オーストラリアの田舎で暮らせば㊻冬を色鮮やかにする固有種の花々

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 花の少ない冬の時期にもサウス・コーストの田舎町では、庭木のツバキやモクレンと一緒に何種類ものオーストラリア固有種の花が咲く。冬咲きの固有種の花は、餌が乏しい季節に虫や鳥の糧となり、景色を彩りながら四季の巡りを知らせる。シドニーより少し気温の低いサウス・コーストでも、野生の花と共に過ごす日々が数週間先の春の予感をもたらしてくれるようだ。(文・写真:七井マリ)

寒い季節にも咲くスミレ

湿った草地に咲くオーストラリア固有種のネイティブ・バイオレット(native violet)

 スミレは日本にいた頃から馴染みのある野の花で、主に北半球を中心に多種が分布する。南半球の固有種のスミレは極めて少なく、オーストラリア南東部で育つネイティブ・バイオレットはその1つだ。
 ネイティブ・バイオレットの花期は一般的に春から秋であるにも関わらず、私が暮らすサウス・コーストの田舎町では冬の間も途切れずに咲いている。寒い冬とはいえ、この辺りは霜が降りるほどではないからだろう。日本ではスミレは春の季語だが、世界を見渡すと欧州原産のニオイスミレのように耐寒性で冬に咲く種類も珍しくないようだ。
 丸い葉が地面に低く密生し、芝生の代替としても人気があるこのスミレは、長い茎の先に白と紫のグラデーションの花を付ける。庭に自生するその可憐な花を踏まないようにそっと避けて歩きながら、色形の異なる日本のスミレを思い出すこともある。

春への道標となる黄色

ブリスベン・ワトル(brisbane wattle)という通称だがシドニー以南にも自生する

 サウス・コーストでは冬の真ん中の7月から咲き始める、明るい黄色の固有種の花がある。綿毛に似た形だが直径1センチにも満たない花が枝に群がるようにして咲き、その淡い輪郭は風で揺れ、落ちた無数の花は黄色い絨毯になって景色をいっそう明るくする。今年は暖冬のせいか6月後半に開花した。

 オーストラリアでワトル(wattle)と呼ばれるこの花は、世界共通の分類上の学名ではアカシア(acacia)という。日本ではアカシアの一部の品種をミモザと呼ぶ習慣があるが、本来ミモザはアカシアと似た別の花。ここではオーストラリア式に「ワトル」と呼ぶとしよう。

 ワトルの花はユーカリと同様に花弁を持たず、綿毛のように優しげな花の姿を形作っているのは多数の雄しべだ。花弁は本来、ミツバチや鳥などの花粉媒介者を引きつける役割を持つが、そのみずみずしさの維持には水分を要する。乾燥したオーストラリアの土壌に咲くワトルやユーカリは、密集した雄しべを花弁の代わりに発達させてきたのだろう。

 我が家の周辺には冬に咲くタイプのワトルだけでも3種類があり、さわやかな甘い香りが漂い始めたら開花の合図。真冬でもワトルにミツバチが集まっている。寒さのピークを知らせるように咲き、森に黄金色の明かりを灯すその姿はまるで、来たる春への道標のようだ。

謎の名を持つ白い花

半日陰でたくさんの花を咲かせるウォンガ・ヴァイン(wonga vine)

 隣人と道端で雑談をしていた冬の後半、有刺鉄線に絡まるようにつるを伸ばして咲く花に気が付いた。ラッパのような形をしたオフホワイトの無数の小花。中を覗き込むと優雅なワイン色が広がり、花数の多さやほんのりと甘い香りも相まって園芸用の改良品種かと見紛う華やかさだ。

 動植物に詳しい隣人もその花の名を知らなかったので、写真を撮ってiNaturalist(アイナチュラリスト)というスマートフォン・アプリで調べてみることに。撮影地域や日時の情報と共に写真をアップロードすると、AIがデータベースと照合するだけでなく、知見を持つ専門家などが種類を同定してくれる便利なツールだ。世界各地で使用され、このアプリに投稿された写真から新種の生物が発見された例もある。隣人に薦められて以来、私も日常的にアプリと図鑑を併用しながら田舎の自然についての知識を増やしている。

 そうして調べたところによると、件の白い花はノウゼンカズラ科のウォンガ・ヴァインという固有種だと分かった。つる植物を意味する「ヴァイン」はさておき、「ウォンガ」のほうは由来をいくら調べても、オーストラリア先住民の言語らしいという情報以外は見つからない。

 ただ、同じ単語を含むウォンガ・ピジョン(wonga pigeon)という名の固有種のハトがいる。ブルーグレーと白の羽が美しくもシャイなこの鳩は別名を「ウォンガ・ウォンガ」といい、鳴き声を模して呼び名にした説がある。このハトも花も分布域が同じオーストラリア東部であることを考えると、想像の域を出ないとはいえ、もしかしたら名付けに関連があるのかもしれない。花の名前を知ることから広がるそんなリサーチや想像は、自然界への興味を深めることに一役買ってくれている。

終わりゆく冬の紫色

庭木に絡みついて咲くパープル・コーラル・ピー(purple coral pea)

 例年、パープル・コーラル・ピーという濃い紫色の花が咲き始めるのは、サウス・コーストの冬の終わりが迫る8月の半ば頃。「紫サンゴ豆」の意味の名を持つこぢんまりとした花は、いかにもマメ科らしい形で、藤やサヤエンドウの花のミニチュアのようで可愛らしい。ただ、別称としてネイティブ・ライラック(native lilac)、フォルス・サルサパリラ(false sarsaparilla)、ワラバラ(waraburra)など多数の名を持ち、どれで呼ぶべきかは迷うところだ。

 1つひとつの花は小ぶりだが、庭や森のあちらこちらで他の草木につるを這わせてたくさんの花を付けるので、離れた所からでも鮮やかな紫色が目立つ。クリーム色の花が咲くはずのユーカリの若木に紫色の花が、と思ったらパープル・コーラル・ピーが木に絡んで茂みができていたことも。道路と放牧地の間の、誰も見ないような日向の斜面を紫色で埋め尽くしていたのもきれいで忘れられない。陽当たりの良い場所だと初春まで咲いているが、散る前にその色は徐々に褪せて薄紫色へと変わっていく。日に日に温かくなる陽射しの中でこの花の色が移ろう頃、交代するかのように春の花が次々と開き始める。

 日本で過ごした記憶の中の冬はツバキ、モクレン、梅などの花で彩られていたが、オーストラリアの田舎で暮らし始めてからは当地の固有種の花を見て季節を感じるようになってきた。冬に咲く固有種の花を1つ知るたび、「冬」という言葉のイメージに新たな色彩が加わっていくようだ。

著者

七井マリ
オーストラリア在住のエッセイスト。日本での子ども時代の教育体験から海外移住後の田舎暮らしまでを綴ったエッセイ本『高校に行かないと決めた14歳の日から』(文芸社)を2026年2月に上梓

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