ギラード労働党政府の炭素価格設定政策

政局展望

ギラード労働党政府の炭素価格設定政策

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

 

7月10日、ギラード労働党政府が炭素価格設定政策、すなわち温室効果ガスの排出にコストをかけるとの政策に関し、その詳細を公表している。ただ同政策への国民の反発は強く、政府は苦境に陥っている。

炭素価格設定政策の概要

政府は今年の2月に炭素価格の設定策を明らかにしているが、今回公表されたのは、その後の気候変動議会委員会での討議、各メンバー間の交渉を経てまとめられた、炭素価格政策の詳細版である。

まず特筆に値するのは、2008年12月公表の気候変動白書の中で提示された、労働党政府の地球温暖化対策の中核内容が変化している点だ。すなわち、つい先ごろまでの労働党は、地球温暖化対策の柱として、(ア)温室効果ガス排出権取引制度の導入といった炭素価格の設定、(イ)再生可能エネルギー源の活用、(ウ)燃焼クリーン化技術の開発・利用、(エ)エネルギーの効率的利用の促進、の4つの柱を挙げていたのだが、今回公表された政策では(ウ)がなくなり、その代わりに土地利用を通じた温室効果ガスの削減が、新たな柱として加わっている。

おそらくその背景には、第1に、燃焼クリーン化技術の代表である地中貯留(CCS)の開発モーメンタムがやや低下気味で、またギラード政権を支える緑の党がCCSには冷淡であること、第2に、同じくギラード政権を支え、地方の権益増進を最優先にする保守系無所属議員のオークショットとウィンザーに阿(おもね)るため(注:土地利用は農民などにビジネス機会を提供するものである)、そして第3に、野党保守連合対策、具体的には野党温暖化政策の独自色を薄めるため(註:土地利用は、野党のいわゆる「直接行動」と類似のものでもある)、という3つがあるものと思われる。

政策の骨子としては、①炭素価格政策の施行開始は2012/13年度から、②施行開始から3年間を移行期間、暫定期間と規定し、同期間中には炭素税を導入、③炭素税の初期水準は、排出ガスの二酸化炭素換算値1トン当たりで23ドル、④炭素税の水準は毎年実質で2.5%ずつ上昇させる、⑤2015/16年度より、「総量規制と取引き方式」(注:制度開始年度以降、規制対象となる排出主体全体の毎年の排出量枠を設定し、それを徐々に縮小する)による温室効果ガス排出権取引制度を導入する、⑥規制対象となるのはエネルギー部門や運輸部門など、合計500前後の排出主体で、一方、農業部門は規制対象外とする、⑦一般消費者や小ビジネスなどの燃料費消についても制度の適用対象外、⑧取引制度下での排出認可証価格の大幅変動を回避するため、認可証価格に「安全弁」を設ける、すなわち国際市場における排出価格の20ドル増しを国内認可証価格の初期上限とする一方で、15ドルを初期下限とする、⑨取引制度の下で、規制対象の排出主体は国際市場からクレジットを購入することもできるが、ただ少なくとも排出量の半分については、国内排出認可証、もしくは京都議定書の柔軟性メカニズムに基づき国内で発生したクレジットによって支払うものとする、⑩炭素価格設定策の影響によって光熱費などの上昇に見舞われる一般世帯に対し、個人所得税の減税策や老齢年金の増加策などを通じた補償を行う、⑪炭素価格設定策の影響によって生産コストの上昇に見舞われる規制対象の産業/排出主体、具体的には温室効果ガス集約型かつ貿易関連の産業(EITE)に対し、排出認可証の無償供与を通じた補償を行う、⑫「汚い」石炭を燃料とする火力発電施設、鉄鋼や石炭産業についても補償を行う、⑬再生可能エネルギー源産業への一層のテコ入れ、そして⑭温暖化問題を所管するいくつかの連邦官庁の新設、などが挙げられる。

各層の反応と問題点

炭素価格設定政策の詳細が公表されて以降、ギラード首相の陣頭指揮、陣頭パフォーマンスのもと、労働党政府は精力的な政策「売り込み」活動を展開中で、一方、同政策に真っ向から反対する野党保守連合も、アボット野党代表を中心にスケアー/スミアー・キャンペーンを展開しており、あたかも選挙キャンペーンのような様相を呈している。

ただこれまでのところ、ギラード政府は各層からの強い批判、反発に直面しており、苦境に立たされている。まず生活コストの上昇に対する国民の不安や反発が惹起(じゃっき)されている。もちろん、政府は世帯への補償を繰り返し強調しているものの、低所得層はともかくとして、全国民、全コストの上昇分が補償されるわけではないし、何よりも政府の政策執行能力に疑問符が付いているため、国民の不安感を払拭するまでには至っていない。

