回顧と展望2021 / 連邦政局、日豪ビジネス、豪州経済

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回顧と展望2021

連邦政局

松本直樹

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー

松本直樹

プロフィル◎1992〜95年、在豪日本国大使館専門調査員。95〜97年、豪州防衛大学国防研究センター客員研究員。96年より政治コンサルタント業務を開始。専門領域は豪州政治、日豪関係、安全保障問題など。2014年日本国外務大臣賞受賞

引き続き感染問題対策が政局を揺らす年に

 2020年の連邦並びに州等の政局は、COVID-19への対応一色であった。100年に1度とされる世界的感染問題は、昨年に実施された選挙と同様に、今年の選挙にも重大な影響を及ぼす見込みである。周知の通り、20年8月のノーザン・テリトリー選挙を皮切りに、10月には首都特別地域やクイーンズランド(QLD)州でも選挙が実施されたが、3選挙共に与党の労働党が再選を果たし、しかも楽勝している。しかしながら仮に感染問題がなかった場合、おそらく労働党の楽勝はなかったであろうし、それどころか結果が逆転していた可能性すらある。

 では、感染問題の何が選挙に影響を与えたのかだが、最も重要なものとしては、COVID-19の発生によって、選挙争点の内、もともと重要であったリーダーシップ問題の重要性が、更に高まったことが指摘できよう。「非常時」あるいは「戦時」には、何よりも断固としてぶれない、強力なリーダーシップが求められるからだ。

 確かに感染対策、特に経済関連政策については何と言っても連邦政府が主役である。またモリソン首相によって発案、設置された「国家内閣」という、いわば集団指導体制のための「ビークル」により政策や意思が決定されてきた。ただし、個別の州等政府や州等政府のリーダーにも、独自の役割や権限を行使してリーダーシップを誇示する余地は十分に残されてきた。そのため感染問題下での各種選挙では、各地の政府リーダーへの評価、好悪が選挙の勝敗の行方により直結してきたと言える。先のQLD州選挙はその典型例である。19年末ごろまではせいぜい「可もなく不可もない」、それどころか「負の実績」の方が多いとみなされてきたパラシェイ同州労働党政権が、議席数を増やして勝利した最大の要因は、パラシェイが感染対策や州境封鎖問題で見事なリーダーシップを発揮し、州民の多くから高く評価されたためであった。

 さて、こうして迎える21年だが、ワクチンの開発、製造は期待された以上のペースで進んでいるものの感染問題は依然として現在進行形であり、しかも経済への負の影響は今後も継続することとなる。そういった中、3月には西オーストラリア州で選挙があるし、またモリソンが今年の後半に連邦選挙に訴えると見る向きも多い。選挙の実施日は、選挙の形態によって左右されるが、次期選挙が通常の「下院解散と上院半数改選の同日選挙」となるのはほぼ間違いなく、その場合、最も早い実施時期は今年の8月7日、最も遅くて来年の5月中旬となる。

 COVID-19への対応で評価を大きく高めたモリソンとしては、リーダーシップ問題が注目されている内に、他方で野党労働党のリーダーであるアルバニーゼへの評価が低迷している内に、一挙に労働党を叩き、保守連合の長期政権化につなげたいところであろう。いずれにせよ、間もなく連邦の各政党は臨戦態勢に突入するものと思われる。

日豪ビジネス

高原正樹

日本貿易振興機構(ジェトロ)
シドニー事務所長

高原正樹

1989年新潟大学法学部卒・ジェトロ入構。青森、ニューヨーク、上海、ヤンゴン事務所などを経て、2019年6月から現職。中堅・中小企業の海外進出支援、対日直接投資の促進、日本産農林水産物・食品の輸出促進、調査などに取り組む

豪中関係の緊張を背景に、日系企業への期待高まる

 2020年は新型コロナ感染の拡大により、日豪双方にとって試練の年となった。オーストラリアは先進国としては稀な29年連続での経済成長を謳歌してきたが、20年第1四半期(1〜3月)、第2四半期(4〜6月)と連続で前期比マイナス成長となり、「景気後退」入りを余儀なくされた。しかし、マイナス成長が新型コロナによる経済活動制限によってもたらされたことは明白であり、活動が最も制限された第2四半期を底として再び成長軌道に戻ることが確実視される。

 オーストラリアが早期の段階で外国人の入国禁止措置を導入し、厳格な活動制限を敷いたことにより、途中メルボルンでの大きな第2波はあったものの、国内での感染拡大は抑え込まれた。州境制限も続々と撤廃され、2020年末になって国内ビジネスはようやく平常を取り戻しつつある。今後の課題は海外との自由なビジネス往来の実現であるが、早期にニュージーランドとの双方向の自由往来を実現し、「トラベル・バブル」が日本へと拡大することに期待したい。

