自然や花を通して世界を平和に
HANANINGEN PROJECT
Photo: HANANINGEN Sydney by YUKA Konno
「花」と「人間」を融合させた新しいアートの形として誕生した「HANANINGEN PROJECT」。日本では2万人以上がHANANINGENを体験し、各メディアでも取り上げられている。本特集では、同プロジェクトのコンセプトや創設者である清野光さんの思い、ライセンスを取得したアーティストが世界中で活躍する背景などをご紹介。シドニー南郊ハーストビルにスタジオを構え、HANANINGENアーティストとして活動し、サービスを提供するYukaさんのインタビューも併せてお届けする。
(文:石井ゆり子)
PROFILE
Hikaru Seino
札幌市出身。カナダ在住中にファッション・ショーなどに携わりデザインを学ぶ。2013年、「GANON FLORIST」を設立。自然を使った作品を通して、多くの人が自然を尊敬できる優しい平和な世界づくりを目指す。花と人の関係を作る「HANANINGEN」の創始者として広く知られ、現在は日本国内外での作品発表やショーの開催、六本木ヒルズや一流ブランドの装飾などを手掛ける。スペインのガウディ建築展にマエストロとして招かれ講義を行うなど幅広く活躍。各国でHANANINGENアーティストを育成するなど、次世代の教育にも尽力している
●HANANINGEN GANON TOKYO office
Web: Hikaru Seino www.hikaruseino.com
HANANINGEN www.hananingen.com
HANANINGEN PROJECTとは
「HANANINGEN PROJECT」は、花と人間を融合させた新しいアートの形を作り出し、「世界一花を愛せる国を作る」というコンセプトの下、東京及び札幌を拠点にサービスを提供する「GANON FLORIST」代表・清野光さんによって創設された。「頭に生花を飾って写真を撮ることによって、その花の名前を覚えてもらい、自身が発芽することにより、花との新しい思い出ができたり、出合ったことのない花に触れ合う機会になるとうれしい」と清野さんは話す。花を愛する人びとが多ければ多いほど、環境と人間の心が伴い、美しい人が存在するという考えに基づき、花を愛せる心づくりを通して優しい社会を作ってくことを目指すプロジェクトだ。
ただ、花と人の関係性を構築し、自然や花を通して世界を平和にしたいという思いはあっても、「花をもっと好きになって」と言うだけではなかなか多くの人には伝わらない。そこで、花の魅力を伝える1つの方法として、花との思い出を作ることを目指した。人間と植物を合体させた独創的な写真を撮り、その写真をSNSなどで多くの人に拡散してもらうことでスマートフォンの中を花で溢れさせるというアイデアを思い付いたそうだ。HANANINGEN PROJECTは、自然に興味を持ってもらうための最初の関係性づくりをサポートしているというわけだ。
同じ思いを持つアーティストが集結
イベントや講演会などに呼ばれる機会も多い清野さんの活躍の場は海外にまで広がっている。同じ思いを持つアーティストが集まり、各国で花を広められていることに喜びを感じているという。また、花を愛する人のためのスキルアップの場として、フローリスト、カメラマン、メイクアップ・アーティストなどのライセンス取得の場も提供している。
そこでは、プロジェクトを通して花を広めるアーティスト活動としての技術を身に付けるために、メイク、カメラ、花に関する講習を受けることができ、修了後はHANANINGENアーティストとして自身の好きな地域で活動できるようになる。「世界一花を愛せる国を作る」という理念の下、今ではシドニー、台湾、バンコクなど日本国外で多くの人びとの頭に花を飾り続けるアーティストも現れた。
「HANANINGENのライセンス取得が、花を扱う多くのアーティストの可能性を広めるきっかけになるとうれしいです」と清野さんは話す。
「花は、地域や国によって多様な種類や特色がありますし、各国にあるそれぞれの花を使ってアーティストの皆さんが活躍することは、とてもすてきなことだと思います。撮影はもちろん、花を使用したショーを主催したり、HANANINGENブランドの商品を開発したり、同じ理念を共有しながら、HANANINGENを通して尊敬するフローリストの仲間たちが、さまざまな国や方面で活動していることが僕にとってもすごく楽しくてうれしいことで、ありがたく思います」
