第130回 黒森歌舞伎
ご機嫌いかがですか、れんです。
お陰様でいろいろなイベントで大書パフォーマンスをさせて頂いています。昨年末のダーリング・ハーバーの夏祭りでは4m×2mの大紙に書かせて頂きましたが、その前のキャンベルタウンのイベントでは2m×8mでした。「大きな紙にちゃんと文字を収めるのは大変ですね」というお言葉を頂くことがあります。
まず大きな紙に慣れていなければ、真っ新なその大紙の前に立つだけで不安になるでしょう。ただ私の通った東京学芸大学の書道科では活動の一環として巨大作品の制作が可能で、1年生の時には3m×7mの作品を手掛けることができました(発表は2年生時)。そうやって10代のころから慣れ親しんでいるので、少々の大紙は怖くありません。
事前練習はイメージ・トレーニングです。残念ながら今の私には巨大な紙を広げる場所がないので、完成予想図だけ作成し、あとは当日セッティングされた大紙の上でそれを拡大配置する作業をします。もちろん鉛筆の下書きなどはなく、全て頭の中で処理します。
本番は1回きりですし、私も人間ですので、字が思ったより大きくなったり、逆に小さくなったりすることがもちろんあります。しかしそこは百戦錬磨、というほどではありませんが、日頃の稽古で貯めておいたものを抽斗(ひきだし)から素早く取捨選択して対応します。次に書く文字の字形を変えたり、崩し方を変えたり。たくさんの人が注目していますから判断は一瞬です。日々の稽古の積み重ねはやはりとても大事なのです。
さて、山形県北西部、日本海に面した酒田市黒森地区では、毎年旧正月に当たる2月15日と17日に日枝(ひえ)神社で行われる例祭で、農村の地芝居である黒森歌舞伎が奉納されます。真冬の東北地方にもかかわらず客席は雪の舞う屋外に設置されるので、「雪中芝居」「寒中芝居」とも呼ばれています。山形県指定の民俗文化財です。
公演で使っている古い「面」が江戸時代の享保20年(1735年)からの伝承とされることから、300年近い歴史があると考えられています。上演する演目はくじで選ばれます。60ほどあるレパートリーの中で近年上演されるのは15作ほど。公演終了後に翌年の演目を決めます。歌舞伎一座の若者1人が、事前に選ばれた3つの作品の中から古式に則った方法でくじ引きをするのです。今年の演目は源平盛衰記を基にした『ひらかな盛衰記』となっています。
9月に配役を決め、1月10日以降に立ち稽古を始めるのが習わしです。本狂言の前には黒森地区の小学校4年生から6年生の子どもたちによる少年歌舞伎が上演されます。大人たちからの直接指導を受けた子どもたちが順々に、文化を後世に受け継いでいます。
それでは作品をご覧ください。行書の「黒森歌舞伎」です。それぞれが格好良い形の文字ですのでとても書きやすいと思います。「舞」は書き順を変えてあります。横画3本引いてから縦画4本を書いて下部につなげてあります。これは正式な行書の書き方の1つですので問題はありません。私は太細の極端な変化が特徴になるよう作品を作ります。繊細なバランス感覚が必要な作業ですが、だからと言って躍動感が奪われるようではいけません。運筆の際の穂先の浮沈運動の技術を磨くことが必要です。またどこを引き締めてどこを誇張するか、どこを黒くし白くするのか。抽斗に使える材料を貯め、一番良いものをいち早く取り出せるように稽古に励まねばなりませんね。
れん(書家/アーティスト)
アーティストとして永住権取得。2010年、作品「ふるさと」が日本の国有財産として在豪日本国大使館に収蔵される。Government Houseでの企画展など日・豪・ドバイで作品展示多数。在豪日本国大使館、在オークランド日本国総領事館の招聘によるイベント参加やNSW州立美術館ほか各地で大書パフォーマンスやワークショップを展開。ハリウッド映画『The Wolverine』製作に書家として参加。2016年シドニー総領事表彰を受ける。書団れん倶楽部主宰。チャッツウッドで書道教室運営。RENCLUB Lineスタンプ販売中。
Web: renclub.net / Email: renclub@gmail.com / 動画: youtube.com/user/renclub