第4回
“天国”で過ごした日々
Surfers Paradise, Gold Coast
Text: タカ植松 Photo: Kazuaki Ono
サーファーズ・パラダイス、豪州有数の観光地にして歓楽地。かつて、その街で仕事をしていた。その日系社会どっぷりの仕事場には「いつどこでお客に会っても良いようスーツを常に着用すべし」との不文律があった。実際、観光も不動産もまだそれなりに元気だったころだけに、街を歩けば日本人に当たる、そんな時代だった。
外出時には、ネクタイすら巻いた。そんな格好は、当然ながら浮く。目抜き通りで酔っぱらいに「おめぇよ、その格好はなんだ。暑苦しいから脱げ」と絡まれたこともある。
サーファーズ・パラダイスのど真ん中の仕事場へは、家庭の事情もあってブリスベンから通った。夜遅くまで残業するのが常、締め切り直前(と書けば、何をやっていたかバレバレ……)には、深夜帰宅ならまだしも、ほぼ徹夜。そんな多忙の中、ビーチがどれだけ美しかろうが、さまざまな眼福に満ち溢れていようが、歩いてすぐのビーチに日中、足を運ぶことはなかった。
代わりに、遅くまで残業した時には、車をハイウェーに走らせる前にビーチの脇に停めた。夜の帳(とばり)がすっかり降りたビーチをふらりと訪れ、カップルが愛をささやくのを尻目に、ズボンの裾をたくし上げて素足でビーチの砂を踏んだ。時には、砂の上に大の字にもなった。そんな時に、視線の先で捉えていたのがゴールドコーストの摩天楼の夜景だった。
生きるため己に鞭打った“天国”での日々――今から17年前の僕はどんな思いで、この美しい夜景を見遣(みや)っていたのだろうか。