私が暮らすサウス・コーストの田舎町の気候は比較的温暖で、砂糖の原料の1つであるサトウキビが育つほどだ。思いがけず、隣人が育てたサトウキビを自分の手で加工してジュースを作る機会があった。ノコギリや鍋を使った原始的な方法で糖分を抽出する大変さは、出来上がったサトウキビ・ジュースの味と同じかそれ以上の印象を残した。(文・写真:七井マリ)
温帯でも育つサトウキビ

増えてしまったサトウキビを切るので少し持っていかないか、と親切な隣人から声をかけられ、興味本位で見に行った。庭の植栽の一部として、背の高いサトウキビが20本ほどまとまって植えてあった。約3〜5メートルに伸びたその姿は木に見えるがイネ科であるらしく、直径5センチほどのまっすぐな茎には竹に似た節がある。
そもそも、NSW州南部のサウス・コーストでもサトウキビが育つとはこの時まで知らなかった。入植後のオーストラリアに海外から持ち込まれたサトウキビは、今もこの国の代表的な農産物の1つで、生産の要地は亜熱帯から熱帯に属する北部のQLD州。私が暮らすNSW州のサウス・コーストは九州に近い気温の温帯で、サトウキビは育つものの、専業農家が成り立つほどではないようだ。ちなみに、日本では沖縄以外に九州と四国の一部でも商業栽培がされていて、加えてオーストラリア産サトウキビの粗糖(原料糖)も日本に多く輸出されている。
これまでサトウキビが採れる地域に住んだこともなく、気軽にもらうような事態も想像したことがなかった私は、加工方法の知識はゼロ。調べてみると、黒砂糖を作るのは難しそうだがジュースならできるかもしれない。かつてシドニー近郊のベトナム・タウンで友人と飲んだサトウキビ・ジュースのフレッシュな美味しさを思い出し、軽い気持ちで長い竹のようなサトウキビを何本か隣人からもらい受けた。
甘みにたどり着く前の重労働

まずは屋外で、ノコギリを使って全てのサトウキビを20センチほどにカット。一見すると竹のようだが、竹と違って中が空洞ではなく、どこから刃を入れても頑丈な繊維の塊だから切るだけで一苦労だ。濡れた断面もノコギリの刃も糖分でべたつき、砂糖の原料であることを実感する。
今度は室内で、テーブルに新聞紙を敷いた上に布巾とまな板を重ね、立てたサトウキビの表皮に包丁をナタのように入れて削いでいく。削ぐといっても、木材のように固い断面の縁に力ずくで包丁を食い込ませ、あとは本体をまな板に叩きつけて刃を少しずつ下まで進める。大工仕事か薪(まき)割りのような音を立てながら、これが意外と時間がかかる。気軽に始めたはいいが、かなりの腕の力と根気が要求され、けがへの注意も必要で気が抜けない。
全ての皮剥きが終わった段階で包丁を握る手は疲れきっていたが、ジュースにするためにはサトウキビをできるだけ細かくして抽出しやすくする必要がある。ブレンダーでと言いたいところだが、壊れて以来買い直していなかったのでここから先も原始の人力。自分の無計画ぶりに思わず失笑だ。
サトウキビの繊維はとにかく固く、驚くほど包丁が入らない。刻むことは早々に諦め、皮を削ぐ要領で棒状に割いたものを3センチほどに切るに留めた。言葉にすると簡単なようだが、例えるなら大量の角材を電動工具なしで力任せに延々と切り続けるような無謀さ。途中で何度も心が折れそうになりながら固い繊維との格闘を終える頃には、包丁の刃の一部が欠けていた。
気を取り直してひと欠片のサトウキビを口に入れてみると、固くささくれだった繊維からじわりとシロップが滲み出し、コクのある甘みが口の中に心地良く広がった。
煮出して、煮詰めてジュースに

ブレンダーで粉砕した場合はそのまま布で絞ってもジュースにできるようだが、角材を小さな角材に加工しただけの私の場合はその方法は使えない。酷使したために震える手で圧力鍋を取り出し、水と一緒にサトウキビを入れて煮出す方法を選んだ。
あとは加熱を続けるだけと思いきや、煮出した後には鍋からあふれんばかりの大量のサトウキビを取り出してジュースを濾(こ)す作業が待っていた。サトウキビの繊維の細かいかけらを取り除くためだ。泣く泣く重い圧力鍋を持ち上げて中身をザルで濾してから、適当な濃さまで煮詰める最後のプロセスへと進んだ。
しかし、「適当な濃さ」の正解が分からず、試飲してみるもいっそう分からなくなるばかり。かつて店で買ったジュースは生のサトウキビを絞ったタイプで、そもそも煮出す方式ではなかったのだ。
最終的には加熱にかかる時間やコストを考え、ジュースの色がやや濃くなったところで切り上げた。冷まして、仕上げに絞ったレモンやライムを加えて完成だ。
オーストラリアとサトウキビ

長い時間とプロセスを経た手作りのサトウキビ・ジュースをグラスに注ぐと、優しい金色が午後の光に映えた。口当たりの良い甘さの向こうに、かすかに爽やかな青みが感じられる。精製された白砂糖や人工甘味料の甘みとは違う、体にすんなりと馴染む柔らかな味。レモン汁をたっぷり入れるとバランスが良いが、柑橘なら何でも合いそうだ。サトウキビはミネラルやビタミンが豊富だそうで、不慣れな作業の疲れを癒やすのに十分な美味しさだった。
中途半端な道具で取り組んだせいもあるが、サトウキビの加工は実に骨が折れる作業だと身にしみた。竹以上に固い植物から砂糖を作り出した人類の情熱と糖分への希求の凄まじさを思い知ると同時に、日頃から買っているオーストラリア産のきび砂糖のありがたみが何倍にも増した。
オーストラリアの産業としてのサトウキビ生産は、現代では生産から精製までの多くの工程で機械化が進んでいるが、近代までは奴隷に近い安価な労働力が頼りだった。そこでバヌアツやソロモン諸島などの人びとを連れて来て、サトウキビ畑で過酷な労働を強いた歴史がある。サトウキビに限らず、現代でも農業は産業自体の搾取構造がたびたび注目され、それはオーストラリアに限った話でもない。
自分の口に入るものを自分で責任を持って作れば搾取に加担せずにいられるが、田舎住まいでも完全な自給自足が容易ではないのも事実。砂糖については、これからも誰かが作ってくれたものをスーパーマーケットで買うだろう。せめて、生産の苦労を肩代わりしてくれる誰かが虐げられたり苦しんだりしていないか、常に考えながら砂糖を選ぶことはできるはずだ。
著者
七井マリ
オーストラリア在住のエッセイスト。日本での子ども時代の教育体験から海外移住後の田舎暮らしまでを綴ったエッセイ本『高校に行かないと決めた14歳の日から』(文芸社)を2026年2月に上梓