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在豪日本人ジャーナリストが語る!日豪の「つながり」

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日豪プレスメディア体験プログラム2020

TBSシドニー通信員・飯島浩樹さんインタビュー
在豪日本人ジャーナリストが語る!
日豪の『つながり』

1993年にオーストラリアに移住し、長年テレビ業界でオーストラリアと日本のつなぎ役を果たしてきた飯島浩樹さん。シドニー・オリンピック開催時からTBS特派員として活動する一方、小説執筆や映画の制作などにも精力的に取り組んでいる。そんな飯島さんに、ジャーナリストとしての考えやオーストラリアにおける日本文化への理解などについて話を伺った。
(取材・文:尾崎由佳、河口真、編集:馬場一哉)

オーストラリアに来た経緯

━━オーストラリアに来る前も同様のお仕事をされていたのですか。

「はい。日本では、テレビ朝日の関連会社JCTVの社員として、朝の生番組のディレクターをしていました。1989年に湾岸戦争が始まり、米CNNがLIVEで送ってくる映像を同時通訳して放送する現場に携わったのですが、日本とアメリカの間には時差がありますから、日本時間で夜中の3 時くらいに爆撃の中継をしたことを覚えています」

━━どうしてオーストラリアに来ようと考えられたのですか。

「仕事がとても忙しく、地下の仮眠室で寝泊まりするような生活を日々送っていたので、このままこの仕事を続けていると体を壊してしまうと感じたのが1つのきっかけです。また、大学在学中にロサンゼルスに留学していたこともあって、英語圏の国で暮らしたいという思いも持ち続けていました。ただ、アメリカでは銃社会の恐ろしさを目の当たりにし、恐怖を覚えた経験があったため、安全な英語圏であるオーストラリアに来ることを決めました。また、日本語をなるべく使わなくていい環境を求め、シドニーから南に90キロほどのところに位置するウーロンゴン大学院に進みました。1993年にオーストラリアに来たので今年でもう27年目です」

━━どのような経緯でTBSの特派員になられたのですか。

2000年のシドニー五輪メイン・スタジアムでの取材時
2000年のシドニー五輪メイン・スタジアムでの取材時
2014年シドニーのカフェ人質立てこもり事件現場前からの中継
2014年シドニーのカフェ人質立てこもり事件現場前からの中継

「TBSはオーストラリアに支局を持っていませんでしたが、1994年にシドニー五輪が決まった際に、現地に臨時支局を作ることになりました。そんな中、縁もあってお声がけ頂いたのがきっかけです。オリンピック終了後、TBSの支局は閉じる予定だったのですが、『オーストラリアは面白そうな国だから、もう少し残ってください』と本社に言われ、契約特派員となりました。以来、もう20年、現職に就いています」

━━特派員の仕事内容について教えてください。

「仕事は、現地で事件や事故があった時のリポートです。昨今の大きな事件としては、ニュージーランドの銃乱射事件やシドニーの立てこもり事件がありました。最近は、スマートフォンを使って中継することもあります」

━━現在の日本では、オーストラリアの森林火災が大きく報道されています。森林火災の取材もされたと伺っています。

「航空自衛隊が森林火災の緊急援助隊を派遣する際に、同行取材をしました。森林火災は年中行事のため、何度も取材していますが、10年前の森林火災『ブラック・サタデー』が記憶に残っています。集中して民家が焼けてしまい、多くの人が亡くなったので、今回よりも前回の森林火災のほうがひどかった印象があります」

豪州での日本人気

━━オーストラリアにおいて日本の人気が高まっているそうですが、その背景は何でしょうか。

「日本とオーストラリアは貿易や安全保障などにおいて密接な関わりを持つようになりました。80年代のバブル期では日本から多くの人が観光に来て、自動車などの日本製品も人気になりました。オーストラリア滞在の日本人が増えたことで、日本に興味を持つ人も増えてきました。また、かつて『日本は物価が高い』というイメージがありましたし、仕事目的で日本に行くほうが主流で、観光は人気ではありませんでした。しかし日本の魅力に気付き始めたことで、日本への観光客がどんどん増えていきました。リピーターも多く、最近では、東京や大阪などの主要な観光地ではなく、私も行ったことがないようなローカル・エリアを訪れる人も多くいます」

━━シドニーの街中で日本語のお店の看板を多く見掛けたのですが、日本語を学んでいる人も多いのでしょうか。

「オーストラリアでは小学校から外国語を勉強でき、多様な文化を学べるカリキュラムが組まれていますが、特に日本語の存在感は大きいです。以前は観光業の仕事に就きやすいという理由で日本語を勉強している人がほとんどでしたが、今は若者がサブカルチャーを通じて日本語に興味を持ち、積極的に学ぼうとしています。日本語への接し方もどんどん変わってきていると感じます」

日豪の比較

━━日豪の政治の違いについてはどのようにお考えですか。

「オーストラリアの政治家は志があって、誠実だと思います。オーストラリアの野党には『影の内閣』というものがあって、日本よりも政権交代しやすいという特徴があります。また、今回の新型コロナウイルスに関する日豪の政策にも違いが出ました。オーストラリア政府はすぐに中国からの渡航者受け入れを禁止し、感染拡大を防ぎました。一方、日本はオーストラリアと同じように周囲を海に囲まれていて、感染経路の封鎖が可能なはずですが、受け入れを続けた結果新型コロナウイルスを防ぎきれませんでした。双方の政策の取り方で明暗が分かれましたね」

