第5回:害虫駆除とパンツの話
大阪でセクレタリーをしていた頃、秘書経験の乏しい私には、一体何をしたら良いのか分からないことが多かった。上司は 役員になったばかりの40歳手前の独身、一人暮らし。自宅のマンションで虫が出るから害虫駆除をしなければならず、平日しか予約できないサービスのため、なんと私が上司宅に行って立ち会うことになった。私は、業務時間に上司の自宅のある芦屋へ向った。
当時、クライアント向けのプリゼンテーション直前になると、チーム一同徹夜で働くことが多かった。私の上司は、大変厳しい人で原稿が気に入らないと、自ら全部書き直すということがよくあった。ある時、上司もチームと一緒にオフィスで徹夜をし、次の日も帰宅できるかどうか分からないという日があった。結果、セクレタリーの私が上司の着替えをデパートまで買いに行くことになったのである。
私は兄弟がなく(姉妹のみ)育ち、当時は彼氏もいなかったので、紳士下着といえば、父親のステテコとパンツぐらいしか知らなかった。親しい同僚が、「まずは、ブリーフかトランクスか本人に聞いてみたら?」と教えてくれた。そして、阪急百貨店まで、上司のブリーフを買いに行くことに。仲良しだった、もう1人のセクレタリーは、特にシャイな子で、「どんなのを買うの?」と聞くので「ボスは、Tスタイルではなくて、Bスタイルが良いみたい(私も人前でブリーフやトランクスと言うのが恥ずかしかった)」と言ったところ、「B」スタイルは、「BIKINI(ビキニスタイル)」だと思った様子で、彼女は顔を真っ赤にして叫んでしまうという、オフィス内は大騒ぎの午後であった。
今なら、セクレタリーに下着を買いに行かせるなど、セクハラになってしまうけれど、当時ならあり得ること。その会社では、ビジネスのみならず、私生活上のサポートをするのも秘書の役目だった。害虫駆除とパンツ購入、日本の外資会社のセクレタリーの仕事は本当に奥が深いのであった。
著者
ミッチェル三枝子
高校時代に交換留学生として来豪。関西経済連合会、マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社に勤務。1992年よりシドニーに移住。KDDIオーストラリア及びJTBオーストラリアで社長秘書として15年間従事。2010年からオーストラリア連邦政府金融庁(APRA)で役員秘書として勤務し、現在に至る