明暗分けたTAS州選挙とSA州選挙

政局展望

明暗分けたTAS州選挙とSA州選挙

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

 3月15日にはTAS州とSA州で選挙が実施されたが、予想通り前者では、ホッジマン率いる野党自由党がギディングス労働党政権に地滑り的勝利を収めている。一方、後者では、マーシャル率いる自由党の楽勝との予想に反して、ウェザーリル労働党政権がマイノリティー政権として存続している。

 

野党の圧勝に終わったTAS州選挙


肥沃な森林の伐採問題など、TAS州にも問題は山積みだ(Photo: オーストラリア政府観光局)

3月15日に実施されたTAS州選挙は、野党自由党が単独で下院の過半数を獲得し、実に16年ぶりに労働党から政権を奪取することに成功している。定数25の下院の選挙政党勢力分布は、自由党が少なくとも14議席を獲得し(注:選挙前10)、労働党は6から8議席(同10)、グリーンズは3から5議席の間(同5)となる見込みである。TAS州はACTと同様に、「ヘアー・クラーク制度」という特殊な選挙制度を採用しているが、これは、同州に存在する計5つの連邦下院議員選挙区のそれぞれから、5人ずつの州下院議員を移譲式中選挙区比例代表制により選出するというものである。同制度のもとでは、小政党も比較的容易に議席を獲得することが可能で、換言すれば、2大政党の一方が、下院で過半数を制することが困難になることを意味する。したがって今次選挙で自由党が、過半数ギリギリの13議席どころか、最低でも14議席を獲得したことは、自由党にとってはまさに快挙で、自由党の圧勝であったと言える。

野党自由党の圧勝の理由、もしくは与党労働党の惨敗の理由だが、何と言っても第1に、いわゆる「イッツ・タイム・シンドローム」、すなわち多くの州民の間に、「そろそろ政権の替え時」とのムードが醸成されていたことが挙げられよう。豪州国民の特徴の1つは、現状維持志向の強さ、頻繁あるいは急激な変化を嫌う「保守性」にあり、そのため政権が1期のみで敗北することは極めて稀であるし、それどころか、頻繁に長期政権が登場することとなる。しかしながら、その国民の目から見ても、実に16年前の98年に誕生したTAS州労働党政権は、あまりに長過ぎ、既に「賞味期限」を大幅に超えていたと言える。実のところ、2010年の前回州選挙の時点ですら、既にこの「替え時症候群」の存在もあって、大きな反労働党スウィングが発生している。第2に、TAS州経済の低迷である。98年8月にベイコン率いる労働党政権が誕生して以降、前回10年州選挙の間近まで、TAS州は堅調な経済成長率、健全財政、失業率の低下傾向にあり、そして本土への人口流出にもブレーキがかかって、かなり長期にわたり「ポジティブ・ムード」に包まれていた。例えば失業率だが、全国6州の中では最高の失業率を記録することの多かったTAS州も、09年8月には6州で最低の失業率を記録している。しかしながら最近では、再度「失業率が最高の州」に戻り、州の財政も逼迫し、TAS州経済は暗雲に覆われている。州経済の低迷は、労働党政権の失政にのみ帰せられるものではないが、州民の不満、怒りの矛先は、当然のことながら政府へと向かうこととなる。第3に、ギディングス労働党の選挙戦略の失敗である。労働党は選挙戦略の一環として、ビジネス志向であることを喧伝するとともに、社会政策分野を中心に、これまでの「実績」を主張していた。ただ中核的な選挙戦略とは、アボット連邦保守連合政権へのネガティブ・キャンペーンであった。

具体的には、支出に大鉈を振るおうとしているアボット政府の存在が、全国ブロード・バンドの整備、ゴンスキー初等・中等教育改革、全国身障者保険スキーム(NDIS)や保健・医療のメディケア分野、あるいは財・サービス税(GST)の配分問題等において、いかにTAS州にダメージを与える恐れがあるかを強調、攻撃してきた。ギディングスの論理は、アボットと同じ自由党に所属し、しかも3世議員の「ボンボン」でもあるホッジマンでは、アボット政府によるTAS州への横暴を、とても阻止はできないというものであった。ところが、州選挙であるにもかかわわらず、連邦政府を主要な攻撃対象とするのは、本末転倒であるばかりか、州政府の単なる「スケープ・ゴート探し」、あるいは失政の責任逃れに過ぎないと見なされたのである。