しかも経済状況の変化から、ここにきて制度導入のタイミングの問題も注目されている。ギラード政府は大規模な温暖化対策の実施、改革の実施は、国内経済が堅調な今がチャンスと主張しているが、最近になって、欧州発の第2次世界金融危機(GFC)が勃発する可能性や、米国経済の低迷、中国のインフレ圧力の高まりとハード・ランディングへの懸念などから、世界経済ひいては国内経済にも不透明感が漂っているといった、悲観的な見方が広がりつつある。

そのため財界3団体ばかりか、各分野の有識者の間でも、国民や産業にコストを強いる炭素税の導入タイミング、すなわち来年7月から導入することについて反対意見が強まりつつある。

また、豪州が単独的に大規模な温暖化対策を計画していることに対しても批判がある。この点に関しては、政府はほかの諸国の温暖化対策ぶりを過大に評価しているとの声が強い。例えば連邦財務省が公表したインパクト予測では、炭素価格設定策の導入による消費者物価指数(CPI)の上昇はごくわずかなもので、しかも豪州の経済成長についても楽観的な見解となっている。だが財務省の予測モデルが、例えば豪州が温室効果ガス排出権取引制度に移行する2015/16年度の時点で、既に充実した国際的な排出権取引市場が存在することを前提にしている点に留意する必要がある。

この前提は重要で、その理由は、豪州の温室効果ガス削減の相当な部分が、国内の排出ガス削減ではなく、国際市場からの炭素クレジットの購入を通じて実現されるとしているからだ。そのため発達した国際取引市場の存在なしには、削減量や削減コストといった、削減計画自体が大きく崩れることとなる。さらに再生可能エネルギー産業への大規模な産業助成に対しても批判がある。

こういった政府の介入アプローチ、あるいは「賢い政府が戦略産業を指定し、援助する」との姿勢は、経済合理主義者の牙城である生産性委員会(PC)が強く批判、反対してきたものである。ところがギラード政府は、再生可能エネルギー源の熱狂的ファンである緑の党の強い要求に屈して、莫大な額の産業助成に同意している。これは労働党政府や炭素価格設定政策のクレディビリティー(信用)を貶めるものである。

というのも政府は、「直接行動」に基づく野党の温暖化対策を攻撃するためもあって、市場メカニズムの優越さ、具体的には、市場メカニズムこそが最小のコストで最大の効果を生むものであると、盛んに喧伝してきたからだ。

ただ何と言っても、炭素価格設定政策に関し政府が直面している、そして今後も引続き直面し続ける見込みの問題とは、やはりギラードが選挙公約を破って、同政策を施行しようとしている点であろう。

具体的には、昨年8月の連邦選挙前に、温暖化対策ではまず国民のコンセンサス作りに取り組む、あるいはコンセンサスを重視すると述べたことである。ところが各種世論調査では、政府の対応策への支持はわずかな水準に留まっており、とても国民のコンセンサスが得られた状況とは言い難い。

より重要な点は、ギラードが選挙の直前に炭素税の導入を全面的、明確に否定したことだ。これが国民の多くに強い不満感、同政策に対する憤りを醸成しており、さらにギラード政府が何を言っても「聞く耳持たない」との、多くの国民の姿勢を生み出している。

ギラードは野党や国民からの「嘘つき」呼ばわりに対しては、選挙前には「ハング・パーラメント」(与党が過半数を占めない状態)といった異例の議会情勢になるとは誰も予想していなかったこと、そして労働党と環境保護の緑の党との政治連携関係の存在にも触れつつ、公約破りについて釈明している。しかしながら、この釈明の意味するところは、仮に昨年の下院選挙で労働党が単独過半数を獲得していた場合には、ギラードは公約を遵守して、そもそも今期中に炭素税の導入などは計画しなかったということになる。

換言すれば、労働党政府の炭素価格設定政策は、単に政権維持のための政治的都合、利己的都合に過ぎず、ギラードの言動とは裏腹に、決して次世代のために地球を救済するといったモラル上の観点から、あるいは速やかなクリーン経済への移行といった経済上、国益の観点から、必要不可欠なものではないという言うことになる。

そのため、ギラードが昨年の4月に当時のラッド首相に対して、排出権取引制度の導入凍結を進言した事実とも相まって、温暖化問題に対するギラードの信条、ひいてはギラード自身のクレディビリティーに重大な疑問符が付けられてしまった。

