法律
Q
交通事故に遭った従業員が、退院後しばらくは車いすで復職したいと言ってきました。「会社の建物に階段があり、車いすでのアクセスが難しい」と話したところ、「それは障がいに基づく差別だ」と言われました。どう対処したら良いでしょうか?(40代女性=オフィス・マネージャー)
A
職場における“障がいに基づく差別”については、連邦法の1992年障害者差別禁止法(Disability Discrimination Act 1992)、並びに、各州の差別禁止法が定めています。今回は連邦法についてお話ししますが、州によっては、連邦法と少し違った形で差別禁止法を定めている場合がありますので、相談者は関連する州の弁護士の意見も聞く必要があります。
差別には“直接的差別”と“間接的差別”の2種類があります。
直接的差別は、例えば「あなたは男だから」「日本人だから」「障がいがあるから」という理由で、その人を差別的に悪く扱うことです。
これに対して“間接的差別”は、差別的な意図はないにもかかわらず、実質的・結果的に、不当に差別的な状況になってしまうことを指します。例えば、職場での昇進の条件として「最低5年間の勤続」を設定すること。これは一見すると何ら差別的でないように見えるものの、統計的に見て女性は出産・育児に伴い勤続が中断されることが多いため、この昇進条件は“間接的な、性別に基づく差別”に該当するリスクが高いことになります。
今回のケースのように、オフィスに階段があり、「車いすでの出勤が難しい職場だから」という理由で車いすでの就労を拒否するようなことがあると、これは車いすを必要とする労働者に対する間接的差別とみなされる可能性があるということです。
このような場合、法律は障がいを持つ人のために“妥当な調整(Reasonable Adjustment)”をするよう定めています。オフィスの階段が数段程度であり、安全面で問題なく、かつ雇用者の費用負担が妥当と考えられれば、例えば、板(スロープ)などを用いて車いすでアクセスできるようにしなければならないということです。ただし、妥当ではない調整は求められません。どの程度の配慮・調整が必要なのか?という問題は、障がいの性質、度合い、雇用者側の財力等を考慮に入れたケース・バイ・ケースの判断が求められます。車いすでの通勤問題が解決できない場合であっても、例えば、オフィスに出て来なくてもできるようなリモート・ワークの機会があれば、当該従業員の脚が良くなるまで、リモート・ワークを“妥当な調整”として割り当てるのも必要になると思います。
会社として何ら“妥当な調整”が不可能であると判断した場合、その従業員は実質的に仕事ができなくなるので、もし疾病休暇等の有給休暇を使い果たしていれば、会社は当該従業員が休んでいる間の給料の支払い義務はなくなります。もし当該従業員がその会社の判断に不服な場合、反差別(Anti-Discrimination)関連の州政府機関、または連邦の人権委員会(Human Rights Commission)にクレームを出し、その会社の判断の妥当性について調査してもらうことになります。
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林 由紀夫(はやし ゆきお)
H&H Lawyers
横浜市出身。1972年来豪。78年ニュー・サウス・ウェールズ大学法学部卒(法学士、法理学士)。79年弁護士資格取得。同年ベーカー&マッケンジー法律事務所入所。80年フリーヒル・ホリングデール&ページ法律事務所入所。84年パートナーに昇格。オーストラリアでの日系企業の事業活動に関し、商法の分野でのさまざまなアドバイスを手掛ける