杉谷拳士・山崎まり両選手 “豪”同自主トレ潜入
ブリスベン野生化計画を直撃!
年の瀬迫る師走のブリスベンの地で日本球界でも異色のコラボレーションが実現した。現役バリバリの日本プロ野球(以下、NPB)選手、北海道日本ハムファイターズの杉谷拳士内野手(28)と日本女子プロ野球リーグ(以下、JWBL)で活躍する埼玉アストライアの山崎まり内野手(29)による合同自主トレだ。本紙スポーツ記事でおなじみの植松久隆がその合同自主トレが行われたブリスベン・バンディッツ(オーストラリア野球リーグ/ABL)のホーム・グラウンドに潜入、両選手を直撃した(文中敬称略)。
取材・文・写真:植松久隆(ライター/本紙特約記者)、写真提供・取材協力:ブリスベン・バンディッツ
2018年オフ、球界異色のコラボが実現
12月30日、師走も押し迫った晴れやかな土曜の朝。向かった先は、ブリスベン・シティーの中心部から少し北上した所に位置するニューマーケットというサバーブの閑静な住宅地。その街並みに溶け込むように佇(たたず)むのが、国内最高峰の野球リーグであるオーストラリア野球リーグ(ABL)の強豪ブリスベン・バンディッツの本拠地球場「ホロウェイ・フィールド」だ(同球団は2015年から18年のシーズンでABL3連覇を果たしている)。
当稿の本筋に入る前に、簡単にオーストラリアの野球事情に触れておく必要がある。スポーツ大国オーストラリアにおける野球の位置付けは、残念ながら日本とは比べるまでもないマイナー・スポーツであるのが現状だ。それでもマイナー・スポーツながら、世界レベルでは十分に戦える戦力を男女共に維持しており、男女それぞれ国際大会の常連国でもある。また、オーストラリアからは一定数のメジャー・リーガーが誕生しており、近年はマイケル中村(日本ハム→巨人)、ジェフ・ウィリアムズ(阪神)、ブラッド・トーマス(日本ハム)などのNPBで活躍する選手も輩出されるなど、隠れた好選手の輩出国としても知られている。
そのオーストラリア国内最高峰のABLは、メジャー・リーグ(MLB)傘下のマイナー・リーグ2A相当のレベルにあるとされ、北半球とは季節が逆のウィンター・リーグ(筆者注:日米など選手を送り込む側から見ての冬季リーグである)として、世界各国から選手を受け入れつつ行われてきた。2018年には、8チームのコンペティションとして開催され、ブリスベン・バンディッツが見事に優勝を収めた。
そのバンディッツで昨年、期間限定のプレーながらセンセーションを巻き起こしたのが、今回の主役の1人、北海道日本ハムファイターズの杉谷拳士。インスタグラムで27万人を超えるフォロワーを持つなど知名度と影響力を持ち、毎年オフには数多くのテレビ番組など各種メディアから引っ張りだことなる球界きっての人気選手だ。日本球界広しといえど、インスタグラムを更新しただけで話題になるのは杉谷くらいだろう。
ここで断っておきたいのは、杉谷は人気だけの選手ではないということ。球界でも屈指のタレント集団の日本ハムでコンスタントな出場機会を得続ける現役バリバリの杉谷の売りは、球界随一とも言われる高い身体能力。そして、昨季、バンディッツに日本のオフ期間でもプレー機会が欲しいと志願の入団を果たすなど、練習熱心な選手としても知られている。
昨年、バンディッツ入団でブリスベンに降り立った杉谷は、その街の虜になる。チーム事情でABLでの試合出場は実現しなかったが、今年もキャンプ・イン前の自主トレの地にブリスベンを選び、再訪したのだ。彼の「ブリスベン愛」のほどは後半のインタビュー部分で紹介する。
そして、杉谷のブリスベンでの自主トレの情報を聞きつけて、志願の参加を求めたのが、もう1人の主役、山崎まり。山崎は現在、JWBLの埼玉アストライアの最年長選手として活躍し、かつては女子日本代表にも選ばれていた女子野球界をけん引する名選手。昨年の杉谷のバンディッツでのプレー機会を仲介した人物に直訴して、NPB選手との海外合同自主トレが実現した。
取材3日前に、ブリスベンで合流するまでは全く面識がなかったという2人だが、取材当日にはかなり打ち解けていた様子。早朝からストイックに練習に打ち込み、共に心から野球を愛する者同士、響き合うことも多く、また同世代ということもあって打ち解けるまでにはほとんど時間を要しなかったようだ。
練習を中抜けしてもらっての1時間で2人を直撃。その時の様子を次のインタビューでお楽しみあれ。
山崎まり(やまざきまり)
プロフィル◎北海道出身。1989年11月17日生まれ。筑波大学(男子硬式)でのプレー後、日本女子プロ野球リーグのレイア(2013~14年)、埼玉アストライア(15~16年)、愛知ディオーネ(17年)を経て18年に埼玉アストライアに復帰。内野手、右投げ・右打ち。15年には最多打点、最多勝利打点、ベストナイン(三塁手)を受賞
杉谷拳士(すぎやけんし)
