連邦労働党の 「クーデター」未遂事件

政局展望

連邦労働党の 「クーデター」未遂事件

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

3月21日、連邦労働党で政変劇、具体的には、ラッド前首相陣営によるギラード指導部に対する「クーデター」未遂事件が発生している。ただ、同日午後に党首選挙が実施されるはずであったにもかかわらず、直前になって肝心のラッドが出馬を固辞。その結果、現指導部のギラード党首(首相)ならびにスワン副党首(副首相兼財務大臣)が、「異議なし」の形で現職に留まることが確認された。

リーダーシップ問題の再燃

 3月の中旬に2週間にわたって連邦議会が開かれたが、そこで最も注目を集め、しかも物議を醸したのは、労働党政府が下院に上程したメディア制度改正法案であった。同改正法案は、言論の自由への侵害やメディア経営への介入という観点から、メディア業界からの猛烈な反発、批判を惹じゃっき起したのである。また改正の内容自体もさることながら、担当大臣のコンロイ通信相が、業界への事前の相談や根回しもなく、また閣議でも十分な議論を行わず、しかも一方的で性急な改正法案の成立を目指したことから、コンロイは党の内外からの強い批判にさらされたのである。

言うまでもなく、今年は連邦選挙の年である。その重要な年に、わざわざ「第4の権力」に喧嘩を吹っ掛けるという、その常識のなさには、批判を通り越して、むしろ呆れ返る向きが多かった。そしてコンロイの愚行は、コンロイにそれを許した首相のギラードに対する、党内からの強い批判を惹起することにもなったのである。

こうしたギラードの再度の政治判断ミスと、通常、リーダーシップの交代には議会が開催中であることが必要なこと、そして議会の開催中となると、3月か、もしくは次期選挙のわずか3カ月前となる6月にしか機会はないことから、ギラード降ろしの動きが急激に活発化したのである。

さて、今回の「クーデター」未遂事件の直接の火付け役となったのは、3月21日午後1時に議会内で単独記者会見を開き、ギラードに党首選挙の実施を公然と要求して、しかもラッドへの支持を宣言したクリーン豪州地方・地方開発・地方政府大臣であった。

これを受けてギラードは、「裏切り者」のクリーンを閣僚ポストから更迭するとともに(注:つい最近までのクリーンは、ギラードの応援団長、後見役を任じ、また昨年2月の党首選挙の前後には、相当辛らつにラッドを個人攻撃していた)、午後2時に下院議場において、クリーンの要求通りに緊急の労働党議員総会「コーカス」を開き、正副党首の選挙を午後4時半より実施することを表明している。

ただラッド陣営は、是が非でも3月中に党首挑戦に持ち込みたかったわけではなく、むしろクリーンの勇み足で党首選挙が突然決まり、それに引きずり込まれたという方が真相に近いのかもしれない。ラッド陣営によれば、事前の相談もなしに、単独で大きな動きをしないようクリーンに釘を刺しておいたにもかかわらず、いきなりクリーンが公然と党首選挙を要求したことから、面食らったとのことである。

いずれにせよ、党首選挙の実施は決まったものの、コーカス開始のわずか10分前になって、ラッドがテレビ・カメラの前で党首選挙には出馬しないことを宣言し、実際にコーカスでも出馬の名乗りを上げずに終わっている。その結果、併せて副党首選挙への出馬を表明していたクリーンも出馬を取り下げ、結局、現役のギラードとスワンが、「異議なし」で続投を承認された次第である。

政治判断ミスの多いギラードだが、リーダーシップ問題を次回の議会開催日以降に持ち越さず、ここで一挙に勝負に出たことは極めて賢明な決定で、「ストリート・ファイト」には滅法強い、ギラードの面目躍如たるものがあった。

 

「クーデター」未遂事件の意味合い

 意味合い、影響としては、以下のように4点が指摘できる。第1に、ラッドのクレディビリティーが著しく低下し、今後ラッドが党首挑戦する可能性がなくなったことである。

上述したように、ラッドは3月中の党首挑戦を必ずしも望んでいたわけではない。また昨年の2月の党首選挙でギラードに惨敗して以降のラッドは、ギラードに自ら挑戦することはないと繰り返し発言してきた。

