
大手法律事務所ジョンソン・ウィンター・スラテリー本社(JWS=シドニー)で9月下旬、同事務所とTMI総合法律事務所(東京拠点)により、日豪両国のさらなる関係強化を祝うネットワーキング・ディナーが開催された。政財界や法律関係者らが多数出席する中、元・駐豪日本国大使であり、現在数々のメディアで論客として活躍する山上信吾氏も特別ゲストとして登壇。イベント後、本紙は山上氏へのインタビューを敢行。国際情勢が目まぐるしく変化を繰り返すこの時代、今、日本人に求められているもの、そして足りないものは何なのか。お話を伺った。
(取材:日豪プレス)
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──今回の晩餐会には元豪州首相のトニー・アボット氏も参加されましたが、山上さんのお声がけで実現したと伺っております。
数カ月前、彼が東京に来られた際に会食をしたのですが、「実は今度シドニーでこういう会合があるんだけど来ませんか」と聞いてみたんです。すると、その場で快諾くださったのです。当然彼も非常に忙しい人間ですから、本来この時期はアデレードでチャリティー・イベントへの参加予定がありました。そんな中、今回はイベントをいったん中座し、アデレードから来てくださったのです。そして明朝、またアデレードに戻るという強行軍とのことでたいへん感謝しております。
──山上さんが培われてきたアボット氏との友情、信頼関係があるからこそですね。
もちろんそのような個の関係性もあるでしょうが、彼が日本との関係をたいへん重要だと感じており、かつ日本人に親近感を感じてくださっているということも大きいでしょう。また前提として、オーストラリアの政治家には、そのような関係性を築ける懐の広さがあると感じます。だからこそ今回のような動きを自然にやってくださるわけです。日本人としてそうした期待感にしっかり応えていかなければならないと感じます。
──今回、弊紙もアボット氏にインタビューを行わせていただきましたが、会場でのオファーにも関わらず快く引き受けてくださいました。このようなフレキシブルな対応、これは日本の政治のシーンではなかなか見られないものかもしれません。
当意即妙に受け答えができるオーストラリアの政治家のレベルの高さを示す1つの側面ですよね。彼らのコミュニケーション能力と、政策に対する深い理解の証左でもあります。日頃から徹底した訓練ができているからこそ対応できるわけです。またもう1つ、サービス精神の高さと日本に対する温かさもあるでしょう。トニー・アボット氏やスコット・モリソン氏など、多くの政治家と交流してきましたが、皆さん人間的な魅力に溢れています。彼らが日本を大切に思うのは、日本国や日本人への深いリスペクトがあるからだと感じます。
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──こうしたオーストラリア政治家の熱意を目の当たりにすると、日本の国際社会における発信力について、改めて考えさせられます。
残念ながら、日本は国際的な対外発信力が弱いですよね。当地在住のオーストラリアの友人たちと話す中、最近よく耳にするのが「あまり日本の存在感を感じなくなった。静かになった」ということ。在外公館に関して言うと、本来やるべきことはオーストラリアの方々との対話を通じて人脈を構築し、情報を収集し、日本の立場を対外的に発信することです。その3本柱をしっかり行っていれば「静か」と言われるはずはないのでそういった点は喫緊の課題ではなかろうかと感じます。
──現場において、どなたが先頭を走られるということはたいへん重要なことだと思いますが、一方、日本の政治の構造や社会の成り立ちなど根本的な部分にも問題点が散見されるようにも感じます。
組織論になりますが、日本では上昇志向の強い人ほど波風を立てまいとする傾向はありますよね。出る杭、つまり出過ぎないよう目立たないようにし、上司の言う事を聞き、出世の道を確保する。そういう考え方をする人が実は非常に多い。その結果、日本では民間でも大きな組織の長に魅力がない方が少なくありません。例えば不祥事の際などに説明能力の不足を露呈し、個としての弱さを白日の元にさらしてしまうなどといったケースも散見されます。これまでの日本社会ではうまく場をやり過ごせる人間が重宝されてきましたが、これからの国際社会では通用しません。「出る杭は打たれる」ではなく「突き抜けた杭は打たれない」というような気持ちを持っている人間が日本の組織で出てこないと日本は国際競争と伍していけないと思うんですよ。
オールド・メディアとSNS
──昨今、ご承知の通り、情報伝達の形は大きく変容しました。過激な発言の多い起業家インフルエンサーなども多く人気を集めていますが、その風潮についてはどう思われますか?
