第5回 タスマニア巡り
肉好きの悪魔? タスマニアン・デビル
他では見ることのできない動植物が数多く生息するタスマニア。その中で最も有名なのが、誰しも一度は耳にしたことがある肉食有袋類、タスマニアン・デビルでしょう。一体どんな生き物なのでしょう?
断末魔のような鳴き声、自分より大きな獲物に襲い掛かる凶暴さ、骨をも残さず食す牙とあご、食物連鎖の頂点に君臨するタスマニア最大の肉食獣! その名前から凶暴に思われがちですが、実は超小心者。自分より大きな獲物どころか小さな獲物にすら襲い掛かることもほぼありません。なぜなら全力でも鶏に追いつけないほど足が遅いのです。なので肉食といっても狩りは苦手で、けがなどで弱っている動物を狙うのがメイン。なければ虫、魚、野菜など何でも食べます。その代わり、何でも食べられるようにあごは非常に強く、ブルドッグほどの体格なのにあごの強さは動物界最強と言われるほどです。
また、鳴き声が大きく不気味というのは本当のこと。デビルの名前も、入植者たちが夜な夜な森の奥から聞こえる鳴き声に「悪魔に呪われている」と言ったのが由来で、一昔前には“肉好きの悪魔”とも呼ばれていたそうです。
繁殖は年に一度、ちょうど今が出産シーズン。一度に20~40頭もの米粒サイズの赤ちゃんを産みます。ただしその中で生き残れるのは最初に袋の中の乳首にたどり着いた4頭だけ。袋の中で3カ月、巣中で3カ月ほど過ごした後、翌年1月に巣立ちます。ちなみに寿命は短く、野生で5年、飼育下でも7年と言われています。
タスマニアの象徴とも言うべきデビルたちは今、絶滅が危惧されています。デビル顔面腫瘍性疾患(DFTD)と呼ばれる伝染病が大きな原因です。1996年に初確認された世界でも稀な伝染性がんで、いまだ治療法がなく、野生個体の9割が姿を消したそう。今や野生デビルとの遭遇は難しく、地元でも保護園などでしか見ることができなくなりつつあります。今年生まれてきた子たちが元気に育つことを祈るばかりです。
このコラムの著者
稲田 正人
タスマニアのツアー・ガイド/コーディネーター。タスマニア大学で動物学・環境学を学んだ後、のんびりゆったりした生活感に魅せられ、そのままタスマニアに在住。現在は現地旅行会社AJPR(Web: www.ajpr.com.au)に勤務する傍ら、多過ぎる趣味に追われる日々を満喫中