もちろん、昨年2月以降のラッドが、首相への返り咲きを断念したのでは毛頭なく、ラッドとしては、ギラードが自ら辞任する、あるいはコーカス・メンバーの圧倒的多数がラッドの復帰を望むというシナリオの下で、首相へ返り咲くことを虎こしたんたん視眈々と狙ってきたのである。

その意味で、今回の党首選挙への不出馬は、ラッドが「自らは挑戦しない」との公約を遵守したものに過ぎなかった。ただ誰の目にも明らかであったのは、ラッドの不出馬の真の理由は、コーカスの圧倒的多数どころか、ラッド支持派とカウントされたのが、コーカスの半数をかなり下回る程度、どれほど多目に見ても40人台の半ば程度であったからにほかならない(注:昨年2月の時点でのコーカス数は、労働党下院議員72人、上院議員31人の計103人であったが、党首選挙には1人が欠席している。一方、現時点でのコーカス数は、スキャンダル疑惑の渦中にあるトムソン下院議員の党籍が凍結されたことから、合計では102人となっているが、今次党首選には2人が欠席)。

しかしながら、例え不利な状況であったとは言え、ラッドが断固とした姿勢を示して出馬を決断すれば、一定のメンバーが党首選挙でラッドへと流れることも予想された。ところが周囲がお膳立てをした挙句に、肝心の主役があっさりと「こけた」わけで(注:「2010年クーデター」時の党首選挙の際にも、敗北を予想したラッドは直前に不出馬を宣言している)、今回の一件を通じて、かつては「カメレオン」と渾名されたラッドの風見鶏ぶりや腰の弱さ(注:例えばラッドは、自身を財政的保守主義者、自由競争原理の信奉者と宣伝していたにもかかわらず、08年に世界金融危機GFCが発生した後は、赤字垂れ流しで、しかも「オーバー・キル」の財政出動を行ったばかりか、市場原理優先主義を強烈に批判して、政府の介入主義アプローチへと舵を取っている)、そして自分の手を汚さない他力本願ぶりなどが、党内でも改めて認識されたのである。

今後は、例えラッドの熱狂的な信奉者がラッド挑戦の動きや、あるいはラッドの取り巻きの動きなどを逐一報告したとしても、これまでのようにメディアがセンセーショナルに取り上げて、ラッドの挑戦を煽るといったこともあり得ない。しかもギラードとラッドの対決は、2010 年6月を含めて今回で3回目を数え、ギラードの3 連続の大勝利に終わっている。そのため、中核的なラッド陣営のメンバーまでが、ラッドとギラードとの党首争いには、ギラードの勝利という形で完全に決着がついたと強調している。それどころか、政変劇の直後にラッド本人が、将来にわたり、またいかなる状況下であっても、自身が労働党のリーダーに復帰することはないと宣言している。ナルシストで自信過剰気味のラッドも、さすがに返り咲きの可能性はもはや皆無であることを悟ったものと考えられる。

「クーデター」未遂劇の第2の意味合いとしては、ギラードの党内支持基盤が強化されたことが挙げられる。ただ、これはあくまで相対的なものに過ぎず、ギラードの失政、判断ミスに対する党内の不満、憤りは、依然として極めて強いものとなっている。しかしながら、人気の高いラッドの返り咲きの可能性がほぼゼロとなった現在、ラッド支持派であった議員の多くも、もはやギラードにしがみついていく以外には選択肢がなくなったと言えよう。

ちなみに次期連邦選挙前に、ギラードやラッド以外の「第三者」が首相に就任する可能性も皆無と言えよう。「第三者」にはスミス国防大臣、コムベイ気候変動相、そしてショーテン職場関係相などが含まれるが、3者ともに、ラッドのような人気は望むべくもなく、したがって交代によるプラス効果よりも、選挙の直前にリーダーを替えるというマイナス効果の方が遥かに大きいからだ。さらに言えば、労働党の惨さんたん憺たる現況に鑑み、3人の内の誰かがリーダー就任を望む可能性も低いと言えよう。

