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夢見ることで広がる生き方の幅/セクレタリーの“ヒショヒショ話”

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第25回:夢を持つことの大切さ

 「青年よ、大志を抱け」その昔、クラーク博士は教え子たちをそう励ました。それに感動し続けた日本人。人生における選択はあまりなかったのであろうか。

 私は小学5年生の時、学校の創立100周年記念タイムカプセルに将来の希望を書いて入れたのを覚えている。当時の夢は、エアラインで働くことだった。とにかく外国に行って、大きな世界を自分の目で見てみたかった。

 そしてその年に両親に頼んで英語を習い始めた。英語を話せるようになれば、いつか海外に行けると信じていたからである。

 クラスメートの多くは、将来の夢の欄に「公務員」や「教師」と何とも地道な職業を書いていた。私はそれを見てショックだった。当時、私たちはまだ10歳の小学生。私はみんなにもっと大きな夢を持って欲しかった。「宇宙飛行士」や「外交官」のような限りない夢を追いかけて欲しいと思っていた。夢であっても、きっと夢見ることでその人の生き方の幅が広がるに違いないと信じていたからだ。

 私の父親は、いつも「何でもいいから、1つ得意なものを持って、何かで一番になれ」と言っていた。「それがあると自信につながるからだ。自分を信じて自信を持って生きていけるようになる」と。

 父親のその言葉を信じて10歳の私は、英語の習得に励んだ。中学に入るころには、ドイツから来た留学生と話せるくらいになっていた。また当時、世界中で大人気だったロックグループ「ベイシティローラーズ」に熱をあげては、スコットランドまで必ず会いに行くんだと必死で英語を勉強し、高校生になってからは、英語のスピーチ・コンテストに参加して、いくつか賞をもらった。そして高校2年生の時には、遂に念願のオーストラリア留学の夢がかなった。

 「人生は競争ではない」のだから、別にランキングで一番になるのではなく、何か自信を持ってできることや、人の役に立つこと、それで食べていけるような特技を持つことが重要だと、父親は言っていたのだとよく分かった。

 もちろん英語習得の道は果てしなく長く、オーストラリア在住30年経っても、まだまだ学ぶことばかりの毎日である。だけど、こうやって英語で生活をして、英語のみの環境で毎日働いて、英語で人びとと語り合いながらこの国のコミュニティーの一員として生きてきた。

 言葉を学ぶということ、まさに「英語」が、私の長年の夢をいくつも実現させてくれた。

 夢を持つことの大切さを知ることで、人生はもっと開けてくるに違いない。

ミッチェル三枝子

ミッチェル三枝子

高校時代に交換留学生として来豪。関西経済連合会、マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社に勤務。1992年よりシドニーに移住。KDDIオーストラリア及びJTBオーストラリアで社長秘書として15年間従事。2010年からオーストラリア連邦政府金融庁(APRA)で役員秘書として勤務し、現在に至る

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