主人公はいつでも自分自身─雨の日も晴れの日も心に映す景色を見る/福島先生の人生日々勉強

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 同じ景色を見ていても、人によって見えているものは少しずつ違います。

 雨の日を憂鬱だと思う人もいれば、雨音を心地良いと感じる人もいます。失敗を消したい過去として抱える人もいれば、時間が経ってから「あれがあったから今がある」と振り返る人もいます。

 起きた出来事そのものは変わらなくても、それをどう受け取り、どんな意味を与えるかによって、私たちの目の前にある世界は驚くほど姿を変えます。

 考えてみれば、私たちは外の世界をそのまま見ているわけではありません。目や耳から入る情報を、自分の経験や記憶、感情と重ね合わせながら受け取っています。同じ言葉でも、ある日は笑って聞き流せたのに、別の日にはひどく傷付くことがあります。相手が変わったのではなく、自分の心の状態が違っていたのかもしれません。

 そう考えると、自分を苦しめているものの中には、出来事そのものだけでなく、自分の心が大きくしてしまったものもありそうです。反対に、何気ない出来事が、心のありようによって思い掛けない喜びに変わることもあります。同じ毎日の中にも、気づいていないだけで、小さな変化や発見があるのかもしれません。

 もちろん、気持ちの持ちようで全てが解決するわけではありません。自分1人の力ではどうにもならないこともあります。理不尽な出来事もあれば、簡単には癒えない悲しみもあります。それを「考え方次第」と片付けてしまうのは、あまりにも乱暴でしょう。

 それでも、変えられない現実の中で、自分が何を見るか、どう受け止めるかについては、ほんの少し選べる余地が残されています。その余地が、思っている以上に大切なのではないでしょうか。

 悩みを抱えていると、それが世界の全てのように感じられることがあります。しかし1歩離れて眺めてみると、今は頭から離れないことも、数年後には輪郭さえ曖昧になっているかもしれません。そう思えば、その苦しみとも、少しだけ距離を置けるような気がします。

 窓の外に目を向けると、街を行き交う人がいて、空には雲が流れています。自分が立ち止まっているように感じる時にも、時間は静かに進んでいることに気付きます。

 大きな答えがすぐに見つからなくても、日は暮れ、また朝が来ます。その繰り返しの中で、いつの間にか昨日とは違う景色を見ていることがあります。

 世界そのものを思い通りに変えることはできません。しかし、自分が見ている世界は、心のありようによって少しずつ変わっていきます。自分に与えられた時間の中で、何を見て、何を大切にし、どんな世界をつくって生きていくのか。その主人公は、いつでも自分自身なのだと思います。

このコラムの著者

教育専門家 福島 摂子

教育専門家 福島 摂子

教育相談及び、海外帰国子女指導を主に手掛ける。1992年に来豪。社会に奉仕する創造的な人間を育てることを使命とした私塾『福島塾』を開き、シドニーを中心に指導を行う。2005年より拠点を日本へ移し、広く国内外の教育指導を行い、オーストラリア在住者への情報提供やカウンセリング指導も継続中

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