なお、こういった戦略が効果的と考えられた背景には、TAS州が全国でも最弱小州、斜陽州であり、したがって州の財政、ひいては経済が、連邦政府やほかの強力州に強く依存しているとの事実があった。労働党惨敗の第4の理由としては、労働党の偽善性が問題視されたことが挙げられよう。周知の通りギディングスは、3月15日に選挙を実施することを公表した際に、10年の前回選挙以降、4年近くにわたり継続していた、グリーンズとの閣内協力関係を一方的に破棄することを、併せて公表している。かつてのギディングスはグリーンズをライバル視し、同党に対する姿勢は相当にクールなものであったが、ギディングス第1次政権の発足から丸3年ほどの間、労働党とグリーンズとの関係は予想以上に良好なものであった。

そのため、協力関係の一方的破棄が奇異に映ったのだが、破棄宣言の動機は極めて政治的なもので、すなわち苦戦を予想していたギディングスが、次期選挙で伝統的な労働党の支持層の再獲得、維持を狙って採用した選挙戦略であった。ところが、この戦略も結果的には失敗に終わった。ギディングスの協力破棄宣言は、所詮は便宜結婚に過ぎなかったグリーンズとの関係を、便宜的に解消したものに過ぎず、選挙後の状況次第では、労働党が再度便宜結婚を選択するであろうことは、州民の目にも明らかであったからだ。そのためギディングスの選挙戦略は、有権者の自由党から労働党への鞍替えにはほとんど効果がなかったばかりか、むしろ労働党の「ミエミエ」の偽善性故に、また「反ビジネス」のグリーンズへの反撥故に、労働党を支持してきた一部有権者層の、労働党から自由党への鞍替えを促すこととなったのである。そして、労働党支持層の自由党への鞍替えを一層促進したのが、ホッジマン自由党による、グリーンズとの連携拒否宣言であった。これはホッジマンが、前回の10年選挙の前後にも明らかにしていたものである。

その背景には、中道右派の自由党と「過激な」強硬左派のグリーンズとでは、イデオロギー的に大きな差異があるし、また自由党は96年にグリーンズと提携して政権の座に就いたものの、散々な目にあったとの歴史的事情もあった。今次選挙でもホッジマンは、単独過半数で政権の座に就くか、あるいは引き続き野党の身に甘んじる、と繰り返し発言しつつ、政局の安定、効果的な政権の誕生のためには、自由党が単独政権となることが不可欠と訴えてきた。同戦略はホッジマンにとっては大きな賭けであったが、結果を見る限り、これが有権者のグリーンズ離ればかりか、労働党離れを助長したと言えよう。最後に、自由党圧勝の理由としては、ホッジマン野党自由党のポジティブ要因、取り分けリーダーであるホッジマンへの、積極的評価があったことも忘れるべきではあるまい。

 

