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宝石大陸見聞録 その1 ─アウトバック NSW州北西部編/トミヲが掘る、宝石大陸オーストラリア 第33回

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今回の旅の相棒。4WDも良いが、居住性の高いワンボックス・カーも欠かせない。これで好きな場所に気兼ねなく行ける

 今回から、“宝石大陸”オーストラリアのアウトバック(内陸部)をワンボックス・カーで1カ月間周遊しながら石を愛でる旅の記録を「宝石大陸見聞録」という少々大げさなタイトルで最低6回に分けてお届けしようと思う。

 広大なオーストラリア。魅惑的なビーチがある海岸沿いも美しいが、この国の真の美しさはアウトバックにこそあると思うくらいアウトバックには素敵な場所が多い。オーストラリアの歴史を語る上で最も重要な事の1つは、ゴールドとその他の鉱物発掘の歴史だ。アウトバックには、歴史を知らなければ「何でこんな所に町があるのだろう」と不思議に思ってしまうような場所が幾つもある。よくよく話を聞くと、そのほとんどがゴールドとその他の鉱物関連で栄えた所ばかりだ。

 そのような鉱物の中でも、オーストラリアと言えばオパール。アウトバックには、今でもオパール採掘が盛んに行われている場所が数多くある。オーストラリアの歴史や文化をより深く理解するには欠かせない、オパール採掘の歴史を肌で感じるのも今回の旅の大きな目的の1つだ。

 では、この国の鉱物の歴史と美しい石との出合い、そして、すばらしいアウトバックの景色などなど、トレジャー・ハンターの宝石大陸見聞録に、ちょっと、いや、じっくりとお付き合いのほどをお願いしたい。

QLD州ヤラボン(Yelarbon)のサイロ。ここから更に西のグンディウンディ(Goondiwindi)からNSW州に入る

 7月下旬、真冬のオーストラリア。雨が少なく川の水位も下がり、広大な大地が乾き切ったこの時期は石探しには最適の時期だ。ブリスベンを出発し、向かうは南西。QLD州南部とNSW州北部は自宅から近く石探しで何度も行ったことのある町ばかりなので、まだ行ったことのないNSW州北西部を目指す。

 州境の馬の名前が町の名前になったグンディウィンディ(Goondiwindi)からNSW州に入り、国道B76号を南西に走る。オパールが採れるライトニング・リッジやヤワ、サファイアが採れるインバレルやグレン・イネスは既に当連載でも取り上げたので先を急ぎ、ワルガット(Walgett)で温泉に浸かった後は、さあ、ここからの南西に進む道の先は人生初となるエリアだ。ワクワクが止まらない。

NSW州コバー(Cober)は、今も操業中の鉱山町。いかにもという場所で記念撮影

 最初の町はバーク(Bourke)。夕方に到着して晩御飯の調達にスーパーマーケットへ向かい、車を駐車場に入れると、なんとなく柄が良ろしくない結構な数の人がたむろしていた。気にせず買い物をさっとすませ、車に戻る途中に併設の酒店に目を向けると、店内は網のフェンスで囲われていて、店員が酒を運んで来るシステムの店だった。まるで映画に出てくるような、銃を売っている店の中のようだ。

 最初の町に到着してから10分でいきなりびっくりさせてくれるではないか。アウトバックでは夜のドライブは御法度なので、今晩はこの町に泊まることに。何事もなく翌朝を迎えて、朝食は100年以上続くパン屋のビーフ・パイに舌鼓を打った。さぁ、次なる目的地コバー(Cobar)を目指し、南下しよう。

現在もフル操業中の鉱山を上から覗き込む。らせん状の鉱道を走るトラックがアリの様でスケールがでかすぎる。

 ここコバーには、現在も操業中の鉱山がある。早速、フォート・バーク・ヒル(Fort Bourke Hill)展望台に行き、臼状になった鉱山を上から見学。以前は銅が採れたが、現在は鉛、亜鉛などが採れるだけでなく、更にその下には金脈があるらしいので、当分は採掘の継続が見込める鉱山だ。臼状の鉱道を行き来するトラックを眺め、町の巨大な看板の前で記念撮影してから中心部へ。

 1870年代に3人の井戸掘りの職人が水場を求めバークからコバーの方角へ南下、その旅の途中で出会ったアボリジナルに案内された水場でキャンプをし、銅を見つけた時にこの町の歴史が始まった。

 コバーとはアボリジナルの言葉で「水たまり」や「赤い地面」、「採石場」など複数の意味があり、実際、アボリジナルの伝統的儀式の時などに顔や体に塗る染料の原料となるオーカー(Ochre)という粘土質の石が採れる場所でもあった。人口は約4000人ほどだが、非常によく整った、とても奇麗な町並みが印象的なコバーを後にして、更に西へと車を走らせる。

ずっと気になっていたホワイト・クリフズ(White Cliffs)に、念願が叶ってやっと来られた!

