オーストラリアの田舎で暮らせば㊶新しいニワトリを飼い始める

SHARE

 ニワトリを飼うことは家庭菜園と並んで田舎暮らしの楽しみの1つで、夏前には新しい2羽のニワトリを我が家に迎えた。日本でいう平飼いに似たストレスの少ないフリーレンジの環境を用意し、産み落とされる卵をもらうのだ。店でのニワトリの売られ方や、家に迎えた2羽が人に慣れるまでの日々、あわや失踪かとひやりとした瞬間などを記録した。(文・写真:七井マリ)

若い雌鶏を買いに

空になった小屋に残った先住のニワトリの羽根

 以前、成鳥の状態で人から譲り受けた2羽のニワトリは適度に卵を産み、採卵目的で飼ったとはいえ卵を産まなくなった後も可愛がっていた。2羽が各々の寿命を迎えてすぐには新しい若鶏を飼う気持ちになれず、加えて旅行で家を留守にするなどの都合もあり、季節が移り変わってもニワトリ小屋はしばらく空のままだった。

 春、野鳥が子育てに勤しむ気候は家禽にも快適そうで、いよいよ次のニワトリについて考え始めた。地元の園芸・農業資材店の入荷情報をチェックしたが、あいにく人気のようで入荷しても売り切れ続きだった。

 やっとタイミングが合ってパートナーと一緒にニワトリ2羽を買いに行ったのは、オーストラリアの春も終盤の11月のこと。前日に入荷したばかりという雌鶏たちは、大袋入りの堆肥や家畜の飼料などの商品が並ぶ店の陽当たりの良い広いケージの中で群れをなしていた。アイサブラウンという種類の赤茶色のニワトリだ。

 ニワトリ1羽にも、他の商品同様に値段が付いている。確か1羽32ドル(約3,500円)ほどで、命に値段が付くことや、それを買うことを奇妙に感じつつも2羽分の代金を支払う。せめてニワトリが幸せに暮らせるように努めよう、と思ってすぐに、店の若いスタッフが段ボール箱を無造作に片手にぶら下げて現れた。2羽がぴったり入るくらいの小さな箱は閉じられているとはいえ大きく傾き、中からガサガサと生き物の気配がする。そんなに手荒く運ばれて来るとは予想外で面食らいながらも、箱を受け取って車の運転席の後ろに乗せた。

段ボール箱での引っ越し

小屋に到着したばかりの2羽。隅の方に固まって緊張した様子だった

 住まいへの道を走り出すと、段ボール箱から「コォー」と控えめな鳴き声が聞こえてきた。その声が1羽分だけなので心配になって助手席から後ろを振り返ると、段ボール箱の手掛け穴から2羽の頭がしっかり見えた。

 群れの中にいたところを人間に突然捕まり、狭く暗い箱に押し込められ、と思ったら今度はエンジン音と振動が始まったのだ。ニワトリにしてみたら何が起きているのかと恐怖が大きいだろう。鳴き声がするたびにこちらからも声を掛けてみると、不思議と鳴き声が一時的に止み、今度は段ボールに激しく衝突するような音が。くちばしで思い切りつついているようで、その力強さで箱が壊れるのではないかと心配になった。性格の違いなのかもう1羽のほうは全く物音を立てず、あまりの大人しさに運転席のパートナーはその生死を危ぶんだほどだ。

 帰宅し、あらかじめ掃除して整えておいた広い小屋の中で段ボール箱を開けると、2羽は暗い箱の中で身を寄せ合ってうずくまっていた。緊張した様子で、やっと箱から出たと思ったら2羽そろって一目散に小屋の隅へ。餌を置いて私たちが小屋から出ると、警戒しつつも少しずつ食べ始めた。

住環境に慣れてもらうための工夫とおやつ

飼い始めて数週間、日に日に体が大きくなり羽根もよりつややかに

 小屋が休息と採餌の場所だと覚えさせるために、最初の数日間は外に放さず小屋の中だけで我慢してもらった。朝夕にフンの掃除や置き餌の補充、水の入れ替えをする。加えて、食べる量や水の減り具合をチェックするために日に何度か小屋を訪れるたび、2羽は小屋の隅で息を潜めるようにしていた。

 まだ若く体も小さめなので、卵を産むのはおそらく少し先。それぞれに名前を付け、何よりもまずは快適に過ごしてもらうことを優先した。柵で囲った草地に2羽を放つようになると、次第にここでの暮らしに慣れてきたようで、私との物理的な距離も徐々に縮まった。

 食べ物で釣るのが正しいかはわからないが、好物のグレイン・ミックスはニワトリに親しみを感じてもらうための助けになる。麦やトウモロコシ、ヒマワリの種などを混合した滋養のあるおやつのような存在で、メインの餌であるペレット飼料とは別に夕方にのみ少量与えることにしている。日没のころに人が来ると小屋の中でグレインがもらえるとニワトリが理解してからは、人の後をついて回るようになった。グレインをあげる前には手をたたく音を必ずセットにして聞かせ、この音がしたらおやつ、という条件付けもした。

飼い主の心、ニワトリ知らず

産卵開始から3日目の卵。初日よりサイズが大きくなった

 飼い始めて2週目の夕方、小屋に入れようとしたら1羽がいなくなっていた。名前を呼んだが返事があるわけもなく、内心焦りながら残る1羽にグレインを与え、柵の中の木の下から茂みの中まで隅々を探したがやはりもう1羽の姿はない。飛んで柵の外へ出たのだとしても、ニワトリをもし小屋に入れずに一晩放置したら夜行性のキツネや野良猫に餌を提供することになる。

 どうしたものかと思いながらいつものように手を叩いてみたら、上から「コォー」と呑気な鳴き声が。見上げると、柵の中で育つグレープフルーツの木の茂った枝葉の間から茶色い羽根がのぞいている。ニワトリのくちばしからは大ぶりのカメムシがはみ出し、特有の青臭さが漂う。人間や柑橘にとっての害虫がニワトリにはごちそうらしく、グレインの入った容器を振る音を何度も聞かせてやっと羽ばたいて降りてきた。こちらの気など知らないマイペースぶりもまた、生き物を飼う面白さの1つだ。

 3週目には2羽ともすっかり人間に慣れ、私の足をつついておやつを要求するまでになった。家庭菜園から摘み取ったケールに我先にと食いつく姿は生命力にあふれ、羽根がふっくらとしてきた。柵から脱走して庭を探検することも覚えてしまったが、それでもおやつの気配を感じれば猛スピードで戻って来る。ここでの生活を2羽が楽しんでくれているといい。

 7週目の朝、1羽が初めての卵を産んだ。巣箱のわらの上に鎮座した薄茶色の卵は小ぶりで可愛らしい。2日目からは市販サイズになり、どれも健康そうな卵だ。これからも元気でいられるようにと砕いた貝殻を食べさせ、有機栽培のトマトを菜園から採って分け与える。生き物が幸せに暮らせる環境を考えながら、草地を自由に歩き回るニワトリを見る平和に気付かされもする。

著者

七井マリ
フリーランスライター、エッセイスト。2013年よりオーストラリア在住





SHARE
NSWの最新記事
関連記事一覧
Google Adsense