大接戦となったSA州選挙

TAS州で選挙が実施された15日には、SA州でも選挙が実施されたが(注:SA州は固定任期制を採用しており、州下院選挙ならびに上院半数の改選選挙は、常に4年ごと、3月の第3土曜日に実施される)、野党自由党の楽勝との下馬評に反して、大接戦となった。結局、前回の10年選挙と同様に、州全体の第1次選好票の得票率では自由党が労働党を圧倒し、また「2大政党選好率」ベースでも自由党が相当なリードを果たしたにもかかわらず、定数47の下院で、与党労働党が23に対し(注:選挙前は26)、野党自由党は22(同18)、そして無所属が2(同3)と、わずかながらも与党が議席数で野党を上回り、しかも「ハング・パーラメント」に陥った。要するに、SA州政権の行方はブロックとサッチという、2人の無所属議員の意向次第となったが、選挙から1週間ほどが経過した3月23日、政権の安定性、持続性を何よりも重視すると述べてきたブロックが、労働党を支持することを宣言している。その結果、労働党は過半数の24に達し、選挙前の大方の予想に反して、ウェザーリル率いる労働党がマイノリティー政権として存続することとなった。なお、ブロックの労働党支持は、単なる政権維持のための2要件の保証に止まらず(注:政府への不信任動議に与しないことと、本予算案を支持すること)、閣内協力を通じたより「堅牢」なもので、ブロックは地方開発・地方政府大臣として入閣する予定である。自由党が楽勝すると見る向きがほとんどであったことの背景には、自由党の優勢を示すつい最近までの各種世論調査の結果や、漏洩された2大政党の内部世論調査の結果に加えて、①TAS州労働党政権ほどではないものの、SA州労働党政権も12年もの長期政権であることから、「イッツ・タイム・シンドローム」が発生すると見られていた、②BHP-ビリティン社のオリンピック・ダム拡張プロジェクトの無期延期決定や、GMホールデン社の自動車生産からの撤退決定によって引き起された雇用不安、そして高失業率や財政の逼迫など、州経済が低迷していること、③労働党の対アボット連邦政府スケアー・キャンペーン戦略への懐疑、④SA州右派の実力者であるファーレル労働党連邦上院議員との確執で明らかとなった、ウェザーリルの指導力、リーダーとしての器量に対する疑念と、党内不和への懸念(注:ファーレルが、SA州政界への鞍替えを図るために党内予備選挙に出馬しようとしたところ、ウェザーリルがこれに強く反撥。それどころかウェザーリルは、ファーレルが出馬する場合は次期州選挙の前に州首相を辞任すると恫喝するなど、過剰反応を示して評価を下げた)、⑤活力があり、ビジネス通であることに加えて、「我の強くない」マーシャル野党自由党リーダーへの好評価(注:過去の野党自由党リーダーとは異なり、経験不足を素直に認識するマーシャルは、周囲の助言にきちんと耳を傾けるとされる)、そして⑥これまで党内権力闘争で自滅してきた自由党が、マーシャルを中心に結束してきたこと、などがあった。

ところが、選挙当日の15日に公表されたニューズポール世論調査では(注:調査は3月10日から13日にかけて実施)、自由党への支持率が低下し、逆に労働党へのモーメンタムが高まりつつあることが観察されていた。選挙間際になって自由党がやや「失速気味」となったのは、ウェザールが指摘しているように、ここに来て労働党の選挙戦略、具体的には上記の③、すなわち、対アボット連邦政府スケアー・キャンペーンが、ようやく効果を上げつつあったものと考えられる。上述したように、TAS州選挙では、同戦略がマイナスに作用した公算が高いが、SA州では逆に効果を上げたのは、やはりGMホールデン社の撤退問題の「おかげ」であったものと思われる。三菱自動車が撤退した後は、その重要度がやや低まったとは言え、資源産業、国防産業とならんで自動車産業は、SA州経済では依然として重要な戦略産業である。そのためホールデンの撤退宣言のインパクトも、とりわけ同社の従業員が居住する都市部では大きかったわけだが、周知の通りアボット政府は、自動車産業をはじめとする産業助成には消極的な姿勢を見せてきた。

実際に、ウェザールによる度重なる連邦政府への産業支援要請にもかかわらず、アボット保守政府が拒否したことなどから、SA州有権者の一部はアボット政府に憤りを抱いており、それが、今次SA州選挙での自由党への抗議票となって顕れたものと考えられる。また州経済が不透明感に覆われた状況、雇用面で不安感のある情勢が、現職には有利に働いたのかもしれない。豪州では、しばしば「未知の悪魔よりも既知の悪魔」という政治ジャーゴンが取り上げられる。これは、一部有権者の投票行動を示したものである。すなわち有権者の一部は、どちらの政党も嫌悪の対象としか見ていないが、危機的状況、不安感に満ちた状況下で、どちらかを選択することを迫られた場合は、知らない悪魔(政党)よりも、知っている悪魔を選択するというものである。かなり評価が高かったとはいえ、野党リーダーのマーシャルは議員歴がわずか4年に過ぎず、またリーダーとなったのは昨年の1月に過ぎないという、典型的な「未知の悪魔」である。しかも労働党が前回の10年選挙に続き、アデレード都市部の激戦選挙区の損失を、限定化することに成功したことも大きかったと言えよう。

 

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