シティから1時間以内で行ける異国
特集 マルチカルチュラル・タウンinシドニー
“味変”の鶏フォーに舌鼓!
本場ベトナム料理の宝庫
Bankstown
少し足を伸ばすだけで海外の食や文化を気軽に体験できる。それは多文化都市シドニーの最大の美点だろう。ベトナム系コミュニティーがある南西郊外のバンクスタウンの一角にも、東南アジアの雑踏の雰囲気を肌で感じられる異空間がある。駅の南側では、野外のベンチで男たちが公然とマージャンに興じる横で、本場ベトナムのストリート・フードや、色鮮やかな熱帯の果物や野菜、珍しい肉や魚を売る商店などがひしめき合っている。(リポート:守屋太郎)
アクセス
Bankstown 2200 NSW
シドニー中心部タウンホール駅から鉄道「T2インナー・ウエスト&レッピントン線」で32分。オパール・カード料金は$3.60(ピーク時$5.15)
バンクスタウン駅から南西へ歩く。駅前通りのバンクスタウン・シティ・プラザからチャペル・ロードまでの長さ300メートルほどの通りが、この町のベトナム人コミュニティーの中心街となっている。
「フォー」(ベトナムの米粉麺)を売る店、「バイン・ミー」(英語名「ポーク・ロール」=バゲットにハムや野菜を挟んだベトナム風サンドイッチ)を売るパン屋、色鮮やかな熱帯の果物や野菜を並べたスーパー、珍しい魚介類を売る鮮魚店、精肉店、アジア人向けの小さいサイズの服を売る雑貨店……。間口の小さい、古びた低層の商店が軒を連ねている。
取材日は旧正月を祝う「ルナー・ニュー・イヤー」のイベントが開かれていた。メイン・ストリートは歩行者天国となって多数の屋台が出店し、子ども向けの乗り物も設置され、龍舞(ドラゴン・ダンス)のパフォーマンスや、ベトナムの民族衣装を着た子どもたちのパレードも行われ、いつになく賑わっていた。
1杯で何通りも味わえる
町の南側にあるフォー専門店「アン・レストラン」(Web: anrestaurant.com.au)。ざっと150席はあるだろうか。大学の学食のような広い店で、事情通によると「1日700食以上は売る」という超繁盛店だ。MSG(グルタミン酸ナトリウム)は一切使っていないというが、コクのある独特なスープの中毒性は極めて高い。
メニュー構成は牛肉麺と鶏肉麺の2種類で、それぞれトッピングとサイズを選ぶ。半生肉の薄切り、加熱した牛肉の薄切り、スジ肉、ハチノス(胃壁)が入った「全部乗せ」の「ビーフ・コンビネーション」(ミディアム16ドル50セント、ラージ17ドル50セント)が定番だ。
牛肉麵も捨てがたいが、記者はいつも鶏肉麺を注文している。鶏ハツ、砂肝、鶏レバー、「猪血湯」(ブラッド・ゼリー=豚の血を固めた食材)、玉ひも(排卵前の卵黄)が全部入った「チキン・コンビネーション」(ミディアム17ドル、ラージ18ドル)。店内の中央に置いてある、小皿に入った特製チリ・ソース(無料)は忘れずに確保しておきたい。
回転が早い店なのでフォーはすぐに出てくる。チキン・コンビネーションには、生の卵黄が入った鶏スープ(牛肉麺にはない)も別に付いてくる。まずは、卵黄をスプーンですくってツルリと口に運び、鶏の旨みが詰まったスープに濃厚な卵黄が溶け込んでいくのを堪能する。
次に、鶏肉麺の中から鶏肉やモツを取り出し、適度に辛いチリ・ソースに付けて、前菜として楽しむ。この食べ方は、ベトナム人の客がそうしているのを見て覚えた。酒のつまみに持ってこいだが、残念ながら同店では酒は飲めない。
