オーストラリア弁護士として30年以上の経験を持つMBA法律事務所共同経営者のミッチェル・クラーク氏が、オーストラリアの法律に関するさまざまな話題・情報を分かりやすく解説!
今回は人工知能(AI)に関するお話ですが、筆者は、コンピュータではなく生身の人間であることを最初にお伝えしておきます!
キャンベラの最高裁判事は、オーストラリアの法廷で初めてChatGPTの影響について判断を下しました。AIと法律の“対決”はどのように展開したのでしょうか?
この事件はVAPE(電子タバコ)の違法販売に関するものでした。
起訴後、犯人は罪を認め、量刑手続き(裁判所が犯人に科す刑罰を決定する手続き)の一環として、犯人の性格についてコメントできる人物が書いたとされる陳述書が判事に提出されました。陳述書の1つは、犯人の兄が書いた物でしたが、真実性に欠けると思われる点が幾つかあり、それが判事の懸念の引き金になりました。
陳述書の中で、犯人の性格に関する肯定的な意見の表現が、クリーニング(文字通りに解釈すると「家の掃除」)という言葉で繰り返されており、判事を惑わせました。モソップ判事はこれに懸念を示し、「翻訳中に何かが失われた可能性は確かにある。被告人は清潔を心掛けているかもしれないが、彼の清掃に対する積極的な態度と無秩序に対する強い嫌悪感を繰り返し賞賛しているのは、機械が学習した言語モデルの関与を強く示唆するものである」と述べました。
その後の法廷で、この陳述書がコンピュータ翻訳を利用して作成されたことが明らかになりました。
モソップ判事は、「陳述書の特定の文言の使用は人工知能が作成したものと一致する」とし、犯人の量刑を検討する際にこの陳述書を「重視しない」と判断しました。つまり、同判事は、陳述書がAIによって作成された物と考え、科されるべき刑罰に関する判断に、その陳述書はほとんど影響を与えない、としました。
この画期的な判例から学ぶべき教訓は、訴訟遂行におけるAIの使用は細心の注意を払うべき、ということです。
AIが生成した文書の内容が、その事件の特定の状況に合致しない場合、その文書は無視される可能性があり、更に悪いことに、(役に立つどころか)裁判に不利になる可能性もあるでしょう。
コンピュータで作成された文書が、訴訟における証拠として役に立つのではなく、むしろ損害を与える可能性も大いにあります。
例えば、刑事事件でも民事事件でも、事件に関与した個人の“信用”が裁判所の判断に大きな影響を与えることはよくあります。しかし、コンピュータが作った文書が(たとえ罪の意識なくそれが使用されていても)、単に真正でないように見えるという理由で、個人の信用について裁判官の心に疑問を生じさせることは、大きな損害となり得ます。
AIテクノロジーの爆発的な普及に伴い、その1つである大規模言語モデル(LLM)は、法律実務において極めて有用なものとなる可能性を秘めています。LLMは1分間に約300ワード、つまり人間がタイピングするスピードの7.5倍以上の速さで文章を生成します。3000ワードの法律文書を人間がタイプするには1時間以上掛かりますが、LLMなら約10分で作成できるのです。
もちろん、法的文書の作成にはタイピング速度以上のものが必要であるため、現在、法的サービスの提供におけるモデルの最適化方法に注目が集まっています。チャットボットは、LLMアプリケーションがプロンプト・テクニックに頼っている一例です。例えば、LLMに独自の俳句を生成させる前に、プロンプトに俳句の例を幾つか含めることができます。
最近のキャンベラでの裁判のように、LLMには注意すべき点があります。LLMはしばしば“幻覚”を作ります。どういうことかと言うと、LLMが発する文章は、一見もっともらしく首尾一貫しているように見えますが、事実としては正しくないということです。
LLMは、検証された事実ではなく、学習データからの統計的パターンに依存しています。法律分野で危険なのは、LLMが存在しない裁判例の引用を適切な書式と構文で作成することです! LLMは、オウムのように、学習データで知ったフレーズを、その正確性や関連性を把握することなく繰り返すのです。
オーストラリアで弁護士が使う言葉や言い回しシリーズとして、今回は2つの法律用語について解説します。前回は、弁護士の表現、法律用語が時に肯定的でありながら、時に役に立たないことについて書きました。
「bona fide」とは、弁護士がよく使う言葉です(法律番組でも)。あざむく意図なく“誠実に”行動することを表す言葉で、AI使用に関する前述の裁判含め、“信用”の話題とも密接に関連しています。これと反対の立場を表す法律用語が「mala fide」です。 これは、誰かが、あざむく意図“悪意”を持って行動したことを表現します。
最後に英語のダジャレを1つ。
“Why did the AI go on a diet? Because it had too many bytes!”
このコラムの著者
ミッチェル・クラーク
MBA法律事務所共同経営者。QUT法学部1989年卒。豪州弁護士として33年の経験を持つ。QLD州法律協会認定の賠償請求関連法スペシャリスト。豪州法に関する日本企業のリーガル・アドバイザーも務める。高等裁判所での勝訴経験があるなど、多くの日本人案件をサポート