炭素価格設定政策の行方

今後のスケジュールだが、同政策の最終法案が下院に上程されるのは9月の見込みで、政府としては、できれば11月にも法案を上院で可決させ、成立させたいとしている。

では、炭素価格設定法案の成立の見込みだが、まず下院の状況を見ると、野党保守連合は同政策に強硬に反対しているものの、労働党政権を支える4議員、具体的には、緑の党のバント、左派系無所属議員のウィルキー、そして保守系無所属議員のオークショットとウィンザーの4議員は、現在のところ政府法案を支持することを明言している。その結果、法案は76票というぎりぎりの過半数を得て、下院で可決される公算が高いと言えよう。

一方、7月1日から任期がスタートした新上院を見てみると、与党労働党の議席数は31議席に過ぎず、法案の可決に必要な最低39票には8票も不足している。しかしながら、9議席を保持して単独で「バランス・オブ・パワー」(法案通過の決定権)を握る緑の党は、気候変動議会委員会の中心メンバーとして、今回公表された詳細政策を立案した中心プレーヤーである。そのため緑の党の9上院議員全員が、法案を支持することが期待されている。

要するに、現在の支持状況が維持される限り、政府法案は無事成立し、予定通りに来年の7月1日から炭素税が導入される公算が高いと言える。ただし、これは労働党政府の炭素価格政策が存続することを意味するものでは決してない。

その理由を解説すると、まず次期連邦選挙では(注:ギラード首相は、労働党政権を支える無所属議員の強い要求もあって、次期連邦選挙を2013年の後半に実施することを公約している。選挙の形態は、通常通りの下院プラス上院半数改選の同時選挙となる見込みである)、炭素価格政策が争点化されるのは確実であり、一方、選挙までに同政策、あるいはギラードに対する国民の反発が沈静化するとは考え難い。

そのため次期「炭素価格選挙」で、アボット率いる野党保守連合が勝利する可能性は相当に高いように思われるが(注:仮に炭素税導入の初期期間に、生活コストが予測以上に上がることにでもなれば、野党勝利の可能性はより一層高まろう)、そのアボット保守連合は、政権の座に就いた暁には炭素価格制度を廃棄すると繰り返し、かつ明瞭に公約している。

確かに、仮に保守連合が下院で余裕をもって勝利を果たしたとしても、上院の半数改選選挙で保守連合が過半数を制する可能性は極めて低い。また緑の党が単独で「バランス・オブ・パワー」を握る状況は、少なくとも14年の6月30日までは続くことから、政権党となった保守連合も、炭素価格廃棄法案を上院で可決することはできないとの見方もあろう。ところがアボットは、廃棄法案が上院の抵抗に遭遇した場合には、廃棄法案を要件にして両院解散選挙に訴えると強く示唆している。

次期選挙で勝利を果たしたアボット保守連合政権にとり、特殊な両院解散選挙を選択するメリットとは、もちろん、アボットが下院で再勝利することを前提にした上だが、要件法案が最終的には選挙後の両院議員総会において採決に附されることだ。仮に両院解散選挙後にも両院のネジレが継続したとしても、両院議員総会であれば与党が過半数を占めると予想されるので、炭素価格設定政策の廃棄法案も成立することが期待できるのだ。

ただし、アボットが次期選挙で勝利を果たした場合、労働党の政策を廃棄するためにわざわざ両院解散選挙に訴える必要はないかもしれない。

その理由は、14年7月1日から任期がスタートする上院で、保守連合の議席数が過半数に達することはありそうにないものの、いくつか議席数を増加させる結果、無所属系議員などの支持で廃棄法案が成立する可能性もあるからだ(注:その時点で、炭素税は導入されて3年目であるが、時期的にも廃棄は十分に可能と言えよう)。

それどころか、実のところ労働党が次期選挙で野党となれば、上院で廃棄法案を支持する、しかも14年6月以前に支持する可能性すら排除できない。というのも上述した通り、次期選挙における最重要選挙争点は、間違いなく労働党政府の炭素価格設定政策であり、そして選挙でアボット保守連合が勝利を収めるということは、有権者が同政策に対して明確に反対を表明したことにほかならない。

換言すれば、アボットは同政策を廃棄するための国民からの委託を受けるわけで、これに反する行動を採れば、労働党はその後も長期にわたり下野を余儀なくされる恐れがあるからだ。

いずれにせよ、仮に労働党政府の炭素価格設定法案が成立し、また予定通り来年の7月から制度が導入されたとしても、同政策の行方には不透明感が漂っていると言えよう。

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