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与党労働党の勝利に終わった北部準州選挙

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政局展望ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

 8月22日に北部準州(NT)で実施された選挙は、ガナー率いる労働党政権が過半数を維持して再選を果たしている。同選挙では、新型コロナウイルス感染への警戒心もあってか、NT有権者の内の実に半分以上、正確には53%もの有権者が、選挙当日の投票所での投票ではなく、郵便投票などを通じた事前投票制度を利用している。しかも感染問題は、与党勝利の主因ともなった。

ガナー北部準州首席大臣(マイケル・ガナー氏Facebookより 引用)
ガナー北部準州首席大臣(マイケル・ガナー氏Facebookより引用)

第1次ガナー政権の総括と与野党の選挙キャンペーン

 NTで労働党現政権が誕生したのは、前回2016年8月のNT選挙であった。同選挙では保守系の地方自由党政権が大惨敗を喫し、定数25の一院制議会で一挙に18議席を獲得した、ガナー率いる労働党が政権の座に就いたのである。ただ、実は新政権の誕生直後から、NT政局の行方にはかなり不透明感が漂っていたと言
える。

 16年NT選挙で地方自由党は、労働党政権が誕生すればNT経済は不況に陥ると強調しつつ、経済運営能力では評価の低い野党労働党へのスケアー・キャンペーンを展開していたが、確かにガナーは前年の15年4月にリーダーに就任したばかりで、それまで経済合理主義者として高い評価を受けてきた人物ではなかった。さらに、労働党の議員数が大きく増加したとは言え、経済政策分野で優れた議員がいたわけでもなかった。他方で、一時は好調であったNT経済も、当時ダーウィン周辺以外では「不況」状況と言っても過言ではなかったのである。

 こういった前回NT選挙直後の懸念は、かなりの程度現実化している。すなわち、過去4年間のガナー労働党 政 府のパフォーマンス、実績は、高評価からは程遠く、NT経済は低迷気味であったし、また何よりもNTの財政がひっ迫し、財政再建のための経済改革が不可欠とされてきたのである。ところが、ガナー政府は、「大きな政府」、すなわちNT公務員の拡大を図り、そのための人件費がNTの財政に相当な負担を与えてきた。

  これを受けて、伝統的に経済の舵取りは「十八番」と誇示してきた地方自由党は、今次20年選挙キャンペーンでは、政府に「経済運営能力」が欠如している点を、再度労働党への攻撃の中核に据えている。

 例えば野党は、ガナー政府には経済成長のビジョンがないと批判していた。実際に、選挙キャンペーンでは稀なことに、政府は「ばら撒き」のための新政策を公約したわけでも、経済成長に資する改革を提示したわけでもなかった。そして、過去4年間のガナーの統治ぶりを振り返った場合、もう1つの汚点とみなせるのが、「法と秩序」問題、とりわけ未成年者による犯罪の増加であった。経済運営能力と並んで、安全保障もしくは「法と秩序」問題は、保守政党が得意と自負する分野であり、今次キャンペーンにおいて野党は、この点についても政府を攻撃していたのである。

2020年NT選挙の結果

 ガナー政府の過去4年間の「実績」、また選挙キャンペーンにおける以上の事実は、通常であれば、政権党に相当なダメージを与える恐れのあるものである。ところが、労働党は今次NT選挙において、過半数を制した上で見事再選を果たしている。ちなみに新議会の政党別勢力分布は、与党労働党が14(注:16年選挙直後は18)、野党地方自由党8(同2)、北部準州同盟1(0)、無所属2(5)となっている。 確かに、今回の選挙直前には16議席であった労働党は、2議席を喪失している。しかしながら、前回の16年選挙で労働党が18議席を獲得したことがむしろ異常であり、今次選挙で「揺れ戻し」があることは当然視されていた。また、上述した政権第1期目のパフォーマンスに鑑み、やはりガナー労働党が再選されたこと、しかも単独過半数を確保したことは、十分に意義深いものであったと言える。

選挙帰趨の決定要因

 では、高い実績、高パフォーマンスを欠く労働党政権が、相当に満足のいく戦績で勝利を果たした理由だが、まず第1に、ガナー政権が第1期目の政権に過ぎなかったことが挙げられよう。豪州国民は寛大で、また基本的に現状維持志向が強いとの気質を持つ。そのため、15年のQLD州選挙のような例外はあるものの、政権
に少々の問題点、失策があっても、有権者の多くが第1期目の政権を代えようとすることは極めて稀である。実際に、120年にわたる連邦選挙史の中でも、1期目の政権が敗北を喫したのは1回記録されたのみとなっている。

 第2に、今次NT選挙では、事実上、政権党になり得る野党が存在していなかった点が指摘できよう。野党第1党の地方自由党(CLP)のリーダーは、就任して間もない女性のフィノチアーロという若手だが、明るくエネルギッシュな人柄もあって、なかなかのパフォーマンスを発揮し、同党の議席数の増加に貢献している。しかしながら、選挙前にわずか2議席のみという状況では、一部の有権者にCLPが潜在的政権党とは映らなかったのも、致し方ないと言えよう。要するに、今次選挙でガナー与党には、そもそも脅威を与える対抗相手が存在しなかったのである。

 第3点、かつ最も重要な点として、労働党の勝利の主因は、やはり新型コロナウイルス感染問題の存在と、同問題を前面に出した労働党の選挙戦略の勝利であったと考えられる。上述したように、労働党政府は選挙キャンペーンでは異例なことに、有権者が喜ぶような懐柔政策を公表せず、その代わりに、感染問題一本鎗の戦略を採用している。具体的には、NTにおける感染者数が当時34人と、極端に少なかったこと、そして死亡者数が皆無であった事実を強調しつつ、それを境界の封鎖に代表される、ガナー政府の断固とした感染対策に結び付け、ひいてはガナーの強いリーダーシップを誇示するとの戦略であった。

 他方で、ガナー労働党は、弱いリーダーの下で生温い対策しか講ずることのできない自由国民党が政権の座に就けば、感染犠牲者の急激な拡大は必至で、その結果、保守政権はNT経済を破滅させかねない、とのスケアー・キャンペーンも併せて採用している。この戦略は、ガナー政府のこれまでの汚点から、有権者の目を逸らすという点からも効果的であった。

 今回のNT選挙は、コロナウイルス感染問題の選挙への意味合い、影響という観点から、全国の政府からも大いに注目されたのだが、NT選挙を通じて看取された事実とは、感染対策での断固とした姿勢は、一般に有権者受けするという点であった。ただし、ここでいう「断固とした姿勢」が全て歓迎されるわけではなく、例えば、過度の「物理的/社会的距離」規制などは、一部国民の強い反発を惹起することとなる。一方、対照的に、過度とも言える感染対策が、それを採択した政府への評価、リーダーへの評価を大いに高めるケースもある。それが、全国政府の内で、QLD、WA、SA、TAS州、そして今次選挙の舞台となったNT政府が採用してきた、厳格な境界封鎖措置である。とりわけ、もともと「独立自尊」的メンタリティーを色濃く持つ、換言すれば、州民の多くが一種の排外的メンタリティーを持つQLDやWA州では、自州民を護るためと強調しつつ、他州民を排斥することは、批判されるどころか、歓迎され得る政府の行為と言える。

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