オージー・ワイルドライフ診療日記 第88回
交通事故で負傷したカンガルーを見つけたら
カランビン・ワイルドライフ・サンクチュアリーには、餌を与えたり、撫でたり、間近で一緒に写真を撮れるなど、放し飼いのカンガルーと触れ合えるエリアがあります。人間や頭上を通る航空機の騒音に慣れているため、人が近づいても全く気にするそぶりを見せません。
一方、野生のカンガルーはとても警戒心が強く、離れた所に人影が見えただけで走って逃げてしまいます。日没が早くなると、野生のカンガルーたちが活動的になる時間も早まり、車両との接触事故に遭う確率が増えます。
路傍(ろぼう)などで横たわっているカンガルーを見つけた時は、まず生きているかどうかを確認します。けがをしていてもまだ息がある場合、突然近づくと驚いたカンガルーが最後の力を振り絞って跳び上がったり、蹴ったりすることがあるので、そっと頭側から近づきます。生きていることが確認できたら、野生動物保護団体やRSPCAに連絡し、救助の要請をするべきです。
触れても反応がない、目が開いたままで瞬きがない、体が硬直している場合は、ほぼ死亡と判断できます。その場合は性別をチェックし、メスならお腹の袋(育児嚢(のう))に赤ちゃんがいるかを確認します。赤ちゃんがいないのに母乳が出ている場合、周囲に子カンガルーがいないか探します。育児嚢から出たばかりの子どもや、母親が車にひかれた時の衝撃で育児嚢から飛び出てしまった赤ちゃんも保護が必要です。お腹の袋である程度守られているとはいえ、ひどいけがを負ってしまう赤ちゃんはたくさんいます。
残念ながら、事故に遭ったカンガルーのほとんどは安楽死の処置が施されます。無傷に見えたり動くことができても、一時的に野生の生存本能が働いているだけで、体内では出血や骨折、筋萎縮(きんいしゅく)などが起こっているのです。放っておくと茂みなどに隠れ、苦しみながら死を待つことになります。一見けがはないようでも、救助要請をすることでカンガルーの命を救える、または苦しみを長引かせないことにつながります。
このコラムの著者
床次史江(とこなみ ふみえ)
クイーンズランド大学獣医学部卒業。小動物病院での勤務や数々のボランティア活動を経て、現在はカランビン・ワイルドライフ病院で年間1万以上の野生動物の保護、診察、治療に携わっている。シドニー大学大学院でコアラにおける鎮痛剤の薬理作用を研究し修士号を取得。