要するに、次期連邦選挙がギラードとアボットの指導下で戦われることは、ほぼ確実になったと言える。

第3に、「クーデター」未遂事件がもたらした、労働党の政権担当能力の低下である。最大の理由は、ギラードによる「パージ」の結果、実力派、もしくは経験を積んだ閣僚が更迭されるか、自ら辞任することを余儀なくされたからだ。

具体的には、更迭されたクリーンに加えて、ラッド陣営の中心的なプレーヤーであったフィッツギボン首席院内幹事や、閣内のボーウェン高等教育・技能・科学・研究大臣、過去にも「A級戦犯」であった閣外のカー人的サービス相が自ら辞任を表明し、またラッド支持者ではあったものの、必ずしも積極的なプレーヤーであったわけではないファーガソン資源・エネルギー相までが、閣僚からの辞任を表明している。

なお、ファーガソンの辞任については、ギラード陣営の一部からも同情の声が上がっている。ファーガソンは昨年2月の党首選挙でもラッドに投票しているが、ギラードの背後でギラードを積極的に貶おとしめ続けてきたわけではないし、何よりもファーガソンは、実力派、経済通の資源・エネルギー大臣として、強面ての資源業界、資源企業の経営者からも高く評価されてきたからだ。

いずれにせよ、今年の2月初旬にエバンス上院リーダーとロクソン法務相という、大物閣僚が辞任したことに加えて、今回の政変劇でさらに4人の大物閣僚が辞任したことは、ギラード政権の政権担当能力をかなりの程度低下させるものであった。

実際に、「クーデター」未遂事件で閣僚ポストに4つの空席が生じたことから、ギラードは3月25日に再度の内閣改造を余儀なくされたが、新内閣は「1軍と2軍クラスの混成チーム」となってしまった。

最後に、第4点としては、今回の「クーデター」未遂劇が、野党保守連合への一層の追い風となり、次期連邦選挙での保守連合の勝利の可能性を高めたことが指摘できよう。

いかなる政党にとっても、党内が不和と見られることは自殺行為で、というのも国民の多くは、党内も治められないような政党に、遥かに複雑で困難な国内を治めることなどとても無理、と考えるからだ。

しかも労働党の場合には、第1期目の首相に過ぎなかったラッドを葬り去って以降も、10年選挙のキャンペーン中にはラッド陣営、もしくはラッド本人によって、ギラードにダメージとなる閣議情報が漏洩されたし、また昨年の2月には、ギラードとラッドの間で党首選挙までが実施されている。

それらに加えて、今回再度大きな政変劇が発生するなど、要するにギラードが就任してから過去3年近くにわたって、労働党ではリーダーシップ問題が常に燻くすぶり続けてきたという異様な状況にあった。

他方、労働党政府の肝心の統治ぶりに目を転じると、豪州を目指す密入国ボート・ピープルは依然として莫大な数に上っており、またギラードは公約違反の炭素税を導入したばかりか、同時期に導入した鉱物資源利用税(MRRT)では、税収入が予測額を大幅に下回るという失態を演じ、さらに過去3年程にわたって最優先課題と位置付けてきた、今年度の財政の黒字化にも失敗するなど、政府は肝心の経済運営能力でも評価を大いに下げている。

このように、統治ぶりや政策内容、政策の執行ぶりに大いに問題のある状況の中で、労働党政府は内向きの、あるいは国民不在の党内権力闘争を展開してきたわけで、これが次期選挙までに、労働党の評価が大きく回復することはほぼ不可能と思えるほどまでに、国民のギラード政府への評価を貶めているのだ。

しかも、リーダーシップ問題で評価を一層低めたのみならず、結果的にギラードが続投となり、このまま次期選挙までギラードが首相の座にある見込みであることも、野党にとってはまたとない朗報であった。

言うまでもなく、選挙の対抗相手としてはギラードよりもラッドの方が手強いからだ。

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