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日本人の父から価値観を継承したヒューマン・ストーリーの語り手 ─ 対談 クミ・タグチ × 作野善教    

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 日系のクロス・カルチャー・マーケティング会社doq®の創業者として数々のビジネス・シーンで活躍、現在は日豪プレスのチェア・パーソンも務める作野善教が、日豪関係のキー・パーソンとビジネスをテーマに対談を行う本連載。今回は、日本人の父とオーストラリア人の母の間に生まれ、公共放送SBSのジャーナリスト、キャスターとして活躍するクミ・タグチ氏にご登場願った。
(撮影:クラークさとこ

【第27回】最先端ビジネス対談

PROFILE

Kumi Taguchi(日本名:田口久美)
2005年に香港に渡り、英語ニュース番組のプロデューサー/キャスターとして従事。10年からシドニーで『ABCニュース24』のプロデューサーや、公共放送SBSのニュース番組『SBSワールド・ニュースの』キャスター/記者として活躍。11年から『ABCニュース24』のシニア・キャスターに。東京五輪開会式・閉会式のコメンテーターも務める。現在、SBS の主要ニュース及び時事問題番組『インサイト』の司会を担当

PROFILE

作野善教(さくのよしのり)
doq®創業者・グループ·マネージング・ディレクター。米国広告代理店レオバーネットでAPAC及び欧米市場での経験を経て、2009年にdoq®を設立。NSW大学AGSMでMBA、Hyper Island SingaporeでDigital Media Managementの修士号を取得。移民創業者を称える「エスニック·ビジネスアワード」ファイナリスト、2021年NSW州エキスポート・アワード・クリエティブ産業部門最優秀企業賞を獲得


作野:まずは、現在に至るまでのジャーナリズムと放送の世界のキャリアについて伺います。

タグチ:ジャーナリズムの仕事を初めて手掛けたのは、大学を卒業して6カ月経ったころ。とにかくメディア関係の仕事がしたくて、ABCで雑用係の仕事を得ました。約30年前のシドニーで最も給料の低い職の1つでした。『7:30(セブン・サーティー)』という時事番組で、電話を取ったり、クリーニング店に服を取りに行ったり、クーリエ(宅配便)を呼んだり、バースデー・ケーキを注文したり、留守番電話のメッセージをメモしたり。でも、とてもやりがいのある仕事でした。これまでやってきた仕事の中で一番良い仕事だとさえ思っています。その時に知り合った人たちは今も友人です。それからラジオの仕事を何年かやって、いかにして「ストーリーの語り手」になるかを一生懸命に考えていました。初期のころの私は、事務的な番組制作の仕事にとらわれているような気がして「違うんだ。もっとストーリーを語りたいんだ」と考えていました。最大の転機になったのは、香港に移り住んだことでした。そこで6年間、仕事をしました。

作野:なぜ香港へ?

タグチ:当時のパートナーが香港で仕事を得たからです。私は当時30歳くらい。現地の幾つかのテレビ局からフリーランスの仕事をたくさんもらいました。香港は英語放送の需要が大きくて、英語メディアも多いです。英語が話せれば良い仕事が得られます。それから現地テレビ局で何年か仕事をして、数多く取材したり、ニュースを読んだり、ドキュメンタリー番組を作ったりしました。もしオーストラリアに残っていたら、そんな経験はできなかったと思います。香港では、私の英語とメディアのスキルを生かすことができました。しかし、オーストラリアに帰ってきた時、私の香港でのスキルが高く評価されたわけではなかったんです。「うん、確かに経験はあるよね。でも、オーストラリアでは誰も君のことを知らないよ」みたいな。私はまた一から始めました。番組制作に関わり、24時間番組で深夜にニュースも読みました。オーストラリアでのキャリアを再始動したのが、35歳くらいの時でした。

ジャーナリズムへと導いたのは物事への関心

作野:生い立ちや バックグラウンドについて教えてください。

タグチ:私の母は非常に働き者でした。母の背中を見て育ち、いつも自分で自分を律していました。小さい時も10代になっても、いつも学校で良い成績を取ることが好きでした。一生懸命頑張りました。他人との競争より、自分自身に勝ちたいのかもしれません。スポーツをプレーする時は自分の中の競争心が出てきますが、他人に勝ちたいという気はないんです。「何が何でもやってやろう」みたいな気持ちはなくて、多くの人から「競争心がないから成功しないよ」と言われました。でも私はいつも「ストーリーの語り手」として信念を持ち、人との関わりや自分たちがやっている仕事に魅了されていました。それで、24時間ニュースや取材、さまざまな番組、大きなライブ・イベントの司会にも関わる中で、私独自の立ち位置を見つけられたんだと思います。その背景には、私のバイオリンの経験があると思っています。幼いころにバイオリンを始めて、大学もバイオリンの奨学金で進学したんです。毎日欠かさず練習してうまくなり、でも頭打ちになって、その繰り返しです。それでも諦めずに演奏して、決して辞めない。そうしたスキルが、私のキャリアにとって大きな支えになりました。