サステナビリティへの取り組み
HANANINGEN PROJECTは、これからの時代に必要不可欠な考え方であるサステナビリティへの取り組みにも力を入れている。清野さんは、「全てのものやビジネスが地球のことを考えながらサステナブルになっていけば、未来の子どもたちに残せる地球はずっと優しくてすばらしいものになっていくと思います。HANANINGENでは、フラワー・ロスの削減に力を入れており、本来フラワー・ショップで、まだ奇麗なのに需要がなく捨てられてしまうような花も活用し、たくさんの人を笑顔にしてきました」と話す。HANANINGENの本店では、一般的に30%と言われる花の廃棄率を3%に保っているという。
清野さんは、「せっかく大切に育てられた花が、誰にも見られずに捨てられることのないように、1本1本の花が愛される場所をこれからも作っていきたいです。また、フラワー・ショップを設立したいとか、自然を広めたいと思ってはいるけれど行動できずにいる人たちが、ライセンス取得を通して自立して活躍できる環境を作っていければと考えています」と続けた。
「花や自然を伝えるという言い方をすると難しく聞こえるかもしれないけれど、自分たちなりのクリエイティブな方法で自然に興味を持てるきっかけ作りをして、地球上にある本当に大切なものをより多くの人に届けていきたいです。HANANINGENスタジオの小さな世界から地球という大きな世界に向けて、これからも花や自然の魅力を伝え続けていきたいと思っています。自然を尊敬している生き方が格好良い、地球のことを考えているのが当たり前だと思われるような社会を作っていきたいですね」
自分の魂が喜ぶ生き方を
HANANINGEN Sydney
Yukaさん
Photo: Kimiko Mikuni
2019年、シドニー南郊ハーストビルに「HANANINGEN Sydney by puppeteer floral design」を立ち上げ、これまで多くの人の頭に花の作品を作り上げてきたYukaさん。当地在住者の中には、インスタグラムなどSNSで彼女の作品を目にした人も少なくないのではないだろうか。Yukaさんがプロジェクトを始めたきっかけ、またその根底にある思いなど話を伺った。
(インタビュー:馬場一哉)
PROFILE
Yuka
札幌市出身。2004年に来豪し、J-shine小学校英語指導者資格認定トレーナーとして勤務。その後、みつろうエコラップの普及活動を行う「KoKeBee」の立ち上げメンバーとして活動中、HANANINGENと出合う。日本に一時帰国中ライセンスを取得し、19年「HANANINGEN Sydney by puppeteer floral design」を設立。現在、シドニー南郊ハーストビルにスタジオを構え、HANANINGENアーティストとしてサービスを提供している。21年、「NSW TAFE’s floristry award」で優勝
●HANANINGEN Sydney by puppeteer floral design
Web: www.puppeteerflower.com
──HANANINGEN PROJECTの一員としてシドニーで活動されているYukaさんですが、元々は異なるバックボーンをお持ちだったと伺っています。
「学生時代に勉強していたのはインテリア・デザインでした。19歳の時にアメリカに渡ってカリフォルニア州のアーバインで3年半ほど学びました。日本への帰国後もインテリア・コーディネーターになるべく専門学校に通っていたのですが、その時アルバイトで児童英語の先生を始めたのです。それが自分に合っていたようで英語講師が本業となりました。その後4年間ほど講師を務めた後、2度目の留学をしたいと考え、シドニーに来ました」
──シドニーを選ばれた理由は何だったのでしょう。
「ワインです(笑)。ワインが大好きで、講師をするかたわら趣味でソムリエ・ワイン・エキスパートの資格を取得したほどなんです。ワイナリーが近いというのがシドニーを留学先に選んだ決め手でした」
──オーストラリアはワイン好きにはたまらない国ですよね。伝統的な手法に必ずしもこだわらない点もまた面白い。
