言ってもタイミングがタイミングであっただけに、一部の国民の間には、党内求心力が低下している、それどころか、沈没するのを予想して労働党議員が船から退去し始めている、との印象を与えたのである。

いずれにせよ、世論調査での労働党支持率が今後も上向きとならなかった場合には、こういった党内からのギラードへの反発が一層強まることも予想される。それが党首交代という大政変劇に発展する可能性も皆無とは言えず、今後の動きを注意深く見守っていく必要があろう。

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