いわゆるオールド・メディアが自分たちの鋳型にハマったものしか報道しないというのは日の下に明らかになったため彼らへの不信感が高まっているのは間違いありません。そんな中、私のように政府の立場を離れた人間から言わせていただくと、ツイッターやユーチューブなどでオールド・メディアが取り上げない問題を自分で発信できるのはたいへんありがたいことです。ネットのテレビに出演し、それがユーチューブで広がっていくという流れは非常に素晴らしいと思っています。
また、私自身はオールド・メディアのSNS批判に与しません。SNSは玉石混交と言われますが、オールド・メディアこそ過去を振り返ると誤った情報を垂れ流してきた歴史があり玉石混交です。ですからSNSがそうであるのも当たり前です。どの情報を選ぶかどうかは受け手にかかっています。受け手が勉強し、さまざまな媒体を比較しながら自分が正しいと思った情報を取っていくことが重要です。私は日本の民衆は民度も高いし、教育水準も高いので「SNSに振り回される」という危惧は日本の大衆を小馬鹿にした発言だと感じます。
そして私が個人的に気をつけているのはフォーレターワードは使わないということです。大事なのは政策論議をすることであり相手の人格否定などはもってのほか。私も痛烈に批判はしますけれども、個人の人格を否定するような言い方は決してしないように注意しているつもりです。ところが、財界人出身者で言論活動するような方の中には、そのあたりのけじめがついておらず言葉遣いに品がない方もおります。中心は政策であり人格ではない、その一線は守らねばならないと思います。
──議論の的を外し、感情的で品のない言葉を使う人は少なくないです。
日本人が「議論に慣れていないから」という側面もあるかもしれません。日本の教育システムは、教師の言ったことを受け取って、暗記して答案用紙に反映するというのが主流で議論の場がほとんどありません。つまり、自分の意見が批判されること、あるいはその前に自分の意見を言わなければならないという局面がまずないわけです。ですから論戦に弱い。日本語での議論であっても感情的になってしまうレベルであれば、国際社会ではなおのこと対応できないでしょう。教育制度に限らず、日本の政治・経済・社会、どのシーンでもそのあたりの意識が弱いと思います。
ですから、オーストラリアにいる人にぜひ伸ばしてもらいたいのはディベートの力、理路整然と相手を説得する力です。日本の学校教育では教えられないですが、海外で生活しているには日々の揉め事の解決だってオーストラリア人と向き合って話さなければならないですし、その力を伸ばしていただきたい。その意識を持って個々の日本人が海外で生活することで日本全体の国としての発信力が高まると思うんですよね。
例えば海外の方に「もうこれからは中国の時代だな」と言われた時にどう言い返しますか?「生活の質を見てご覧なさい。中国人は日本に来て住みたがるけど日本人は中国に行って住みたがらないですよ。そんな簡単なことも分からないのか。それで中国が経済的に上だなんておかしいでしょう」と言い返せますか?
一例ですが、そのように理路整然とした発信を言える人が1人でも増えることで国全体としての発信力が高まるわけです。だから私は日豪プレスの読者には期待しているわけですよ。
──我々にとっても身の引き締まるコメント、ありがとうございます。

大谷翔平、そして日本の一般人
──さまざまな要因、遠因は論じられると思いますが、一方で日本人自身が将来に不安を感じているという事実もまた厳然とあるような気がします。ぜひ最後に山上さんから国内外の日本人にエールを与えるメッセージをお願いできればと思います。
40年間外交官をやってきた中で、本当に嬉しいと感じたことが2つあります。1つは大谷翔平。こんな日本人が現れるとは思いませんでした。私は野球少年でしたが、当時、大リーガーに日本が勝てる時代が来るなんて思ってもいなかった。ところが、野茂やイチロー、松井、松坂ら多くの先駆者を経て今や大谷は力自慢の大リーガーを力で圧倒しています。その上愛嬌があり、野球ファンのみならず多くのアメリカ人に愛されている。こんな日本人、今までいましたか、と思うわけです。彼の活躍は日米関係の歴史において文明史的な意義があると思います。1人の日本人がここまで日本に対する印象を変えられるというのはすごいことです。海外に住む日本人にとって100万の援軍とも言えるでしょう。
もう1つは個人的な体験の紹介になります。韓国の外交官に仲の良い人物がおりまして、その方が1年間日本に研修で来たのですね。そして彼が日本での生活を終えてソウルに帰る際、「東京での生活で一番印象に残ったのは何か」と聞いてみました。すると彼はこう答えたのです。
「日本の政治家はイマイチだと聞いてはいたけどその点は否めない。日本の役人は優秀だと聞いていたけどあまりそうは思わなかった。ただし、日本は一般人が素晴らしい」
ホテルの受付、タクシーの運転手、町工場の工員など、市井の人々が「仕事を一生懸命するだけではなく、少しでも良い仕事をしようと、皆が自分なりに工夫している」と、こう言うわけです。続けて「こんな国は世界でも日本しかない」と。政治家や外交官はもしかしたら課題山積かもしれない。けれども1人1人の一般の日本人が素晴らしいと感じたそうです。
私は、1人1人の日本人がすごいのであれば、ふさわしい人に政治家や官僚をやらせるよう、皆がもっと自信を持って要求していいのではないかと思いました。自分たちのことはしっかりやるけど政治は別と、ある種、皆が勝手に線を引いてきていたのかもしれません。
しかし、「俺達こんなに頑張ってるんだから政治家も官僚ももっと汗をかいてくれ」。そう言える日本であるべきだと思うんです。
──貴重なお話ありがとうございました。
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プロフィル
山上信吾
東京都出身の外交官・外交評論家。1984年に外務省に入省し、米国コロンビア大学大学院に留学。ワシントン、香港、ジュネーヴ、ロンドンなどで勤務した後、2017年に国際情報統括官、2018年に経済局長を歴任。2020年から2023年までオーストラリア駐在の特命全権大使を務め、日本の対インド太平洋外交や対中政策に深く関与した。2023年末に退官し、現在はTMI総合法律事務所特別顧問、笹川平和財団上席フェロー、同志社大学法学部特別客員教授として、安全保障や国際法、外交政策に関する研究・発信活動を行っている