僕のお気に入り作品の1つに1995年にアメリカで公開された『ユージュアル・サスペクツ』というサスペンス映画がある。あっと驚かされる展開、ラストの衝撃。張り巡らされた伏線を確認するため、人生で唯一、自らの意思で2度映画館に足を運んだ作品でもある。
同作には誰も正体を知らない伝説の犯罪者・カイザー・ソゼの代理人としてたびたび主人公たちの前に姿を現わす「Mr. Kobayashi」という謎の弁護士がいるのだがとにかく掴みどころがない。今回はそんな謎に満ちた「Mr. Kobayashi」的世界に囚われてしまった男の顛末を紹介したい。
「白樺リゾート・池の平ホテル♪」
2023年、日本各地で海外インバウンド市場に向けたプロモーション活動が活性化する中、日本のスキーリゾートを紹介する英字スキー雑誌『jSnow』(日豪プレス発行)にも多くの相談が届いた。かくして僕は今年1月頭から2月上旬まで約1カ月、かつてないレベルの過密スケジュールで、北は北海道から西は岐阜県まで20に及ぶスキーリゾートへの取材行脚を断行することにした。
1月中旬には長野県・八ヶ岳エリアの新生リゾート・アライアンス「8Peaks」を訪れた。ファミリー層をコア・ターゲットに据えているため、今回は「家族丸ごとモルモットになって欲しい」という希望を汲み初の家族帯同。同エリアのハブとなる大型ホテル「白樺リゾート・池の平ホテル」(有名なCMの旋律を思い起こす方も多いだろう)に滞在し、完全リニューアルを果たした館内施設やテーラーメイドのガイド・ツアーなどをモニターとして体験、フィードバックをさせて頂いた。施策の方向性はバッチリ、道を踏み誤らず、しっかりとプロモーションを行っていけば間違いなくオージー・ファミリー層にも打ってつけのリゾートに育つであろうと確信した(エリアの魅力など詳報は5月発行の『jSnow』に掲載)。
さて、「Mr. Kobayashi」である。
滞在3日目。僕らは託児所や、2歳から受け入れ可能なスキースクールなど、ファミリー層への対応に力を入れているスキー場「ブランシュ高山」を視察した。ゲレンデに到着すると、出迎えてくれたのは前夜、酒席を共にしたスキー場運営会社・部長の小林(和也)さん。
「今朝は弊社代表をご紹介させてください」
「もちろんです」
「始めまして。代表の小林(和夫)と申します」
代表と部長の姓名が1文字違いであることに驚いていると「このあたりは、小林姓が多いんですよ」とのこと。
そこにちょうどゲレンデ・パトロールの責任者が通り掛かる。
「始めまして。小林です」
君もか。
渋・湯田中、志賀高原、斑尾高原行脚
「8 Peaks」での5日間の取材を終えた僕は東京へ戻る家族と新幹線のホームで別れ、1人志賀高原方面へ向かった。泊まりは山の麓にある温泉郷、渋・湯田中の「一茶の小道、美湯の宿」。スノーモンキー至近の人気宿で、一茶とはもちろん小林さんである。
翌朝、スキー場として日本一の標高を誇る志賀高原・横手山へと送迎車で向かう。30分ほどかけてゲレンデ麓に到着し、2日間にわたって撮影を引き受けてくださるモデルさんと落ち合う。
「小林です」
全日本ナショナル・デモンストレーターを二期務めたプロ・スキーヤー小林(仁)さん(山ノ内町会議員)がモデルを務めてくれたのだ。これ以上ない足前(腕前)の持ち主、さすが撮られるプロでもあり、期待していた以上の写真、ムービーを撮影することができ、初日を終えた。翌日も朝から雪山撮影のためこの日は志賀高原内のホテルに滞在。
翌日は撮影バーンを志賀高原中央エリアに移す。この日の撮影には同エリアを管轄する志賀高原リゾート開発株式会社の社長さんにも同行頂けることに。以前、お会いしたことがあるのだが、なぜだかパッと名前が出てこない。
「ご無沙汰しております。小林です」
そう、小林(卓也)さんだ。
誰と会っても小林さんという状況が連日続き、本来知っていたはずのオリジナル小林さんの名に確信を持てなくなっていた自分に気付かされる。
2日目の雪上撮影を無事終え下山。再び「一茶の小道・美湯の宿」に宿泊。一茶である小林さんも愛した湯を堪能後、部屋に戻り、連日の取材先で出会った小林さんたちにそれぞれ御礼メッセージを送信した。
翌日は長野エリア取材行のいよいよ最終日だ。チェックアウト後、飯山駅まで送迎頂き、そこからは自身で手配したレンタカーに乗り換え、日本一のスキー場公認ツリーランコース数を誇る斑尾高原へ向かった。
途中、担当者に到着時間を連絡しようとスマホを開く。テキストメッセージ、SNSメッセージにはずらりと小林さんたちとのやり取りが並んでいたが、肝心の斑尾高原担当者とのやり取りが見付からない。そして、またしても担当の方のお名前を思い出せなくなっていることに気付いたのだ。
「もしかしたら」との思いと共にメールアドレス一覧をキーワード「Madarao」でソート。そこに現れた担当者の名前は小林(翔)さんであった。本来であれば忘れるはずがない。だが連日続いた小林さんスパイラルにより、僕は誰が小林さんであり、誰が小林さんでないかが分からなくなってしまったのである。
人間の脳の記憶というのはかくも簡単に崩壊するものなのか。小林、小林……。呟くうち、ミステリアスな弁護士「Mr. Kobayashi」が薄笑いを浮かべている姿が脳裏に浮かんでくる。
「ようこそKobayashiワールドへ」
いかん、と思うが遅かった。その不気味なイメージは脳にしっかりと刻まれ二度と振り払うことが叶わなかった。僕は、今後新たな小林さんに出会うたび「Mr. Kobayashi」のイメージがフラッシュバックする呪縛にとらわれてしまったのである。世界に数多おられる小林さん、お会いする際は何卒お手柔らかに。ある人気番組のタモさんのセリフがリフレインする。
「世にも奇妙な世界への扉はあなたのすぐ側に存在します」
皆様もゆめゆめお気をつけくださいませ。
このコラムの著者
馬場一哉(BBK)
雑誌編集、ウェブ編集者などの経歴を経て2011年来豪。「Nichigo Press」編集長などの経歴を経て21年9月、同メディア・新運営会社「Nichigo Press Media Group」代表取締役社長に就任。バスケ、スキー、サーフィン、筋子を愛し、常にネタ探しに奔走する根っからの編集記者。趣味ダイエット、特技リバウンド。料理、読書、晩酌好きのじじい気質。ラーメンはスープから作る。二児の父