「そうですね。追求し始めるときりがないですが、そこがワインの楽しいところですし、ワインをきっかけにいろいろな方とつながれるのもうれしいです。シドニー到着後は語学学校でトレーナーの仕事をしていたのですが、そこでそのワインの知識が役に立ったのです」
──というと。
「実はオーナーが幸運にも大のワイン好きで、私にワインのコースを開講して欲しいとおっしゃってくださって、それがきっかけでビジネス・ビザを出して頂けることになりました」
──まさにワインがつないだ縁ですね。趣味だったワインがオーストラリアとの深いつながりを構築し、現在はHANANINGEN PROJECTをやられています。フラワー・アレンジメントなどを始め、花に関する仕事とはそれまで無縁だったということですがインテリア・デザイナー、コーディネーターの勉強をされた経験が生きた面もあるのではと推察しますがいかがでしょう。
「色彩の勉強もしましたし、空間デザイン、バランスなど、お花にも関係してくることを勉強できていたとは思います。結局、その仕事自体には就きませんでしたが、点と点がつながり、今に生きていると思います」
自分の魂が喜ぶ生き方
──HANANINGENとの出合いはSNSだったそうですね。
「そうです。友人がHANANINGENになっている姿を初めて見て、人と花という自然が共存することの美しさに心から感動したのです。私の人生がワクワクする方向に向かう予感がした瞬間でした」
──私もHANANINGENになりたい、という方向ではなく作りたい、という方向にモチベーションが向かったのはなぜでしょう。
「友人自身がアートの一部となって、SNSを通じて自身を公表していたのですが、本当に美しかったのです。そのすばらしいアートにただただ感動しました。そして日本へ帰国した時に、“これしかない”と導かれるように門を叩きました。もともと地球環境保護への意識は高く、シドニーをベースに、環境に優しいみつろうエコラップの普及活動を行っている“KoKeBee”の立ち上げメンバーでもあります。自然を大切にするためにどういう生き方をするかを突き詰めて行った時に、自分なりに出した答えは“まず自分自身を大切にする”ということでした。心が健康であることがすごく大切だと思い、シンプルに人の心を動かせる、少し大げさな言い方になりますが、私ができる世界平和への貢献は花と人をアートとしてつなげるHANANINGENで可能ではないかと強く思ったんです」
──自然を愛する心、環境保護への関心というのは若い頃から持たれていたのですか。
「いや、なかったです(笑)。若い頃はコンビニのご飯を食べながらお菓子ばっかり食べていましたし、健康的な生活とはかけ離れていました。ただ、ある時に大きな病気を患ってしまったのです。家族とも会えなくなり、更に海外での手術という状況の中、何もできない自分に気付かされました。空気が肺から抜けてしまう病気だったのですが、息をすることってこんなに大変なんだ、息をしているだけで、生きているだけで十分なんだよ、ということを身に沁みて感じました。それからですね、なぜこの病気になってしまったのかを考えながら、食べる物や、置かれている環境、また心が健康であることの大事さを意識するようになったのです。そして自分の魂が喜ぶ生き方をしなければと思って、KoKeBeeのメンバーにも正直に“HANANINGENをしたい”と伝えました。メンバーにも賛同頂き、背中を押してもらいました」
HANANINGEN、日本と世界の違い
──インテリア・デザインを勉強されていたことである程度の素地はあったとしても、撮影やメイクなどもありますし、プロジェクトに参画した上で自分のビジネスの形にしていくというのは、なかなか大変なことだったのではないでしょうか。
「人前に立つこと自体は苦手でしたが、想像しているものを形にしていくことには、昔からすごく興味がありました。言葉ではうまく表現できないけれど、花であればうまく表現できるのではないかという自信もありました。カメラとメイクはHANANINGENにはとても重要なパートで初めてのトライでしたが、やるしかないと腹を決めて勉強しましたね。大変でしたが、誰にも負けないくらい強いパッションを持って取り組みました」
──独学で、トライ・アンド・エラーを繰り返したわけですね。
