オージー・ワイルドライフ診療日記 第80回
みなしごコアラのブロンティ
新型コロナウイルス感染症による行動規制や外出制限が敷かれる中、幸い、カランビン・ワイルドライフ病院では、病院に出入りする人数が制限された他はほぼ通常通りに業務を続けることができました。交通量が大幅に減ったおかげで、自動車事故によりケガを負う野生動物も減るかと期待しましたが、それは叶いませんでした。
4月、車にひかれた瀕死のコアラが運ばれてきました。治療の施しようがなく、安楽死の処置をされたメスコアラのお腹の袋、育児嚢(のう)には、外傷の無い200グラムの赤ちゃんコアラがいました。すぐに保護士さんの元で人工保育が始まりましたが、育児嚢から出る前の有袋類の赤ちゃんの人工保育はとても大変です。
ブロンティと名付けられたこの赤ちゃんは生後5カ月、目がやっと開いた頃。保護士さんは1回数ミリリットルの代用ミルクを2時間おきに昼夜問わず与えなくてはなりませんでした。数週間も経つと徐々に授乳の頻度が減り、体重も増え、ユーカリの葉も食べるようになり、全てが順調に見えました。しかし、保護されてから2ヵ月経った頃に誤嚥(ごえん)性肺炎に掛かってしまいました。
人工保育中に赤ちゃんが亡くなってしまう原因は、最も多いのが盲腸結腸炎、次が肺炎です。ブロンティの肺炎の治療には主に点滴と抗生剤を使いましたが、抗生剤の副作用で腸内環境が悪化して腸炎を起こしてしまう危険もあるため、抗生剤の使用のタイミングには非常に気を使います。人間同様、コアラも病気になると食欲がなくなるものですが、ブロンティは肺炎の治療中もミルクをたくさん飲み、ユーカリの葉を食べ続けてくれました。そのおかげか、肺がなかなか良くならず抗生剤の投与が長引いてしまっても、腸内の細菌への影響は少なくすみました。
保護士さんの献身的なケアの甲斐あって肺炎から回復したブロンティは現在体重1.7キロまで成長し、月齢が近い2頭のコアラと一緒に飼育施設内の木から木へジャンプしたり遊んだりしているそうです。
このコラムの著者
床次史江(とこなみ ふみえ)
クイーンズランド大学獣医学部卒業。小動物病院での勤務や数々のボランティア活動を経て、現在はカランビン・ワイルドライフ病院で年間1万以上の野生動物の保護、診察、治療に携わっている。シドニー大学大学院でコアラにおける鎮痛剤の薬理作用を研究し修士号を取得。