作野:何が、あるいは誰が、ジャーナリズムや放送の世界に導いたのでしょうか。

タグチ:物事への関心がそうさせたのだと思います。なぜ世界がこうなっているのか? なぜ人は戦争をするのか? 家を持つ人と持てない人がいるのはなぜ? 不公平、貧困、難民問題……。そうした疑問が、小さい時から私の中に渦巻いていたのです。ジョン・F・ケネディ元米国大統領の暗殺といったミステリーにも興味がありました。10代の時から、世界がどのような仕組みで成り立っているのかを知りたいと考え、そうした分野に進みたいと常に思っていました。ベトナム戦争に関する本や、ベトナムに行ったジャーナリストの本もたくさん読みました。人のうれしさや苦しみのストーリーを伝えるとはどういうことなのだろう? そのことに非常に駆り立てられました。これまでのキャリアの中で、ジャーナリストとして非常に尊敬している人も何人かはいます。例えば、私が最初に携わった番組の司会をしていたケリー・オブライエン氏。とても有名なオーストラリアのジャーナリストです。彼は非常にプロフェッショナルで、とても賢くて、すごくハードに働いていました。強烈な価値観を持った人たちに引き寄せられていきました。彼らのモチベーションは、名声やお金ではなく、事実と正当性です。ジャーナリスト、作家、ストーリーの語り手、ドキュメンタリー制作者、発信するメディアの形はどうあれ、事実を追求し、他者に共感する人に魅せられたのです。



作野:そうした価値観やいつも「なぜ?」を追求する性格は、どこから来たのでしょうか。

タグチ:直接の家族の影響ではないと思います。私は母と暮らし姉と一緒に育ちましたが、いつも「貧しい人を助けないといけないよね」とか「慈善団体に寄付するのは大切だよ」といった話をしていたわけではありません。父(故・田口明氏=元朝日新聞社記者、元ABCラジオ・オーストラリア・ジャーナリスト。1970年代に創刊直後の日豪プレスにも寄稿)とは12歳のころから接触がなかったのですが、20代中盤に再会しました。父はジャーナリズムとかストーリーの語り方とか、そういうことは一切教えてくれませんでしたが、私は英語で書かれた父の記事を何本も読みました。父は朝日新聞の記者をやっていました。父は事実や正当性、公平性を強く意識していました。父と私の興味を持っていることは同じでした。強い信念を持ち、他者に対して率直で良識を持っていました。私は父から離れて育ったので「(今の私があるのは)父の遺伝子なのか、育った環境なのか」という議論はあるでしょうが、私は価値観の多くの部分が父に由来していると感じています。

作野:文化的なアイデンティティーをどのように捉えていますか? 日本人のルーツを持つ文化的なバックグラウンドは、ジャーナリストとしてのアプローチにどのような影響を与えましたか。

タグチ:私がどこに属しているのか? 私はオーストラリア人なのか? 私は普通なのか? 私はブロンドの髪と青い瞳が欲しかったのか? 文化が混ざった環境では、自分がどこに属しているのか分からなくて、いろいろな疑問が出てきます。ストーリーを語る上では、どこにも属していない、社会とどこか調和していない、といった感覚を持つことによって、「調和できていない」と感じている人と同じ視点に立つことができていると思います。

おもてなしの心は日本の文化的価値観

作野:日本について取材した番組を見ました。非常に興味深かったです。

タグチ:統一教会問題についての『デイトライン』(SBSの時事番組)のストーリーですね? 1年ほど前に日本に行って取材しました。安倍晋三元首相と統一教会の関わりがどのように明らかになったのか? 教会はカルトだったのか? を問う、非常に個人的な旅になりました。

作野:日本の社会や価値観について伺います。タグチさんにとって、日本社会の一番大切な側面は何ですか? 国際社会が完全に理解していない文化的価値観はありますか。

タグチ:礼儀正しさや思いやりとか、いつも(人に会う時に)贈り物を持っていくとか。他人が自分のために手間と時間を与えてくれることに感謝して、それを当然のこと、当たり前のことだと思わない。そんなおもてなしの心でしょうか。日本人には、(海外とは)異なるレベルのすばらしいユーモアのセンスもあると思います。細部へのこだわりや創造性も、信じられないほど豊かなものがあります。日常生活の美しさ、モノに潜む価値、一輪の花を生けた花瓶といった質素な美が大好きです。そこには哲学的な何かがあり、夢中になります。私の家でも、ミニマリストとはまではいきませんが、小さな花瓶を1つ置いて、日本的な美しさを表現しています。余分な物はなくして、部屋を散らかしません。また、日本に行った人は皆、日本人は非常に礼儀正しいと言いますよね。見せかけではなく、本物の文化としての礼儀正しさがあります。

作野:ジャーナリズムがそうした日本への理解を深めることはできるのでしょうか?

