シティから1時間以内で行ける異国
特集 マルチカルチュラル・タウンinシドニー
インドネシアB級グルメを満喫
「せんべろ」ざんまい!
Kingsford
シドニー東部郊外の学生街、キングスフォードは、学生向けの安い中華食堂が軒を連ね、「ミニ・チャイナタウン」という印象が強い。だが、隣国インドネシアのコミュニティーの中心地でもあり、チープでうまい本場のインドネシア料理が味わえる良店が点在している。タイやベトナム、マレーシアといった定番のストリート・フードとはまた違う、依存性の高い激辛チリ・ソース主体の独特なB級グルメを堪能できる。(リポート:守屋太郎) ※本記事中の金額などは掲載時点のもの
アクセス
Kingsford・2032・NSW
シドニー中心部エリザベス・ストリートから「M10」、「L94」、「394」、「399」、「392」などのバスで約20分。オパール・カード料金は$3.73。路面電車「ライトレール」の新線は、今年12月にランドウィックまで、来年3月にキングスフォードまで、それぞれ開業する予定
20ドルでベロベロになれるか
話は飛ぶが、「せんべろ」という言葉をご存知か? 稀代のアル中作家・中島らも(2004年に泥酔して転落死)が「1,000円でベロベロになれる」を略し、共著『せんべろ探偵が行く』(文庫版:ISBN・978-4087467208/集英社)で提唱した、飲酒のコンセプトである。最近では、人気ユーチューバーのケニチ(Kenichi)が、大阪の下町のディープな酒場を動画で紹介する「西成せんべろ」が話題になっている。
さて、ここはオーストラリア。今どき1,000円=約13ドルでベロベロに酔える店などない。ただ、物価水準が日本の2倍と仮定した場合、20~25ドルも出せば、世界中のB級グルメが豊富なシドニーではマルチカルチュラルなせんべろが楽しめる。
そこで、今回紹介するキングスフォード。酒を出さない食堂スタイルの店が大半のため、BYOした酒を飲みながら長居できる雰囲気ではないものの、パブで冷たい生ビールを飲んでから、インドネシア料理屋で空腹を満たす。そして、辛いチリ・ソースで全身汗だくになったら、パブに戻ってまたのどを潤す。そんな一撃離脱の「シドニーせんべろ」に最適な町なのだ。
素手で食べる強者もいる
シドニー市内中心部から南東へバスで約20分。キングスフォードの商店街は、国内有数の名門大学であるニュー・サウス・ウェールズ大学のキャンパスから約300メートル南下したところにある。メイン・ストリートのアンザック・パレードは、路面電車「ライト・レール」(来年3月開業予定)の線路と駅が完成して奇麗になったが、通り沿いには、間口の狭い、漢字の看板が目立つ2階建ての小さな店舗や飲食店が密集していて、雑然とした雰囲気は相変わらずだ。
同大学の学生のおおむね4人に1人は外国人留学生。狭い歩道は若い中国人男女たちで混み合い、北京語や広東語が飛び交っている。取材当日のシドニーは熱波に見舞われ、ブッシュファイア(山火事)の煙が太陽を覆っている。こんな日は、キンキンに冷えた生ビールに勝るものはない。取り急ぎ、アンザック・パレードとミドル・ストリートの角にある老舗パブ「リージェント・ホテル」(Map①)に駆け込んだ。エアコンの効いた店内で空きっ腹の胃壁にアルコールを染み込ませると、インドネシアの炭焼きチキン店「アヤム・ゴレン・ナインティー・ナイン」(Map②)へ直行する。
ここは、シドニー・モーニング・ヘラルド紙のレストラン・レビュー本『グッド・フード・ガイド』で高評価を得たこともある人気店。殺風景な店内はいつも混んでいて、行列に並ばずに入れることは珍しいが、回転は速い。店員に紙とボールペンを渡され、自分で注文を書いて渡すシステムだ。フォークとスプーンを使わず、手だけで食べているインドネシア人の客もいる。
定番のチキンは、ノーマルとジャワ風の炭焼き、そして唐揚げの3種類。それぞれ胸肉かモモ肉を選べるので、6つの選択肢がある。ノーマルのモモ肉の炭焼き(7ドル)、レバーと砂肝の唐揚げ(いずれも2ドル50セント)をオーダー。白飯は、辛さを和らげる効果もあるココナッツ・ライス(4ドル)をチョイスする。他に、肉がホロホロになるまで煮込んだ牛テール・スープ(12ドル)もお薦めしたい。
すぐにチキンとライスが無造作に置かれた皿が出てくる。炭火でこんがりと焼き上がった鶏肉に、辛味調味料「サンバル・ソース」を少し付けて頂く。鶏肉に凝縮されたジューシーな旨味、炭火の香ばしさ、ソースの強烈な辛味が、口内で灼熱の三重奏を奏でている。
額から汗が滝のように吹き出してくるまで時間はかからない。もちろん、マリネされた鶏肉はしっかり味が付いているので、辛いのが苦手な人はサンバルをかけなくても十分においしく頂ける。なお、同店は休業日が多いので、来店前にウェブサイト(Web: ayamgoreng99.com)で営業日をチェックしておきたい。
うまい店はタクシー運転手に聞け
激辛ソースで汗だくになった後は、町の南端の交差点にあるパブ「チャーチルズ・スポーツ・バー」(Map③)で、再び生ビールでのどを潤した。その名の通りボクシングなどの大試合があるとファンが集結して歓声が飛び交い、身動きが取れないほど混雑した店内では現場で観戦しているような臨場感が味わえる。
次に向かうのは、インドネシア式の定食屋「セダップ・ラサ」(Map ④、Web: sedaprasa.com.au)。ガラス越しのフード・ウォーマーに並ぶ20種類ほどのおかずから数品を選んで、ご飯の上に乗せて食べる。肉または魚2品+野菜1品+ライスで12ドル。緑色の唐辛子ソースを絡めたぶつ切りの魚の唐揚げ、鶏のレバーと砂肝のカレー、緑黄色野菜の煮物の3品を注文。ここでも激辛のサンバル・ソースを添えてもらう。
昔、インドネシア人のタクシー運転手に「どこかうまいインドネシア料理店はあるか?」と聞いたら、同店を教えてくれた。以来15年くらい、記者はこの店に通っている。しばらく間が空くと、無性にこの店のおかずが食べたくなる、非常に中毒性の高い店である。どのおかずもしっかりとした味わいと個性があり、ついつい再訪してしまうのだ。
この他にも、キングスフォードには、チープな麺類や定食中心の食堂「シャロム」(Map⑤)、イカのグリルや魚の丸揚げといった本格的なシーフードも味わえるレストラン「インド・ラサ」(Map⑥)などインドネシア料理の選択肢は多い。一方、日本人経営の人気ラーメン店「まんぷく」の1号店(Map⑦)もある。
インドネシアは世界4位の人口2億6,000人を擁する大国であり、オーストラリアのすぐ北に位置するお隣の国。にもかかわらず、広く普及しているタイやマレーシアなど他の東南アジア料理と比べると、オーストラリアにおけるインドネシア料理はマイナーな存在にとどまっている。
だが、激辛ソースの分量を加減すれば、油をそれほど使わない単純な調理法から味付けは意外にも濃くなく、日本人の口にも合う。キングスフォードはそうしたインドネシア料理の真髄が味わえる穴場である。知らない町を訪れる度に新たな発見がある――。そんなシドニーのマルチカルチュラルな魅力が詰まった町と言える。