第73回
ペリカンの喉袋の裂傷
オーストラリア沿岸部に広く生息するコシグロペリカン(Australian Pelican)は、その大きなくちばしを器用に使って魚を捕り、丸ごと飲み込んでしまいます。魚釣りをしている人たちの近くで待機し、釣り餌に魚が掛かったところを横取りしてしまうこともしょっちゅうですが、その際に釣り針を飲み込んでしまったり、釣り糸が翼や足に絡まってしまったりと、トラブルに巻き込まれることもあります。
ペリカンには、下くちばしから喉にかけて袋状に伸び縮みする皮膚、喉袋があります。この皮膚に釣り針が刺さってしまい、逃れようとして引っ張ると皮膚が裂け、大きな傷を作ってしまいます。カランビン野生動物病院では、ここ1カ月間だけで4羽のペリカンが喉袋の裂傷のため治療を受けました。
ニュー・サウス・ウェールズ州北部で水鳥のレスキューを専門としている保護士のマリーさんは、ツイード・リバー(Tweed River)沿いの鮮魚店付近に喉袋に大きな穴が空いているペリカンがいるという情報をもらってから毎日その現場へ出掛け、ペリカンの保護を試みました。人が近づくとすぐに飛び立ってしまうため、試行錯誤の後、やっと捕まえられたのは1週間経ったころでした。大きな穴が空いた喉袋では魚を捕まえることもできなかったためか、ペリカンは痩せ細り、衰弱していました。
まずは点滴で水分補給をして状態が安定してから、くちばしの半分ほどの長さの傷を閉じるための手術が行われました。喉袋の皮膚は二重になっているため、外側と内側を別々に縫い合わせます。短い間隔で丁寧に80針。縫合手術は数時間に及びました。
傷が完全に治るまで数週間は病院の外にあるリハビリ用プールで過ごします。傷ついた喉袋に負担が掛からないよう、小さめの魚をたくさん餌として与えます。大きな魚をひと飲みすることに慣れているペリカンは、初めは小さい魚に関心を示さないため、手で喉の奥に魚を押し込んで食べさせなければなりません。1羽だけでも大変な作業ですが、これが4羽ともなると、看護師たちの苦労は計り知れません。
床次史江(とこなみ ふみえ)
クイーンズランド大学獣医学部卒業。カランビン・ワイルドライフ病院で年間7,000以上の野生動物の診察、治療に携わっている他、アニマル・ウェルフェア・リーグで小動物獣医として勤務。