
日本でおなじみのイタリアン・ファミリーレストラン「サイゼリヤ」が、いよいよオーストラリアに登場するようだ。
2025年4月、サイゼリヤがオーストラリアでレストラン事業を開始すると発表したことを受け、日豪プレスでもその計画を紹介した。
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それから約1年半。長らく具体的な店舗情報が待たれていたが、現在、メルボルンのショッピングセンターで店舗の開業準備が進んでいることが確認されている。
現地報道によると、メルボルン西部のMaribyrnongにあるHighpoint Shopping Centreでサイゼリヤの店舗が建設中で、店頭には「Opening November」と表示されているという。
ただし、現時点では正式な開店日やオーストラリア向けのメニュー、価格などはまだ発表されていない。日本で知られる「安くて気軽なイタリアン」が、そのままオーストラリアで再現されるのかも注目されるところだ。
実はオーストラリアとは20年以上のつながり
「サイゼリヤがオーストラリアに進出」と聞くと、今回が初めてのオーストラリア進出と思われるかもしれない。しかし、同社とオーストラリアとの関係は20年以上に及ぶ。
サイゼリヤは2000年にオーストラリア法人を設立し、ビクトリア州Meltonに食品製造施設を整備。工場は2003年5月から稼働しており、オーストラリア産の野菜や肉などを使った食品を製造し、日本をはじめとするサイゼリヤの店舗向けに供給してきた。つまり、オーストラリアでサイゼリヤの料理に使われる食品が作られてきた一方、これまでオーストラリア国内には「サイゼリヤで食事をする」店舗がなかった。
2025年4月、サイゼリヤはオーストラリアで店舗を運営するための100%子会社「Australia Saizeriya Restaurant(予定)」を設立すると発表。資本金は約3億円とし、現地でレストラン事業を展開する方針を明らかにした。
その後、2025年12月には「SAIZERIYA AUSTRALIA RISTORANTE PTY LTD」という法人も登録され、2026年3月からGST登録が行われていることが確認できる。
オーストラリアの「イタリア料理」の歴史とは?
ここで興味深いのが、オーストラリアにおけるイタリア料理の歴史である。
オーストラリアには100万人を超える「イタリア系」をルーツとする人々が暮らしている。2021年国勢調査では、イタリア系の祖先を持つと回答した人は約110万8,000人。ビクトリア州では約38万5,000人、ニュー・サウス・ウェールズ州では約30万2,000人に上る。
こうしたイタリア系移民の歴史は、現在のオーストラリアの食文化にも大きな影響を残している。
シドニーでその象徴ともいえる場所が、インナー・ウェストのLeichhardt(ライカート)である。
シドニーの「Little Italy」ライカート

Norton Streetを中心とするLeichhardt(ライカート)は、長年にわたりシドニーのイタリア系コミュニティーの中心地として知られてきた。
イタリアからの移住は1920年代から本格化し、第二次世界大戦後には仕事や住宅を求めてさらに多くのイタリア人がこの地域に移り住んだ。カフェやレストランだけでなく、食料品店、デリカテッセン、精肉店、文化団体、新聞など、イタリア系コミュニティーを支えるさまざまなビジネスや施設が形成されていった。
Leichhardt(ライカート)は、オフィシャルに「Little Italy」と呼ばれる地域でもある。ニュー・サウス・ウェールズ州のGeographical Names Boardは2020年、Inner West Councilの提案を受け、Norton StreetとMarion Streetを含む中心部を「Little Italy」として正式に指定したからである。
イタリア文化を象徴する場所として知られるItalian Forumや、イタリア系移民の支援・文化活動を行ってきたCo.As.Itなどもあり、現在もイタリアの食や文化に触れられる地域として多くの人が集まる。
毎年開催されるNorton Street Italian Festaも、その歴史を象徴するイベントの1つ。最初のFestaが開かれたのは1986年で、2026年には40周年を迎える。移民の世代交代や住民構成の変化によって街の性格も変わり、イタリア文化を残しながら、多文化都市シドニーの一部として今なお発展を続けている。
メルボルンなら「Lygon Street」ライゴン・ストリート

そしてサイゼリヤが最初の店舗を構えることになったメルボルンにも、オーストラリアを代表する「Little Italy」がある。CarltonのLygon Street(ライゴン・ストリート)である。
メルボルンの中心部からほど近いLygon Street(ライゴン・ストリート)は、イタリア料理店、カフェ、ジェラート店などが並ぶことで知られ、やはり「Little Italy」と呼ばれている。ビクトリア州政府観光局も、イタリア系移民によって発展したこの地域を、メルボルンを代表するイタリア料理とカフェ文化の場所として紹介している。
イタリア系移民がCarltonに本格的に定着したのは1920年代以降で、第二次世界大戦後にはイタリアからの移住者が増加。1950年代から60年代にかけて、レストランやカフェ、食品店などが次々と生まれ、現在につながるイタリア系コミュニティーが形成された。
1952年にオープンしたUniversity Cafeは、オーストラリアのカフェ文化の歴史を語る上でも知られた存在である。Lygon Street(ライゴン・ストリート)ではイタリア料理だけでなく、エスプレッソ、ジェラート、屋外のカフェ文化など、現在ではオーストラリアの日常生活に定着した食文化が育まれていった。
毎年開催されるLygon Street Festaも有名で、1978年に始まったこのイベントは、イタリア系移民の文化と地域への貢献を祝う行事として発展してきた。
「日本のイタリアン」はLittle Italyでどう受け入れられる?

日本で生まれた「イタリアン・ファミリーレストラン」が、イタリア系移民が長い年月をかけて食文化を築いてきた国に進出という点でサイゼリヤのオーストラリア進出はなかなか興味深い。
サイゼリヤは、いわゆる「イタリア人が作るイタリア料理」とは少し異なる。日本人の味覚や日本の外食文化に合わせて発展した、いわば「日本スタイルのイタリア料理」だ。
日本では、ミラノ風ドリアや各種パスタ、ピザ、エスカルゴなどをリーズナブルな価格で楽しめることから、学生からファミリーまで幅広い層に親しまれている一方、オーストラリアでは外食費そのものが日本より高く、賃金や家賃など店舗運営にかかるコストも大きく異なる。そのため、日本と同じ価格設定を実現するのは簡単ではないだろう。
オーストラリア版のサイゼリヤがどのような価格とメニューになるのか。そして、イタリア系住民や本場のイタリア料理に慣れ親しんだオーストラリア人から、どのように受け止められるのか。
「日本のサイゼリヤ」と「オーストラリアのイタリア料理」という、一見似ているようで異なる2つの食文化が、メルボルンで交わることになるわけだが、まずは2026年11月のオープンが予定通り実現するのか。そして、最初の一皿として何を注文するべきなのか。オーストラリアのサイゼリヤ誕生は、日本人だけでなく、オーストラリアの外食事情を知る上でも注目したい出来事と言えるだろう。
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