そして、本体のスープに、別皿のモヤシ、バジル、生トウガラシ、レモンの絞り汁を投入し、いよいよメイン・ディッシュの始まり。スープのうまみを楽しみたいので、生トウガラシは始めはほんの1、2切れでいい。鶏の出汁が効いたスープ、コシのある平べったい米粉麺、適度に味の付いた鶏肉やモツ、レモン汁の酸っぱさ、モヤシのシャキシャキ感、バジルの香味……。全ての要素が最高の次元で絡み合う、至福の瞬間である。
残量が丼の3分の1くらいになったら、残りのチリ・ソースと追加の生トウガラシをスープに投入しての「味変」で仕上げに入る。あっさりした上品な鶏スープは豹変し、腔内は炎のように燃えている。額から滝のように吹き出した汗を拭いながら、最後の1滴までスープを飲み干して完食。
珍しい食材の宝庫
周辺には他にも「サン・ロン」(Map2)などフォーの良店が点在しており、食べ比べてみるのも良い。食後はカフェ(Café Nho=Map③)で、練乳が入った甘いベトナム風アイス・コーヒーで腔内に残った辛みを中和するのもいいだろう。
ポーク・ロールの旨い店「バイン・ミー・ベイ・ゴー」(Banh Mi Bay Ngo=Map④)もお薦めだ。表面が硬く、中が柔らかいバゲットの最適な焼き加減、ハム、酢漬けのダイコンとニンジン、ソースのコンビネーションが絶妙だ。
シドニーのポーク・ロールの繁盛店としては、1日中行列が絶えない「マリックビル・ポーク・ロール」(Marrickville Pork Roll=チャイナ・タウンのダーリング・スクエアにも開店)、シドニー国際空港に近いマスコットの「ホン・ハ・ベイカリー」(Hong Ha Bakery)が有名だが、バンクスタウンのベイ・ゴーは「シドニーでもマリックビル・ポーク・ロールと1位を争ううまさ」(記者の知人)との指摘もある。
チャペル・ロード周辺は、シドニーでもなかなか入手が難しい、レア食材の宝庫でもある。商店街に点在する鮮魚店(Nhat Rang Fish Market=Map⑤など)では、入荷状況や時期によるが、生きたベイビー・アバローニ(小型のアワビ)や大ぶりなカキ(パシフィック・オイスターの一種)、ベトナム風の魚の練り物などが手に入る。八百屋を兼ねたスーパーでは、時期によって長芋やレンコンが売られていることがある。
精肉店(Chi Thanh Quality Meats=Map⑥など)では、ショウガの効いたベトナム風マリネ・ソースに漬け込んだ肉類が買える。中でも1匹まるごと漬け込んだウズラのマリネはお薦め。炭火の遠赤外線で焼くのが理想だが、家庭のグリルで20~30分、皮と手羽がカリカリになるまでじっくり焼き上げ、そのままかじっても十分おいしい。
なお、バンクスタウンでは、ベトナム人とレバノン人が2大勢力を形成している。食後の濃いコーヒーに合う甘いレバニーズ・スイーツの有名店(Chehade El Bahsa & Sons=Map⑦)で、デザートをお土産に買って帰るのもいいだろう。
町の南側にある娯楽施設「バンクスタウン・スポーツ・クラブ」(Map⑧)も見逃せない。ポーキー(遊戯機)がずらりと並ぶ広大な店内はほとんどカジノと言える規模だが、パブやクラフト・ビール専門店、世界各国の飲食店も入居している。人工の川が流れるジャングルのアトラクションや、イタリアの古い町並みを忠実に再現したレストラン街もあり、家族連れやグループで遊ぶには最適。ローカル・ビールがスクーナー1杯5ドルと格安なのもうれしい。会員制だが、入店時に運転免許証を見せればビジターとして入店できる。
ベトナムのストリート・フードから巨大な娯楽施設まで、多彩な顔を持つバンクスタウン。週末に食べ歩きを楽しんだり、食材を買い出しに行くにはお薦めの町である。