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オーストラリアの田舎で暮らせば⑱固有種の果実がある風景

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 固有種の果実がなる木やそこに集まる鳥の姿は、オーストラリアの森の風景の一部だ。固有種の果実は人間が味わうことができる物もあるが、何より野生動物の滋養となる。サウス・コースト地方の田舎町に移住するまで姿も味も知らなかった果実の存在から、当地の生態系を織りなす生物の息遣いを感じている。(文・写真:七井マリ)

小鳥が集まるリリーピリーの木

クリーク・リリーピリー(creek lilly-pilly)やスクラブ・チェリー(scrub cherry)と呼ばれる果実

 オレンジやレモンなどの見慣れた果樹以外に、庭とその周辺では実のなる固有種の木が季節の移り変わりを告げる。いくつかは人の手で植えられた物だが自生している物も多く、実が食べ頃になれば鳥が舞い降り、落ちた実には虫が集まる。オーストラリア固有の植物の果実はオーストラリアの生き物を育んできた糧の1つであり、それなしでは当地の生態系は成立し得ない。その果実が人間にも食べられるかどうか分かるのは、自然と共存しながら長い歴史を築いてきたオーストラリア先住民の知恵のおかげだ。

 秋から実る鮮やかな濃いピンク色の果実は、リリーピリー(lilly-pilly)と呼ばれる固有種の1種。サクランボよりも小ぶりな実だが茂った緑の中でひときわ目を引く。花実がない季節にも、葉陰に虫を探してか陽射しを避けるためかリリーピリーの木には小鳥が飛んで来ては去り、その慌ただしく小さい命の休憩所のようでもある。

 リリーピリーの緑色に照る葉はサザンカに似ていて、常緑樹なので生け垣など庭木としても親しまれ、シドニーの友人宅の庭にも植えられていた記憶がある。草木の少ない都市圏でも、森林伐採や火災で野生動物の生息地と食料が年々減る地方部でも、在来の野鳥などが好む植物を守り育てる意義は大きい。

 リリーピリーの実は人間も生食でき、薄い皮ごとかじるとリンゴのような食感で甘酸っぱい。ドリンクやジャムにもしてみたいが、野鳥の取り分を考えると躊躇(ちゅうちょ)してしまうのも事実。とはいえ、その木に止まる多種多様な鳥の姿を愛でることは田舎暮らしの特権として日々享受している。

「幹」に実る不思議な果物

幹に絡んだツタに実っているのかと思ったら、幹そのものに果実が付いていた

 庭の一角に細く高く伸びた木の、枝ではなく幹に黒っぽい紫色の実がなっていると気付いたのは夏の日のこと。この見慣れない姿の木はデビッドソンズ・プラム(davidson’s plum)の1種で、豊富な栄養や抗酸化物質を含む果実はスーパーフードとも称される。分類上はプラムの仲間ではなく、オーストラリア東部の温かい地域で育つ固有種にして絶滅危惧種だが、庭木用に苗が売られてもいる。その果実はオーストラリア先住民の間では古来から生で食べられてきたものの、酸味が非常に強く、現代ではジャムやスイーツなどに加工して広く楽しまれているようだ。

 熟して柔らかくなり始めた実を、1つだけ幹からもいでナイフで切ってみた。ブドウやプルーンに似た薄い皮にすんなりと刃が通り、真っ赤な果肉から果汁がこぼれる。果汁をなめてみると、おいしそうな見た目と裏腹に甘みはおろか味が一切感じられず、酸の刺激で歯が傷みそうで慌てて水を飲んだ。野生の鳥や哺乳類の一部は生のデビッドソンズ・プラムを食べるらしく、地面に転がしておいた実にはかじった痕が見られた。種が運ばれればいずれ、幹にびっしりと付いた果実があちらこちらで見られるかもしれない。

赤、緑、黒、白のコントラスト

遠くからだと赤い花を付けているように見えるダウニー・チャンス(downy chance)

 寝室の窓から見えるダウニー・チャンスの木は、季節によって大きく印象を変える。盛夏の1月、つややかな真紅の花弁と思った物はよく見たら萼(がく)で、その中心の緑や黒の粒が果実だと気付いた。ダウニー・チャンスは別名をヘアリー・ロリー・ブッシュ(hairy lolly bush)という。「hairy」は産毛に覆われた葉に由来し、その手触りは子犬の耳のようと形容される。「lolly」はキャンディーやグミなどのことで、実と萼の色鮮やかさは確かに駄菓子のように見えなくもない。

 細い枝の先端部に付くダウニー・チャンスの実は野鳥に人気だ。窓越しにこっそり観察していたら、カラスほどの大きさのサテン・バウアー・バード(satin bower bird、和名:アオアズマヤドリ)やパイド・カラウォン(pied currawong、和名:フエガラス)がやって来た。とまった枝は重さでしなり、時には逆さまにぶら下がって苦労しながらもあきらめずに実をついばんでいて、それほど魅力的な味なのだろうが残念ながら人間には毒であるらしい。

 春に咲く白い花は長い雄しべが特徴的で、甘やかな芳香を放ち、夜行性の蛾が受粉を担う。その様子を目撃することはなかなか叶わないが、月夜に浮かび上がる花に蛾が誘われてそっと止まる甘美な情景を想像する。

目立たぬ実にも役割がある

ナローリーブド・ジーバング(narrow-leaved geebung)というオーストラリア東部の固有種

 この辺りで見掛けるジーバング(geebung)の1種は、小さな黄色い花の後に角のような突起の付いた緑色の実を付ける。ヒヨコ豆ほどの小粒で地味な実だが、生の果汁はやけどや傷に効くという。実が落ちて時間が経ち、黒く柔らかくなったら人間も食べることができると知って興味を持った。味は品種によってレーズンやメロン風味、あるいは渋味だけの場合もあるようだ。

 しかし春に落ちた実はそもそもあまり目立たない色形であるうえ、拾い忘れているうちに鳥や獣に食べ尽くされたのか見つからずじまい。ジーバングの実を食べる鳥には、絶滅危惧種のギャンギャン・コカトゥー(gang-gang cockatoo、和名:アカサカオウム)も含まれる。当地で育つ木の実や果物が、当地の生物の命をつないでいるのだ。

 幅広い食物から栄養を摂れる人間と違い、野生動物の中には食べられるものの種類が極めて少ない種もいて、餌となる植物の減少はしばしば種の絶滅を招く。森林伐採や土地開発のために飢えながら力尽きていく生物種のことを考える時、人間が環境破壊の原因を作る側ではなく環境を守る側に立てるなら、同じ生態系の中にいる価値がありそうだと思う。せめて木を植え鉢植えを増やす機会にはホームセンターでも手に入る固有種の植物を選択肢に入れ、やって来る鳥や虫の姿を楽しみに待ちたい。

著者

七井マリ
フリーランスライター、エッセイスト。2013年よりオーストラリア在住





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