仏教に「無財の七施」という教えがあります。財産がなくても人のためにできる7つの施し。その中でも、最も身近で効果的なのが「和顔施」、つまり笑顔で人に接することです。
顔の表情は、その人の内面を映し出します。緊張していれば顔はこわばり、怒っていれば険しくなります。反対に、うれしければ自然と笑顔がこぼれ、ゆったりとした気持ちであれば、表情は柔らかく穏やかになります。
本人の自覚に関係なく、心の状態は顔に反映され、それがそのまま周囲にも伝わっていきます。私たちは社会の中で生きる存在です。他人と関わらずには生きていけません。だからこそ、人の表情や気配は、思いのほか周囲に大きな影響を与えているのです。
穏やかな表情の人がそばにいると、不思議とその空気に影響されて自分の気持ちも落ち着いてきます。すると自然と心が和らぎ、優しい気持ちが顔にも表れます。そしてその笑顔がまた別の誰かの心を和ませていく──。笑顔は、まるで波紋のように広がっていくのです。
「和顔施」はお金も道具も要りません。ただ穏やかな笑顔を向けるだけ。それだけで、周囲の人の心がふっとほぐれ、安心感が生まれます。職場や家庭、すれ違う街中でも、その一瞬の笑顔が、相手の心に温もりを残すことがあるのです。優しいまなざしと共に笑みを向けられた時、人は無意識のうちにほっとするものです。自分が認められ、受け入れられたような安らぎを感じるからでしょう。どんなに短い時間でも、笑顔で過ごす瞬間は心を癒やします。言葉がなくても通じる優しさが、そこには確かにあるのです。無言のままでも、伝わる気持ちがあります。ふとした瞬間に交わされる笑みが、冷えた心を温めてくれることもあるのです。笑顔が笑顔を呼ぶ連鎖は、やがて大きな輪になって、社会全体に温かさをもたらしてくれるに違いありません。
人を笑顔にすればするほど、自分自身もまた幸せになれる──。笑顔は人に与えて減るものではなく、与えた分だけ自分の中にも満ちていく不思議なものです。笑顔が返ってきた時、私たちは「通じ合えた」という小さな喜びを感じることができます。そこには言葉以上のつながりが生まれ、心と心が優しく結ばれていく感覚があります。日々の中で人と接する時、どうかその心に笑顔を。たった1つの笑顔が、誰かの1日を明るく照らすかもしれません。和やかな心と笑顔が、誰かの優しさを引き出し、そのまた誰かに届いていく。そうしてめぐる思いの連鎖が、世界を少しずつ温かくしていきますように。
このコラムの著者

教育専門家 福島 摂子
教育相談及び、海外帰国子女指導を主に手掛ける。1992年に来豪。社会に奉仕する創造的な人間を育てることを使命とした私塾『福島塾』を開き、シドニーを中心に指導を行う。2005年より拠点を日本へ移し、広く国内外の教育指導を行い、オーストラリア在住者への情報提供やカウンセリング指導も継続中