 目指すは、誰もが知るオーストラリア最大の鉱業会社、BHPの総本山ブロークン・ヒル(Broken Hill)なのだが、ここで、途中ちょっと寄り道しなければいけない場所がある。それは、ホワイト・クリフズ(White Cliffs)という、オパールのファンとしては絶対に1度は訪れなければならないパイナップル・オパールの産地だ。

 1884年、この地でカンガルー狩りをしていたカップルが、偶然、色鮮やかにに輝く石を見つけた。その石を鑑定した地質学者のトゥリー・ワラストン氏は「こんな石は見たことがない、譲ってくれ」とそのカップルから買い上げた。これが、オーストラリアで最初のオパールの売買とされ、以降、ホワイト・クリフズはNSW州を代表とするオパールの産地となった。

 19世紀末から20世紀初頭には、多い時で2000人以上のオパール・ハンターでにぎわう町となり、1902年には63トンものオパールを産出したが、そのにぎわいも長くは続かなかった。1910年代からオパールの産出量が次第に減り、1914年に勃発した第1次世界対戦が追い打ちをかけた。働き盛りの世代の徴兵などもあって、人口が減り続けると同時に町は活気を失った。現在は、人口は150人ほどにまで減少している。

今回のオパール掘りは無数に掘り出された白い粘土質の小山の周りにて

 町の中心にあるカフェで得た情報を元に、北側にオパールを探しに行くことにする。未舗装路に入ると、車窓の両脇のあちらこちらに無数の白い小山が。高さ約2メートルの白い粘土質の小山の周りには無数の穴も見えた。車を停めて、その1つを軽い気持ちでのぞき込む。

 「ん? 底が見えないぞ ?? 」。他の穴ものぞいてみるが、どの穴にも底が見えない。しかも、所々に十字架がある穴もある。足を滑らせて穴に落ちたのか、作業中の落盤で生き埋めになったのか、はたまた、宝の山を隠すためのカモフラージュか……。とにかく、危険な場所なのだということはひと目で分かるだけに、オパールはありそうだが掘るかどうかはいったん保留にして、車で更に北部を回る。

 やがて、本格的な機械やトラックを完備した家が見えてきたが、勝手に敷地に入ってトラブルにでもなったら大ごとなので軽く写真を撮ってその場から退散した。ぐるりと広大なエリアをひと回りしてから、最初に見たたくさんの小山があるポイントに戻り、オパール探索を開始。

 初めての場所でのオパール探しに興奮しつつも、小山を観察しながら慎重に穴を避けて歩いていると、その中の1つの頂上付近の側面がキラリと光った。青と紫の遊色が美しい、薄く透明なクリスタル・オパールだ。ほとんど掘らずにあっさりと獲物をゲットするとは、この旅の幸先や良し。

穴をのぞくと底が見えない。何万年後にここからオパール化した人骨が発掘されたりして……

 今回の旅は4週間と限られた時間で、広大なアウトバックを回れるだけ回ることが目的。後ろ髪を引かれつつも、家からたった(!)1500キロメートルしかない。その気になればすぐに来られるし、オパールも見つけられるしで、長居は無用とばかりに次の目的地へと急ぐことにする。さぁ、次に何が待っているかは次回までのお楽しみ !!

今回の獲物。さほど苦労せずに手に入れられたオパール。淡い紫色が美しい!

このコラムの著者

文・写真 田口富雄

在豪25年。豪州各地を掘り歩く、石、旅をこよなく愛するトレジャー・ハンター。そのアクティブな活動の様子は、宝探し、宝石加工好きは必見の以下のSNSで発信中(https://www.youtube.com/@gdaytomio, https://instagram.com/leisure_hunter_tomio, https://www.tiktok.com/@gdaytomio)。ゴールドコースト宝石細工クラブ前理事長。23年全豪石磨き大会3位(エメラルド&プリンセス・カット部門)





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