以前に比べオーストラリアで手に入る野菜や果物の種類が増え、きゅうり、なす、大根、白菜、カボチャ、さつまいも、梨や柿といった、日本でなじみのある物がスーパーマーケットの店頭に並ぶようになりました。しかし、どうでしょう。日本の物と形が同じようでも、どことなく味に違和感があると感じ、日本の野菜を懐かしんでいる人が少なくはないのではないでしょうか。
今回は、シドニー郊外南西部の畑で丹精込めて野菜を育てている米澤宏美さん、ダニエル・スさん夫妻の「にほんやさい」をご紹介します。
青森県弘前市出身の宏美さんは、末っ子で、小さいころから、また社会人になっても周りに年上が多く、いつも見守られているように感じたそうです。「このままでは良い大人になれない。強くならなければ」と決意し、2001年に来豪。シドニーでダニエルさんと運命の出会いを果たされました。今では2人のお子さんに恵まれ、子育てをしながら「にほんやさい」を育てています。
そんな宏美さんですが、これまで農業とは無縁の人生で、農業に対しては“重労働で泥まみれ”と良い印象はなく、野菜はスーパーに行けば当たり前に買えるという、ごく普通の環境で育ったそうです。
ダニエルさんも宏美さんもシドニーで会社勤めをしていましたが、ストレスを感じることが多いオフィス・ワークの生活に終止符を打ち、ダニエルさんの両親が30年続けていた農園を受け継ぐという選択を、畑の近くに家を購入したことをきっかけに決断されたそうです。
夫婦の主な収入源は、野菜や果物の市場であるフレミントン・マーケットの業者さんへ、受け継いだ農場で栽培した野菜を出荷すること。その作業の合間に、夫婦は農園の片隅で日本野菜の栽培を始め、当初は友人に分けて楽しんでいたそうですが、日本の野菜を食べた友人があまりにも感動してくれたことから、コロナ渦の中、日本を恋しく思っている人たちにも喜んでもらえるかもしれないと、「にほんやさい」の販売をスタートしたそうです。商品名をあえてひらがなにすることで「日本人が作っている」ことを強調しているのも抜群のアイデアです。
宏美さんにとっての日本野菜の魅力を尋ねると、「私は日本とシドニーでちょうど20年ほどずつ過ごしていますが、日本での20年は私を形作った土台です。育つためにそこで食べてきた物はいつになっても忘れません。同じように日本から遠く離れて住む方々に日本の野菜を食べてもらうと、一瞬で日本を思い出して笑顔になってもらえます。日本で食べていた物は、やっぱり今食べてもしっくりときます」とのこと。皆さんも共感できるのではないでしょうか。
昨年は大きな洪水が3回もあり、その度に農園の野菜は大きな被害を受けて収入が断たれたそうです。懸命な復興作業を経て、ようやく回復したと思ったらまた洪水という繰り返しで、大変な思いをされました。それでも今なお、日本の野菜を育てている、宏美さん。目を輝かせてその思いを話してくれました。
「私たちが育てた「にほんやさい」を食べたという方々からたくさんの感激の言葉を頂き、その笑顔や言葉が本当に私たちの力になっています。私の作ったものが大勢の人に喜んでもらえるなんて、信じられないことですし、言葉に言い表せないほどうれしいです。特に野菜が苦手なお子さんが、スーパーで買った野菜は食べないのに、「にほんやさい」の野菜は食べるようになったと聞いた時は、最高の気分になりました。職を変えた当初、農家であることを周りに知られたくない心境だった私ですが、今では農家であることにとても誇りを感じています」──。
Facebookの「Nihon Yasai」では、畑の日常の投稿や、「にほんやさい」販売のお知らせが掲載されています。ぜひチェックしてみて下さい。
■「にほんやさい」
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Email: nihonyasai2021@gmail.com
このコラムの著者
出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese Cuisine、Japanese Cooking at Home, Essentially Japanese他著書多数。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流師範、四條司家師範、四條司家公認天日大膳宗匠、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使。2021年春の叙勲で日本国より旭日双光章を受章