第83回 映画撮影中の負傷・死亡事故
映画のワンシーンをあたかも現実のように感じるのは、映画撮影のマジック。しかし残念なことに、危険なシーンの撮影中、役者や撮影陣が本当に負傷してしまうことがあります。
昨年、ハリウッド・スターのアレックス・ボールドウィンが映画撮影中に誤って撮影技師を撃ってしまった事故は、映画撮影における安全手順と法の整備に疑問を投げかけました。
映画撮影中に負傷した俳優やスタッフは、経済的損失や精神的苦痛を負うことがあります。そうした場合、負傷者に過失がなければ、法的賠償請求が可能です。
映画のセットは俳優/スタッフにとって“職場”ですので、例えばプロデューサーは、セットで働く俳優/スタッフの安全を守るために合理的な措置を講じるなど、職場を管理する法律に従わなければなりません。
死傷事故に関する法的賠償請求を行う際は、以下の要因について考察します。
収入損失/痛み・苦しみ/半永久的な傷跡/将来の予想所得損失/精神的苦痛
映画製作会社はスタントマンを含め、常にスタッフを雇用していますが、彼らの雇用契約には賠償責任免除に関する文書への署名も含まれています。過失の有無に関係なく、撮影中に負傷しても法的賠償請求を行わないというのがその基本的趣旨です。果たしてそうした同意書は有効なのでしょうか? 権利放棄に関する同意が有効かどうかは、下記事項によります。
- 同意書で使用されている言語(説明が不明確な場合):例えば、日本語を母国語とする人が英語の書面にサインするよう指示があった場合はどうでしょうか?
- 重大な過失(無謀あるいは故意に危害を加えた場合は無効):加えて、職務(撮影)外の負傷についても権利放棄は無効です。
- 欠陥機器は除外(映画撮影中に欠陥のある設備・機器を使用したことで負傷した場合は無効)
人の命や健康よりも価値のある映画などありません。もしあなたが映画業界に入ることになったら、事前に保険約款をしっかりと確認するようにしましょう。あらゆる危険防止対策を講じたところで、不慮の事故を完全になくすことはできません(雇用主に労災保険の加入が義務付けられているのはそのためです)。また前述の通り、権利放棄に関する文書への署名は不用意に行わないようにしましょう。
ミッチェル・クラーク
MBA法律事務所共同経営者。QUT法学部1989年卒。豪州弁護士として30年の経験を持つ。QLD州法律協会認定の賠償請求関連法スペシャリスト。豪州法に関する日本企業のリーガル・アドバイザーも務める。高等裁判所での勝訴経験があるなど、多くの日本人案件をサポート