━━飯島さんは日豪のテレビ業界に精通していらっしゃいますが、オーストラリアのテレビ文化にはどのような特徴がありますか。

「オーストラリアで一般的なのは、オーディション・DIY・グルメ番組です。ゴールデンの時間にガーデニング番組が放送されるなんて日本では考えられませんよね(笑)。オーストラリアでは日曜大工の需要が高いので、ゴールデンの時間にも放送できるのでしょう。そもそもオーストラリアでは日本のような『テレビをよく見る』文化がありません。日本ではテレビを囲んでお茶の間がにぎわった時代がありましたが、オーストラリアの人々は家族で集まってバーベキューやホーム・パーティーをするのが主流です。そういう意味では日豪の家族のあり方にも違いが見られます」

━━オーストラリアの人びとは家族との時間を大切にしていると感じます。日豪のテレビ業界でも働き方に差異があるのでしょうか。

「オーストラリアのテレビ局では、自分の担当の仕事が終わるとすぐ帰宅します。夕方5時に帰っていくスタッフを目にした時は、カルチャー・ショックを受けました。彼らの生活はとても効率的だと思います。対して、日本は無駄が多いと感じます。日本のテレビ業界は忙しく、過重労働が当たり前でしたから」

『奇跡の島』が生んだ沖縄とのつながり

━━飯島さんは山梨県出身とのことですが、豪州かりゆし会の会長もなさっているそうですね。

「縁があって、オーストラリア在住の女性の父親捜しに協力する機会があったことがきっかけです。彼女の母親は、当時沖縄から出稼ぎに来ていた男性と恋仲になり、彼女を身ごもりました。そして、偶然の奇跡が重なって彼らは55年ぶりに沖縄で再会したのですが、その際、私も沖縄に同行取材する機会を得ました。以来、沖縄との縁ができ、その出来事にアイディアを得た『奇跡の島』という小説も出版しました。それまで沖縄とは全く関わりがなかったのですが、今ではとても身近な存在となっています。『めぐり合う人と人は、無意識につながっている』というのが私の考えのベースにあります。お会いできた縁をただの偶然と思うか、必然と思うかで人生は変わります。考え方を転換することで、もっと毎日が意味のあるものになり、世の中も変えられると思います」

━━オーストラリアの環境保護活動に関わっているようですね。

「サンゴ保全の重要性を訴えるドキュメンタリー「SAVE the Reef~Act Now~(邦題「セーブ・ザ・リーフ~行動する時~)」という映画を作り、世界各国の映画祭に出品する予定です。オーストラリアや日本の沖縄の人たちが立ち上がって、サンゴを植えたり、人工の雲を造成して、雨を降らせたりするような途方もないことを頑張ってやろうとしています」

━━地球温暖化や異常気象などの影響は、オーストラリアでも感じられますか。

「感じますね。10年ほど前はもっと過ごしやすい気候でした。ところが今は、蒸し暑くて冷房をかけないと夜は眠れません。人間に何ができるのかを考える必要があります。気候変動に対して、動植物自身にはなすすべはありません。やはり人間が一生懸命に守らなければ、森林火災や地球温暖化、洪水は防げません」

現代社会のジャーナリズム

━━テクノロジーの進化で報道の在り方はどの様に変化していくと思われますか。

「日本の大手テレビ局は、東京に集中しています。しかし、多くの人がスマートフォンで情報をどんどん発信できる時代ですから、これからは中央ではなく地方が注目を浴びることになるでしょう。面白い時代になってきていると実感します」

━━AIが人間の仕事を奪うという話がありますが、現代社会でジャーナリストを取り巻く環境はどうなっていくと思いますか。

取材を終えて
取材を終えて

「AIではなくメディアにしか作れないものがあることを確信しています。テクノロジーが高度に発達した今の時代だからこそ、ジャーナリストやメディアの意義や役割が、脚光を浴びると思います。一般にニュース原稿では自分の意見を盛り込めませんが、ドキュメンタリーなどでは、ある程度伝えることができます。また、同じニュースについての新聞記事などを見比べてみると、やはり取材した記者の視点により、記事に違いが出るものです。人間としての視点がなければ、ジャーナリストやライターは、AIに取って代わられるでしょう」

━━本日は貴重なお話をありがとうございました。

<プロフィル>
1965年、山梨県生まれ。青山学院大学経営学部卒。1987年、米・ロサンゼルス・シティ・カレッジ放送学科単位取得。日本の放送局でニュース番組のディレクターなどを経て93年に渡豪。95年、豪・ウーロンゴン大学院ジャーナリズム学科卒、修士号。99年、TBSシドニー五輪支局現地代表を務める。2017年、FCA・オーストラリア・南太平洋外国記者協会会長に就任。現在、TBSシドニー通信員、豪州かりゆし会会長、沖縄県産業振興公社、オーストラリア委託駐在員、やまなし大使を務める

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