弁護士として単なる法律の専門家の枠に収まらず、トラブルの背後にある事情を汲み取ることで多くの案件を解決に導いてきたカツダ・シナジー・ロイヤーズ。代表の勝田順子氏に、得意とする専門分野や、新たな試みとしてサービスを開始する会員制ポータル・サイト「LawShare」ついて話を伺った。
――貴所の事業内容、また対応されている州についてお聞かせください。
「カツダ・シナジー・ロイヤーズ(KSL)」と「カツダ・シナジー・マイグレーション(KSM)」の2所あります。KSLでは労働法を中心に、会社法、契約法や不動産法を含む企業法務を、KSMはビザに特化した事務所で移民法弁護士による雇用主スポンサー・ビザの査定と手続き代行サービスを行っています。労働法も移民法も連邦法ですので2所共に、オーストラリア全土でサービスを提供しています。
これらに加えて、今年、“LawShare(ローシェア)”という、法律を分かりやすく解説し知識を共有する事業主様向けの会員制ポータル・サイトを立ち上げ、運用を開始します。KSLやKSMの法務では、クライアントからのご相談に対して個別にアドバイスをさせていただいていますが、クライアントに弁護士が1対1でアドバイスする形は、固有の案件にインタラクティブ(双方向)に対応しているので、図1で言うところのAです。
一方で、Cに当たる政府機関のウェブサイトなど、インターネット上にもある程度質の高い法律情報はありますが、インタラクティブではありません。そのため、クライアントからも、ウェブサイトで理解したことと実務での運用に齟そご齬がないか確信が持てず、リサーチに時間が掛かってしまったという話をよく耳にします。
LawShareは、汎用性の高い法律の情報やノウハウをインタラクティブな環境で共有しようという試みです。図ではDに当たり、法律知識の共有を目的にしているので、“LawShare”です。今までは、日頃の法務の中で汎用性の高いアドバイスの文書を書き溜めて、私個人の虎の巻として所内で役立ててきました。この虎の巻を公開すればお互いに時間とお金の節約になると思い、専用ポータルの立ち上げに至りました。
――勝田先生が最も得意とする専門分野は何でしょうか。
労働法です。KSLでは、職場のトラブルや解雇に関するご相談、企業のオーストラリア進出や、KSMでは雇用主スポンサー・ビザ(TSS就労/186永住)のお問い合わせを多くいただきます。職場のトラブルには、人間関係や人の感情も絡むので、法律を振りかざすだけでは解決にはならない事案が多いです。事業主と労働者の立場で問題を見る目を持つことはもちろん、その組織の特徴、背景事情、現場の人間関係なども把握した上で、法律をうまく使って解決に導くにはヒアリング力や想像力が求められ、自分の強みを生かせていると感じます。
――労働法における日豪間での違いについて教えてください。
違いはたくさんありますね。ただ、法律そのものは無機質な文章なので、表面的な違いを知っても実務ではあまりトラブルを防ぐことにはつながらないと思います。大切なのは、法律が運用される社会にはそれぞれ異なる背景事情や文化があること、国民性も異なることを総合的に理解して、法律がその実社会でどのように機能しているかを知ることです。
例えば、有給休暇の付与日数は日豪共に年間20日ほどですが、あまり消化されない日本と、全て消化されるオーストラリアでは運用に違いがあります。後者では有給はホリデーのためにあると労働者も考えていますので、「ホリデーで担当者がいません」と言えば、取引先も納得せざるを得ない環境があります。それでも、欠員が出て影響が出ないようにビジネスを組み立てることが経営者に求められます。一方で雇用主都合で有給取得を指示することはできますが、強行することでホリデーがなくなるといった反発が生まれないよう、就業規則などで事前に事業所のルールを定めておくことが大切です。
また、解雇案件では日系企業の方から“とにかく穏便に”進めたいと依頼を受けることがよくあります。書面で解雇を警告することなどは従業員を刺激して事を荒立てているように思われますが、オーストラリアではこうしたステップを適時踏んでおくことが最終的に事業主の選択肢を増やし、「穏便な解雇」につながります。このように法律がどのように機能しているかの違いを紐解いて説明できるのも日本人弁護士の強みだと思います。先ほどお話ししたLawShareでは、このような日豪の違いや現場での運用、対応策にも焦点を当てた情報を蓄積していきたいです。
こんな法律トラブルにあったら? Q & A
Q:パフォーマンスが良くない従業員がいます。辞めてもらうには3回警告を出せばいいですか。
A:3回と決められているわけではありません。解雇するには2つの要件を満たしていれば良く、警告の回数など細かな方法はケース・バイ・ケースです。ちなみに、要件の1つ目は、解雇に足りうる理由が事実であること(でっち上げや偏見ではダメということ)。2つ目は、労働者にとってフェアなプロセスを踏んだかどうかです(パフォーマンスを改善しないと解雇になる旨を警告し、改善の機会を与えること)。3回警告を出すのはプロセスの話ですが、具体的にどんなパフォーマンスが改善されるべきかによって、妥当な警告の回数や改善を待つ期間は変わってきます。例えば「遅刻をしない」のように即日改善されるべきパフォーマンスもあれば、「営業成績を上げる」のように経過観察や複数回のレビュー、警告のレターが必要なパフォーマンスもあります。
勝田順子
日本で法学士を取得後、Common Lawを習得するために渡豪。シドニー法科大学院(Graduate Diploma in International Law)卒業後、2009年にNSW州弁護士登録。シドニーの法律事務所での勤務を経て、13年9月に独立。専門は、労働・雇用法。