「はい。HANANINGEN PROJECTの本部と何度かメールのやり取りをさせてもらった上で、日本への帰国時には自分もHANANINGENの体験をしました。その更に半年後、再び日本へ帰国した際に研修を受けました。そこで、カメラを始めとしたノウハウを教わることができました」
──日本での研修は厳しいものでしたか。
「学ばせて頂けることが本当に幸せだったので、厳しかったけれども楽しさの方が勝りました」
──非常に強いパッションを持って取り組まれたわけですが、もともと花への思いは強くお持ちだったのでしょうか。
「小さい頃から自然の中で遊ぶことが大好きで、森の中で自然に触れること、そして何より花は大好きでした」
──HANANINGEN PROJECTは、日本国内各所はもちろん、世界にも進出していますが、国やエリアによる違いなどはあるのでしょうか。
「日本では、HANANINGENは予約を取るのが困難なほど大人気ですが、自撮りをしてSNSに発信するなどの文化はやはり日本の方があるようで、ウエスタンの方への浸透はまだこれからかなと自身の活動を通して感じています」
──お客様のバックグラウンドによって求められる内容の違いはありますか。
「お客様の割合は日本人、中国人、オーストラリア人という順番ですが、オーストラリア人は自分なりのこだわりがある方が多いですね。自分のことをよく知っていらっしゃるので、この角度で、この花を使って撮って欲しいとか、リクエストが具体的です。日本人のお客様には“お任せ”とおっしゃって頂ける方が多いです」
1つとして同じ作品はない
──お任せスタイルではどのような基準で花やデザインを決められるのですか。
「まず、スタジオにあるお花の中から一輪好きなものを選んでいただきます。好きな花は何ですか、と聞くと答えられない方も多いのですが、自分に合う好きな色の花を選んでください、というと皆さん時間を掛けてじっくり選んでくださいます」
──選ばれたお花からデザインを考えられるのだと思うのですが、生け花やフラワー・アレンジメントなどとの考え方の違いというのはどのようなものなのでしょうか。
「人と花の融合の美しさは、花と花瓶の融合の美しさとは、また違うものだと思っています。お客様がスタジオに入って来られた時点から、お客様が持っている雰囲気やオーラを感じ、更にどんなことやどんな色が好きなのだろうと想像しながら、イメージを膨らませます。人ありきで作り上げていくものなのでその点は大きく違います」
──アイデアの源泉はご自身のどこから出てくるのでしょう。
「HANANINGENは即興ですし、これまで1つとして同じものを作ったことがありません。やはり、その時の直感を大事にすることに尽きると思います。お客様の想像以上のものを提供することを大切にしています」
──HANANINGEN PROJECTを通して達成したいこと、これから叶えていきたいことがあればぜひ教えて下さい。
「ロックダウンが解けてからの話になりますが、オーストラリア国内のいろいろな街に行きポップアップHANANINGENをしたいという思いを持っています。その後、活動を更に国外にも広げ、最終的には、世界中で各国の文化と融合させたHANANINGENを、その国々のフローリストやフォトグラファーと共に活動できたら最高だなと思っています」
──Yukaさんご自身、コロナ禍で仕事ができないなど難しい状況だと思いますが、同じようにチャレンジされている方へ、Yukaさんのご経験からメッセージがあればお願いします。
「このような状況だからこそ出てくるアイデアもあると思うんです。日本へ帰国できない方のお子様の七五三のお祝いのために着物を取り寄せて撮影を行ったりしましたし、お花のDIYキットを作ってデリバリーなども行いました。今までやる機会がなかったことにチャレンジする良い機会とポジティブにとらえることが重要なのかなと思います」
──お花のDIYキット、新しいビジネス・アイデアですね。
「そうですね。日本のようにクール便などはないので、自分でデリバリーする必要がありますがやりがいを感じています。コロナ禍でお仕事に影響が出た方も多くいらっしゃると思いますが、自分自身に少し贅沢をさせる時間、癒やす時間を作ることを考えてみても良いかもしれませんね。そういう時間ってとても大事だと思いますので」
──本日はどうもありがとうございました。
(7月21日、ロックダウン中のシドニー、オンラインで)