巨大な犬の群れの中に紛れ込んでしまったら、あなたならどうする? 超写実彫刻家ロン・ミュエク、シドニーで10年ぶりの大規模個展を開催/NSW州立美術館ボランティア日本語ガイド便り

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執筆者=チョーカー和子

Ron Mueck ‘Havoc’ 2025 (work in progress), courtesy the artist © Ron Mueck, photo: Gautier Deblonde

 巨大で獰猛(どうもう)な犬の群れの中に紛れ込んでしまったら、あなたならどうする? 慌てて逃げ出す?それともその場で凍り付いて動けなくなってしまう?

 驚くほど精密で写実的な彫刻で知られるオーストラリア出身のアーティスト、ロン・ミュエク。シドニーで10年以上ぶりとなる大規模個展「ロン・ミュエク:エンカウンター〜邂逅(かいこう)〜」がNSW州立美術館で開催されます。                                                                                                                                                           

 本展のハイライトは、今回のシドニーでの個展のために特別に制作された新作「ハヴォック 2025」、巨大な犬の群れが闘う寸前の緊迫した場面を表した没入型の彫刻群です。圧倒的なスケールと不穏な空気感で見る者を包み込み、人間の本能や社会の不安定さを象徴し、タイトル「ハヴォック(Havoc=大惨事)」が示す通り、現代に漂う不安や混沌(こんとん)を鋭く映し出しています。         

 1958年メルボルン生まれ、現在イギリスに在住しているミュエクは、人間の存在や感情の限界を探る作品群によって、90年代後半以降、具象彫刻の概念を覆してきました。本展では、ミュエクがこれまでに制作した全作品の約3分の1が一堂に会し、その多くがオーストラリア初公開です。

Ron Mueck ‘Couple Under an Umbrella’ 2013, mixed media, 275 × 455 × 330 cm, collection museum Voorlinden, Wassenaar, the Netherlands © Ron Mueck, photo: museum Voorlinden, Antoine van Kaam

 今回の個展では、世界各国の美術館や個人コレクションから集められた代表作を通じて、作家の軌跡と表現の変遷をたどることができます。「買い物中の女」(2013年)、「傘の下のカップル」(2013年)といった人気作品も展示され、日常の一瞬に潜む人間の孤独やつながりといった普遍的なテーマを浮かび上がらせます。

 映画やテレビ業界でキャリアをスタートさせたミュエクは、1990年代半ばに現代美術の世界に転身。父親を実物の半分のサイズで表現した「死んだ父」(1996〜97年)が高く評価され、ロンドンのロイヤル・アカデミーで開催された「センセーション:ヤング・ブリティッシュ・アーティスト」(1997年)展で国際的な注目を集めました。

 制作プロセスはデッサンに始まり、粘土造形、鋳造、近年ではデジタル3Dモデリングも駆使しています。最終的には手作業で肌や毛髪の1本1本まで丹念に仕上げています。30年以上のキャリアの中で制作された作品は50点に満たないのですが、その希少性が作品の完成度と存在感を際立たせています。

Ron Mueck ‘Woman with Shopping’ 2013, mixed media, 113 x 46 x 30 cm, Collection Thaddaeus Ropac © Ron Mueck, photo: Hauser & Wirth

 ミュエクの作品は、パリのカルティエ現代美術財団(2023年)、オランダのフォールリンデン美術館(2024年)、韓国・ソウル国立現代美術館(2025年)など世界各地で展示され、いずれも記録的な来場者数を達成しました。

 シドニー限定のミュエクの個展。世界中の美術ファンが注目するこの展覧会は、オーストラリアが生んだ類まれな彫刻家の現在を体感できる、またとない機会です。どうぞお見逃しなく!

ロン・ミュエク展〜邂逅〜
会場:Naala Badu(北新館)地下2階
開催期間:12月6日〜2026年4月12日
入場料金:大人$35(※詳細はNSW州立美術館公式サイトで要確認)
日本語ガイド・ツアー:26年2月22日〜3月29日の日曜日午前11時から。予約不要。入場券を購入の上、展覧会場入り口集合                                                                                                       

特別展:Dangerously Modern〜ヨーロッパに渡ったオーストラリア女性芸術家たち〜(1890−1940)
開催期間:開催中〜26年2月15日
入場料金:大人$35(※詳細はNSW州立美術館公式サイトで要確認)
日本語ガイド・ツアー:展覧会会期中の12月21・28日、26年1月4日を除く、1月25日までの日曜日に催行。午前11時から。予約不要。入場券を購入の上、南本館地下2階展覧会場入り口集合

常設展:無料日本語ハイライト・ツアー
【Naala Nura(南本館)】
毎週金曜日午前11時から。集合場所はインフォメーション・デスク前

【Naala Badu(北新館)】
毎週日曜日午後1時から。集合場所はエントランス・パビリオン

Art Gallery of NSW

ニュー・サウス・ウェールズ(NSW)州立美術館。南本館に加え、日本人建築家ユニットSANAAのデザインによる北新館が2022年12月に新築オープンした。常設展は入場無料。

開館時間:10AM~5PM(水のみ10PMまで)。
Web: www.artgallery.nsw.gov.au
日本語サイトwww.artgallery.nsw.gov.au/visit/plan-your-visit/information-in-other-languages/japanese

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