人は、自分1人の力で生きているようでいて、実際には無数の誰かに支えられながら毎日を過ごしています。
朝、蛇口をひねれば水が出ることも、店に行けば食べ物が並んでいることも、夜になれば街に明かりが灯ることも、当たり前ではありません。その裏側には、名前も知らない誰かの仕事や努力があります。遠くで畑を耕す人、荷物を運ぶ人、機械を整備する人、見えない場所で社会を支える人たちの働きが積み重なって、私たちの暮らしは成り立っています。
けれど現代は便利になり過ぎたせいか、ともすると人は「自分だけで生きている」と錯覚しやすくなりました。スマートフォン1つで買い物ができ、画面越しに会話ができ、困ったことも検索すれば答えが見つかる時代です。他人の存在を直接感じなくても生活できてしまうからこそ、感謝する機会も減っているように思います。
しかし本当は、私たちは生まれた瞬間から誰かとの関わりの中にいます。自分の意志だけで生まれてきた人はいません。幼いころは誰かに抱き上げられ、食事を与えられ、言葉を教わりながら育っていきます。そして大人になってからも、人とのつながりなしに生きていくことはできません。
だからこそ、日々の中で1度立ち止まり、自分を支えてくれている存在に思いを向ける時間は、とても大切なのではないでしょうか。家族や友人だけではなく、すれ違う人、遠くで働く人、これまで人生で出会った人たち、更には自然や動物も含め、私たちは多くの命や営みの上に生かされています。
感謝の気持ちは、特別な才能や大きな行動がなくても持つことができます。「ありがとう」と思うだけで、少し心が穏やかになることがあります。
不満や焦りで心がいっぱいになっている時、人は周囲の支えが見えなくなってしまいがちです。けれど、自分が多くの人や存在に支えられていることに気付くと、張りつめていた気持ちが少しやわらぎます。そして不思議なことに、自分だけの幸せを追い掛けている時よりも、誰かの幸せを願った時の方が、人は深く満たされることがあります。
感謝は、相手のためだけにあるものではなく、自分自身を穏やかに生きやすくしてくれるものなのかもしれません。
忙しい毎日の中で、自分のことだけで精一杯になってしまう日もあります。それでも時どき、世界の中で自分が多くの存在に支えられていることを思い出せたなら、心は少し軽くなるのかもしれません。
誰かを思い、誰かに感謝しながら生きることは、結局は自分自身を大切に生きることにもつながっているように思います。
このコラムの著者

教育専門家 福島 摂子
教育相談及び、海外帰国子女指導を主に手掛ける。1992年に来豪。社会に奉仕する創造的な人間を育てることを使命とした私塾『福島塾』を開き、シドニーを中心に指導を行う。2005年より拠点を日本へ移し、広く国内外の教育指導を行い、オーストラリア在住者への情報提供やカウンセリング指導も継続中