タグチ:その観点から言えば、オーストラリアのメディアが、以前のように多くの特派員をアジアに派遣していないのは残念です。大手の民放はどこもアジアに支局を持っていません。なので、例えば日本のニュースは自然災害ばかりになってしまいます。被災して絆を深めた地域社会とか、ロボット、渋谷の交差点、桜が咲いているといった決まり切ったものばかり。リアルなヒューマン・ストーリーが欠けています。日本の物価はどうなっているの? 市民が心配していることは何? 教育や雇用は大丈夫なの? みたいな。予算や利益だけを優先するのではなく、まともなレンズを通して国を見なければ、極端な話ばかりになってしまいます。(オーストラリアのメディアは)もっとやるべきことがあります。私も日本発のニュースを読みますが、「これは私が歩いて、見てきたことと違う」と感じることがあります。どうしても金融や経済のニュースが中心になってしまいがちですが、日常のヒューマン・ストーリーが(人と人の)理解促進につながるのではないでしょうか。インスタグラムでは、すばらしい旅の風景や人、おいしい食事を見ることができますが、それはリアルな日常ではありません。



作野:私が会社を立ち上げたのも、日本から良いブランドや商品、サービスを紹介しようと考えたからです。

タグチ:京都の二年坂や三年坂に行くと、七味唐辛子やひょうたんの入れ物などを売っている小さな商店がありますよね。そうした店のストーリーを制作したいと以前からずっと思っています。私にとっては、そこに日本の全てが凝縮されているからです。「今は昔と違うから、新しいものを売ろう」とはならない。1つの商品に特化して、何代も続いてきた家族経営。1つのストーリーにたくさんのことが詰まっていて、創造性にあふれたドキュメンタリーになると思うんです。日本の家族が、スーパーに買い物に行ったり、子どもを学校に連れて行ったり、請求書が高いと嘆いたり、年老いた親をどうするか悩んだり。そんなごく普通の日常を描いたストーリーもやりたいですね。視聴者にしてみれば、遠い外国の話ではありません。同じような心配を共有して、人間レベルで共感できる話は、(日本とオーストラリアの人たちを)結び付けることができるでしょう。

作野:日本とオーストラリアの人と人の絆を深める、そんな番組をぜひSBSで制作してください!さて、タグチさんのユニークな観点から、日本とオーストラリアの関係をどのように見ていますか。

タグチ:日本は、ますます欠かすことのできない(準)同盟国と位置付けられてきています。オーストラリア人はこれまで日本を貿易や観光の観点で見ていて、重要性という意味ではしばらくレーダーから外れていたような気がします。しかし、20年前と比べると、アジアのパワー・バランスが大きく変化しました。オーストラリアと日本の関係はすでに政治的にも重要ですが、今後一層大切になっていくでしょう。なぜなら、日本はそのように振る舞うことはそれ程ありませんが、アジアに大きな影響を持つ強力な国家だからです。私たちと非常に近い価値観を共有しています。私が20代のころはまだ(日本とオーストラリアが戦った)第2次世界大戦の後遺症がありました。戦時中、多くのオーストラリア人捕虜が日本軍に苦難を強いられました。当時は寿司を食べたくないという人もいました。しかし、それから20~30年経ち、状況は大きく変わりました。日本は政治的な(準)同盟国としてだけではなく、文化的な(準)同盟国と見られ始めていると感じています。それは道理にかなっています。私たちが思っていたよりも強く、日本とオーストラリアが価値観を網のように共有しているのだと思います。

作野:日豪プレスは、ワーキング・ホリデー滞在者と留学生、企業の駐在員、そして永住者という大きく分けて3つの層に読まれています。最後に、読者に一言メッセージをお願いします。

タグチ:私たちオーストラリア人は心を開き、世界中からやって来る人を歓迎しています。日本も日本人も大好きです。勉強や仕事、永住のために来る人たちは、自分たちが思っているよりずっと多くのことをオーストラリアに貢献できると思います。オーストラリアは世界からやって来る人によって発展しているからです。そして、「自分自身が誰であるか」を共有してください。そうすれば、私たちが思っているよりずっと多くの共通点を見つけることができるでしょう。

(4月29日、シドニーで)

田口久美はタブーな話題について精緻な議論が行われるオーストラリアの人気番組、SBSの『Insight』の司会を務める。同番組は恐れることなく問題を掘り下げ、田口は普通の人びとが偏見なく話し合える安全な場を提供している。『Insight』はSBSで毎週火曜日午後8時30分から放送中。 SBS On Demandを通して無料でストリーミングすることもできる。





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