オーストラリア弁護士として30年以上の経験を持つMBA法律事務所共同経営者のミッチェル・クラーク氏が、オーストラリアの法律に関するさまざまな話題・情報を分かりやすく解説!
先月、NSW州北部で、ツイード・リバー(QLD州とNSW州の州境にある川)を泳いで逃げようとした車窃盗の容疑者を捕まえるため、警官が地元サーファーのサーフボードを(強制的に)借りて、使用したという珍しい出来事がありました。
この奇妙な逮捕劇について、ゴールドコースト警察のクレイグ・ハンロン警視長は、警察官は合法的に警察活動を支援するために一般市民の所有物を「借りる」ことができると述べました。
州境付近でのこのような状況で州警察に認められている警察権(ポリス・パワー)は、連邦法ではなく州法に基づくものです。豪州各州は、警察が業務を遂行する際の権限を規定する法律を制定しており(QLD州は Public Safety Preservations Act 1986)、これには私有財産の徴用許可も含まれます。また、消防隊員や緊急救助隊員にも、州法に基づいて同様の法的権限が認められています。
しかし、一般的に警察やその他の機関は、一般市民の財産を「徴用」することに対して非常に消極的です。私有財産の徴用は、合法的に正当化できるような真の緊急事態発生時でなければ認められません。例えば、警察やその他の機関が、負傷者の救助や重大な犯罪に対応するために荒野を走行する際、従来の警察車両や救急車よりもオフロード走行に適した一般市民所有の自家用車が現場にあったような場合です。そのような状況での自家用車の使用は、合法的であると同時に賢明であると言えます。
では、そのような場合、保険の適用はどうなるのでしょうか。警察は特定の状況(真の緊急事態など)において、私有財産を徴用する権限を持っていますが、警察が私有車両を使用した際に発生した損害や負傷については保険会社が補償しないため、民法上では、一般市民にとって厳しい結果になる可能性もあります。
ハリウッド映画やテレビ・ドラマでは、警察が犯罪者を追跡するためにタクシーを強制的に借りる場面があります。しかし、保険のことを考えると、現実にはそのようなことは起こらないかもしれません。なぜなら、緊急の目的で私有車両を徴用した警察やその他の機関は、利用中に発生した車両への損害について100%の責任を負うことになるからです。
では、その他の警察権にも触れてみましょう。「警察に自分の名前と住所を知らせなければならないのですか?」という質問がよくあります。
以下の場合、警察に名前と住所を伝える必要があります。
・18歳未満で、公共の場で飲酒している疑いがある場合
・テロに関与している疑いがある場合
・重大犯罪の現場近くにいた場合
・自動車やバイクを運転している場合
・自動車事故に巻き込まれた場合
交通事故に巻き込まれた自動車の所有者である場合、運転者と同乗者の氏名と住所を警察に提供することが義務付けられています。虚偽の氏名や住所を提供することは法律違反です。
「警察官は車のナンバー・プレート・チェックでどのような情報を得るのですか?」という質問もよくあります。
警察は高度な車両登録検索ツールを使用し、登録された所有者と車両の詳細をチェックすることができます。車両が盗難車であるかどうか、車両の所有者が運転免許証の有効期限切れまたは停止中であるかなど、ほぼ瞬時に重要情報を検索できます。
豪州の警察活動は各州の法的責任であるため、一般原則として、州の警察官は特定の州または準州内を管轄し、豪州の他の州または準州で活動することはできません。州境に隣接する地域では、警察官は、容疑者の追跡中や他州の法執行を支援する場合など、特定の状況下において、他州で権限を行使することが合法的に認められています。この権限は、Law Enforcement (Cross Border Operations) Act 2012によるものです。NSW州とQLD州の州境、及びNSW州とVIC州の州境に駐在する警察は、隣接する州での取り締まりを許可する「特別警察官」の資格を持っています。
「警察になりすますことは違法か?」の答えは「はい」です。残念なことに、豪州では、犯罪者が警察官になりすまし、豪州を訪れる外国人観光客を狙う事件が発生しています。それでは、有名なロック・バンド「ポリス」は違法ではないのでしょうか。バンド・メンバーは、自分たちが本物の警察官だとは言っておらず、レコードを買ったりコンサートに足を運んだりした誰もが、彼らが本物の警察官だとは思っていなかったので、バンド名のポリスは“ポエティック・ライセンス(詩的許容)”に過ぎない、と世間に認識されていました。
最後に、このバンドの裏話を。1977年にロンドンで結成され、バンド名を考えたのは、ドラマーのスチュワート・コープランドです。当時のロンドンの街角には、内乱や暴動のために警察が定期的に出没していたため、バンドにとっては無料のマーケティングになったそうです。
このコラムの著者
ミッチェル・クラーク
MBA法律事務所共同経営者。QUT法学部1989年卒。豪州弁護士として33年の経験を持つ。QLD州法律協会認定の賠償請求関連法スペシャリスト。豪州法に関する日本企業のリーガル・アドバイザーも務める。高等裁判所での勝訴経験があるなど、多くの日本人案件をサポート