春は夏野菜の、秋は冬野菜の種まきの季節だ。北半球と季節が逆になる南半球・オーストラリアの田舎町は今が秋で、カボチャやトウガラシの収穫の傍ら、ラディッシュやチンゲンサイの種をまいた。世界情勢の影響で石油や化学肥料の物流が滞り、オーストラリアで一部の農家が作付けを減らした中、個人が野菜を育てる家庭菜園の意義を改めて考えている。(文・写真:七井マリ)
食べたカボチャの種から

地元の食品店で買ったカボチャを食べた後に種を乾かしておいたのは、穀類や種子を好んで食べるニワトリに与えようと思っていたからだ。そのうちの4つを、夏の前にほんの思いつきで植木鉢の土に埋めてみた。一般的にカボチャは、つるが伸びてスペースを取ることを除けば栽培があまり難しくない植物といわれる。
そこまで期待はしていなかったが、1週間としないうちに4つとも発芽してすくすくと育ち始めた。せっかくだからと定植した際に根が傷ついたのか2つは枯れてしまったが、残り2つがつるを伸ばし、あっという間に葉を茂らせ、ついに黄色い大きな花を付けた。
無計画に育て始めたカボチャだが開花を見たら着果させたい欲が出て、雄花を手折って人工授粉を試みた。これがうまくいき、1カ月半掛かって実は市販サイズ以上に。最初は緑色だった皮が完全にベージュになったら収穫のサインだ。オーストラリアでよく出回っているバターナッツ・カボチャというひょうたん型の品種で、ローストやポタージュにして濃厚な甘みのある味わいを楽しんだ。
小さな1粒の種からスタートして、立派な葉や実ができて食卓へ。そのプロセスはどの野菜でも面白く、毎シーズンが自然科学の実験のような家庭菜園だ。
初めて育てたトウガラシ

カボチャと同じように、隣人からもらったトウガラシも種を保存しておき春に植木鉢にまいてみた。日本ならジャンボトウガラシと呼ばれるような、約10センチの大きな実を付けるタイプ。
これまでにトウガラシを育てたことはなく、小指の爪ほどの白い花も初めて見た。トウガラシといえば害虫が付きにくく、他の野菜の虫除けのために一緒に育てるコンパニオン・プランツとしての機能も知られている。とはいえ葉は薄く柔らかいため病害虫の心配をしたが、結局何事もないまま真っ赤な実を収穫できた。頂きものの実から得た種で、さほど手間もなく簡単に育って拍子抜けだ。
野菜が育つ過程を何度見ても、小さな1粒の種のどこにそんな力があるのかと驚いていてしまう。土にまけば水や光を受けて根が生え、芽が出て茎を伸ばし、葉を茂らせ花を付ける。やがて色づくたくさんの実も、1粒の種が元になってできたものなのだ。種から野菜を育てて植物の生命力のすさまじさを体感するたび、自然への畏怖にも似た静かな感動をおぼえずにはいられない。
種を買う人が増えた理由

食べた野菜から採った種をまくのは面白いのだが、自家採種がしにくい品種も多い。そのため、ほとんどは種を購入して育てることになる。晩夏から秋は冬野菜の種まきの季節。葉野菜や根菜などいくつかの種を初秋の3月に種子専門のオンライン小売店で買い、苗作りを始めた。
田舎に移り住んで以来マイペースに細々と続けている家庭菜園だが、今シーズンは特にしっかり取り組む価値があるかもしれない。中東での戦争に伴って、石油だけでなく化学肥料の流通も減っているからだ。我が家は小規模な有機栽培なので化学肥料は使わないが、自家栽培は数種類のみで他の野菜や穀類は小売店で買い求めるため、食卓への影響は容易に想像がつく。
農機の稼働に必要な軽油や肥料の不足・急騰を受け、オーストラリアの一部の農家が既に作付け計画を平均35%減らしたと、業界団体が発表したのが3月末。作付けが減れば収穫が減るのは明らかで、もし生育中の追肥ができなければなおさらだ。農家の今後の持続性も気にかかる。元より、物価高で上がる一方の生産・流通コストは既に店頭の食品価格に反映されている。
4月の前半、種子店から届いたメール・マガジンを何気なく見ていたら、「需要の急増で商品発送が遅延中」との一文が目に止まった。秋に種を買うガーデニング愛好家が多いのは当たり前だが、今回は前例がないレベルの需要増とのこと。状況からして、おそらく農家でなく個人の購入者が増えているのだと思う。社会の行く先の不確かさを考える時、土にまいた種が芽吹くという自然の摂理の確かさは、人間の暮らしの本来的な拠り所を思い出させてくれるだろう。
蒔く、食べる、考える

毎年恒例で栽培しているラディッシュやレタス、チンゲンサイなどの他に、今年は収穫までに少し時間を要するニンジンやダイコンにも挑戦することにした。私が暮らすオーストラリア東部では秋や初冬に多雨や日照不足の懸念があり、うまくいくかは天候次第だ。
心配事は尽きないが、それでも日に日に大きくなる野菜やハーブの姿を見れば栽培の面白さが心持ちを塗り替えてしまう。食べるためとは言いながら、植物の成長を楽しむ工程が暮らし方について考える足がかりになってもいる。
自分が食べるものをわずかでも育てていると、食をめぐる経済や社会の仕組みに思いが及ぶ機会は多い。その仕組みに依存せずには何も食べることができないような、一見そんな風に見える現代社会だが、ガーデンベッドや植木鉢に野菜の種を蒔くこともできる。もちろん種からでなく苗から始めてもいい。暗い時間が長くなる季節だが、小さな種の芽吹きや成長を楽しむ時間の豊かさを味わうこととしよう。
著者
七井マリ
オーストラリア在住のエッセイスト。日本での子ども時代の教育体験から海外移住後の田舎暮らしまでを綴ったエッセイ本『高校に行かないと決めた14歳の日から』(文芸社)を2026年2月に上梓