 2020年の日豪関係で特筆されるのは、11月にモリソン首相が帰国後の2週間の隔離を覚悟で日本を訪問し、菅首相との首脳会談に臨んだことだろう。菅内閣発足後、初の外国元首の来日がモリソン首相であり、またモリソン首相にとってはコロナ拡大後の初の外国訪問が日本となったことにより、日豪関係に改めて目を向ける絶好の機会となったと言える。コロナ禍の中での敢えての訪日は、2019年に予定していた訪日が実現しなかったことをモリソン首相自身が重く受け止めていたことの証左であろう。結果、この時期の顔を合わせての首脳会談は、両国が重要なパートナーであることを内外に強く印象づける結果となった。

 新型コロナに関する国際的な独立調査の提案を契機として、豪中関係は緊張の一途を辿るものの、一方でパートナーとしての日本の重要性は増しつつある。9月には日豪印の3カ国でサプライチェーン強靭化に向けて取り組むことで合意した。オーストラリアは、第1の輸出相手国である中国から多くの品目で輸入制限措置を課され、過度の中国依存から脱却する必要性が高まっていることが背景にある。

 豪中間の緊張が高まる中、新型コロナを契機に3月から外国投資審査委員会(FIRB)が審査基準を変更し、2021年からは「外資買収法」が改正されるとあって、中国からの投資も減少傾向に拍車がかかりそうだ。信頼感の高い日系企業への期待はさらに高まろう。菅首相は2050年までの脱炭素社会の実現を所信表明で掲げたが、豪州の水素分野での日本の取り組みにも拍車がかかるものと想像される。また、西シドニー空港都市開発を中心とする各種インフラ事業に関しても、コロナ禍で大きな財政出動を余儀なくされる中、委縮することなく、逆に積極的な実施が計画されていることは朗報であり、日系企業の更なる参画に大いに期待したい。

豪州経済

田中健吾

時事通信
シドニー支局 支局長兼記者

田中健吾

プロフィル◎1994年3月上智大学外国語学部イスパニア語学科卒。同4月時事通信社入社、金沢支局(96〜2000年)、ブリュッセル特派員(02〜06年)、ニューヨーク特派員(11〜15年)、本社外経部デスクを経て、17年9月から現職

豪経済、景気後退から回復なるか

 豪州経済は2020年、新型コロナウイルス危機を受けて経済活動が制限されたことで、約29年ぶりに景気後退に陥った。経済を回復軌道に乗せられるのかが21年の大きな焦点。貿易摩擦につながった中国との関係改善も課題となる。

 「100年に1度のパンデミック(世界的流行)があった。その影響で新型コロナウイルス誘導のリセッション(景気後退)となった」。フライデンバーグ財務相は9月2日、4〜6月期の実質GDP(国内総生産)が前期比7%減少し、1959年の統計開始以来で最大の落ち込みとなったことを受けた記者会見で無念さを滲ませた。1〜3月期のGDPも、前年の終盤から続く大規模森林火災の余波があり、0.3%減だった。2四半期連続のマイナス成長となったことで景気後退入りを確認。1991年7〜9月期以来続いた景気拡大局面が終了した。

 豪州は、新型コロナウイルスの感染拡大を阻止するため、3月から海外との往来を原則禁止。国内でも、持ち帰りを除いた飲食店の営業を認めないなど厳しい規制措置を実施した。このあおりで、豪航空2位ヴァージン・オーストラリアが4月、日本の民事再生法に相当する任意管理手続き入りを発表して事実上経営破綻し、「コロナ倒産」を象徴する出来事になった。豪ヴァージンは米投資ファンドのベインキャピタルが買収した。豪政府は雇用維持を目的とした給付金など3000億ドルを超える経済対策を実施した。中銀も3月に政策金利を0.25%まで引き下げた上で、国債の大量購入を通じた「量的緩和(QE)」にも初めて足を踏み入れた。景気の腰折れを防ごうと、11月には政策金利は0.1%まで引き下げられた。政策を総動員した結果、7〜9月期の実質GDPは前期比3.3%増と、プラス成長に転換した。

 豪州経済には、中国との貿易摩擦も大きな懸念となった。摩擦は豪州が4月に新型コロナウイルスの発生源をめぐる独立調査を要求したことがきっかけとなった。これに反発した中国は、豪産の牛肉と大麦を対象に、事実上の貿易制裁を導入した。ワインに対しても不当に安い価格で売られているとして反ダンピング(不当廉売)関税を11月下旬から暫定的に適用した。豪州にとって中国は最大の輸出先。一連の行為は、景気後退に陥った豪州の弱みに付け入る狙いがあったとみられる。豪州では、ビクトリア州だけが感染第2波に見舞われた。ただ、21年3月末で雇用給付金が終了する。政策効果がなくなることへの警戒感がくすぶっている。中国との貿易摩擦も収まる公算は小さい。モリソン豪首相が11月に訪日し、自衛隊と豪州軍の相互訪問を促進する「円滑化協定」に基本合意した。インド太平洋地域で海洋進出姿勢を強める中国をけん制する狙いも込めた措置だが、中国が反発し「報復」を示唆した。豪中の摩擦が激化すれば、豪州の経済回復に冷や水を浴びせかねない。豪中関係の動向には引き続き注意が必要になろう。

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