
オーストラリアの賠償制度には、男性優遇の印象を与えるさまざまな特徴があります。法律制定者が偏見を生み出そうと意図した訳ではないことは分かっていますが、ジェンダー・ニュートラルな制度にするために改善の余地はあると思います。以下に、オーストラリアの賠償制度の幾つかの特徴を紹介していきます。
けがの種類
まず最初に、傷害に対する賠償金の算定方法を見てみましょう。制度の性質上、傷害の種類によって賠償額が異なります。オーストラリアの各州政府は、法律で賠償請求の方法(裁判前に講じなければならない必須の手続きなど)や、賠償額算出の際に考慮される重要な要素の1つである「痛みと苦しみ」に対する支払額の限度を規定しています。
傷害は下肢の傷害、目の損傷、精神的傷害などに分類され、それぞれの分類の中で、更に重症度によって分けられます(特定の傷害によって生じた後遺障害の程度を参照して、高度から低度まで)。
しかし、このような方法は、潜在的な不平等を生み出します。この方法の難しさを説明する例として、私の日本人クライアントのMさんが実際に遭遇した例を挙げましょう。
Mさんは若い独身女性で、オーストラリアでの短期休暇中にバスにひかれて重傷を負いました。歩行者であったMさんには何の落ち度もない事故で、バスのCTP(Compulsory Third Party Insurance=強制加入)保険会社はMさんに賠償金を支払う義務がありました。前述の通り、賠償金算出時に重要な要素の1つが「痛みと苦しみ」です。Mさんは、ひどい剥(はく)離損傷の結果(バスの車輪の下敷きになった時に皮膚が完全に裂けてしまった)、足に大きな瘢痕(はんこん)が残ってしまい、若い女性であるMさんにとって大きな苦痛になりました。温泉に行くのが大好きなMさんでしたが、事故後は傷跡を気にして、楽しめなくなってしまいました。
Mさんの傷跡に対するこうした苦痛は、法律に基づいた場合、適切に認められることはありません。彼女の「痛みと苦しみ」に対する賠償額の算定は、医学的評価によって定義された後遺障害のレベルのみを考慮し、彼女の個人的感情は除外されます。Mさんには賠償金を得る権利はありましたが、所定の規則によって算出された金額は信じられないほど少ないものであり、彼女の足に残った一生消えない傷跡がもたらした個人的な深い感情、影響を反映したものではありませんでした。
どのような傷害でもあるように、事故による深刻な傷跡に悩まされている人は、痛みや苦しみに対する補償を受ける権利があり、また、醜(しゅう)状の影響を和らげるために、形成外科手術を受けるなどの合理的な対応にかかった費用も補償を受ける権利があります。
女性特有のけが
次に不平等を生み出す原因として考えられるのは、陣痛や出産の時のけがなど、女性特有のけがが多いということです。更に、性別に関係ないけがでも、女性の方がより多く経験するけがもあります。統計上、女性の方が男性よりも性的暴行や家庭内暴力による傷害にはるかに多く苦しんでいることが明らかです。
興味深いことに、裁判官のアプローチはさまざまです。NSW州控訴裁判所のカービー判事は、化粧品による傷は男性よりも女性の方が有害であるかもしれないという趣旨の裁判員による発言を非難しました。反差別法の下でなくなるべき見解だ、というのがカービー判事の考えでしたが、他の裁判官は、(女性であろうと男性であろうと)個々の請求者の苦痛の程度を評価する必要があり、一般化や固定観念を適用すべきではない、という範囲で同意しました。
しかし、オーストラリア社会では、同じ傷跡を女性が負った場合、男性と比べて世間の反応が異なるということはあり得るのではないでしょうか。また、もしそのような差別的な態度が社会に存在するのであれば、その要素は賠償額の査定において考慮されるべきではないでしょうか?
介護者としての役割で影響を受ける女性たち
賠償制度に偏りが生じる可能性があるもう1つの特徴は、負傷者が配偶者や家族によって家庭で介護されている状況です。このシナリオには、もちろん男性が介護者の役割を果たす(そしてしばしば立派に果たす)状況も含まれますが、統計では、無報酬の介護労働の大部分を女性が担っているという状況を裏付けています。オーストラリア統計局によると、障害者の主な介護者の68%は女性です。
歴史的に、オーストラリアの裁判所は、特に配偶者やその他の家族による、負傷者に対するサポートの価値を認めてきました。1977年のオーストラリア最高裁判決「Griffiths v. Kerkemeyer」は画期的な判例であり、家族や友人によって提供されたケアがたとえ無償であっても、賠償金には、無償のケアに対する補償分も含まれることを認めました。この判例以降、無償ケアの価値が認められるようになりました。それまでは、賠償金の一部として回収可能なのは専門的な介護サービス(負傷者が費用を負担する)のみでした。
現在、オーストラリアでは、州政府の法律によりその立場が劇的に変化しています。「一般損害賠償」の権利を規定する政府法が、無償のケアに対する補償に人為的な制限を課しているのです。最低週6時間のケアを6カ月間提供した時には補償の対象に、それ以下のレベルで提供したケアは補償の対象外になります。例として、けがをした夫を家で面倒をみるために、妻が仕事時間を減らしたにもかかわらず、週5時間のサポートだった場合、妻によるケアは全く無視されることになるのです。
そう考えると、女性の家族による“無償”のケアが軽んじられているのかもしれません。
権利法
オーストラリアでは、女性の権利はさまざまな法的枠組みでカバーされ、男女平等の推進を含み政府主導で支援されています。1984年に制定された性差別禁止法は、連邦政府が制定した法律の重要な基盤であり、性別による差別の禁止を含む、幾つかの要因による差別を禁止しています。
終わりに
1902年、オーストラリアは世界で初めて女性に選挙権と被選挙権を与えました。
このコラムの著者

ミッチェル・クラーク
MBA法律事務所共同経営者。QUT法学部1989年卒。豪州弁護士として33年の経験を持つ。QLD州法律協会認定の賠償請求関連法スペシャリスト。豪州法に関する日本企業のリーガル・アドバイザーも務める。高等裁判所での勝訴経験があるなど、多くの日本人案件をサポート