プロフィル◎東京都出身。1991年2月4日生まれ。帝京高等学校卒業後、2009年にドラフト6位で北海道日本ハムファイターズに入団。内野手、右投げ・両打ち。17年のオフ・シーズンには、オーストラリア野球リーグのブリスベン・バンディッツでプレー。自身のインスタグラムのフォロワーが27万人を超えるなど、球界随一の人気選手としても知られる
本紙独占
杉谷拳士選手・山崎まり選手インタビュー
相乗効果を生んだ合同自主トレ
――今回のコラボレーションが実現した経緯を聞かせてください。
山崎まり(以下、山崎):今年のオフにオーストラリアで野球をしたいと思っていろいろと調べていたら、杉谷選手のアテンドをしているDさんという方とつながりました。何かと手伝って頂いている中で「杉谷選手は今年、試合には出ないけど自主トレに来るから、もしそれに合わせて(ブリスベンに)来られるなら紹介できますよ」って言ってくださり、すぐに「杉谷選手さえ良ければ」と私からお願いしました。
杉谷拳士(以下、杉谷):女子プロ野球選手と練習すること自体が全くの初めてで、それこそどれくらい野球ができるか、どう一緒に練習をすれば良いかも全く見当が付きませんでした。なので、「もう任せる」と(関係者に)全部投げた感じです(笑)。
とはいえ、いろいろなことを一緒にやっていく中で、僕がまりさんから教わることがあるだろうし、僕から伝えられることもあると思いました。合同で練習をすることがお互いにとって良いに違いないと考え、今回の自主トレに至りました。
――ということは、2人は全く面識がなかったということですか。
杉谷:本当に(インタビュー)3日前に初めて会って、そこから、練習を含めて朝から晩までずっと一緒です。
――山崎選手の第一印象はどうでしたか。
杉谷:第一印象ですか。そうですね、純粋にプロフィル写真で見るよりは、とても奇麗な方だなと思いました(笑)。
山崎:(笑)。私は、キャッチボールの1投目がすごく緊張しました。初日は、本当にNPBの選手に見られていると思うと、1つひとつの練習の入りの度に緊張しました。でも、キャッチボールは緊張よりも楽しさの方が大きかったです。
杉谷:キャッチボールは僕の方が緊張してましたよ。どれくらいの力で投げて良いのかなとか。でも、ビュンビュン投げても全く問題ない。バッティングにしても、何ら(NPBの選手と)変わらないです。
――合流から3日経ってどうですか。さすがにウマが合わないとはここでは言えないでしょうが……。
(2人共に笑)
杉谷:女性とここまで行動を共にした経験がなかったので、緊張して、言葉遣いがものすごく丁寧になってしまいます。自分の力をまだ発揮できないので、100%の自分を出せていません。年齢もまりさんが1つ上で、僕はバリバリの体育会系ですから、まりさんリスペクトです(笑)。
山崎:(笑)。
――杉谷選手は、山崎選手を通して女子野球に触れることで選手としての引き出しが増えたり、新たな刺激を受けたりするものですか。
杉谷:もちろん、それはあります。体の使い方などは女性特有で、男子のそれとはとても違います。特に股関節の柔らかさが目に付きます。バッティングでの腕の使い方などはとてもうまいという印象で、そういったところを自分の練習に生かしたいと感じているところです。いろいろな人の練習方法や練習態度を見てきましたが、体の使い方に関しては女子選手ならではのうまさがあるので、すごく学ばせてもらっています。
――山崎選手は高校・大学と今までのキャリアを通して、男子選手に交じって練習をしてきたと伺っていますが、さすがに現役バリバリのNPBの選手とこれだけ密に練習をする経験は初めてですよね。
山崎:ここまで長い期間、しかもトレーニングだけでなく食事まで一緒にさせてもらえた機会はありませんでした。しかし、杉谷選手が気さくにたくさん話してくれるのでとても助かっています。会う前はやっぱりテレビの影響で「面白い人なんだろうな」と想像していましたが、最初に会った時に宿舎で入念に股関節の運動をしているのを見て、やっぱりシーズンを通して年間百数十試合も戦うNPBの激しい競争の中で1軍の出番を得続ける選手は違うなと感じました。
思い入れのある地からの野球発信と「野生化計画」
――今回のようなNPB選手と女子プロ野球選手のコラボレーションの実例が少ない中で、しかも女子選手が海外(ブリスベン)に出て練習するというのは初めてのケースだと思います。その歴史的な出来事が、2人にとって選手としてのキャリアにどう影響して、何をもたらすのでしょうか。
杉谷:今、全国的に野球人口が減っていて、北海道は特にそうだと聞いてます。まりさんは北海道出身で、僕も縁があってファイターズでプレーしているので、こうやってNPB選手とJWBL選手がコラボすることで、北海道の野球熱を高められればと思っています。また、こういうコラボレーションを知ることによって海外で練習したいと思う選手、違った環境に飛び出すチャレンジ精神を持つ高校生や大学生のような若い野球選手が増えていくことを願っています。
山崎:私も今回こういう形で、ブリスベンで合同自主トレをできて本当に良かったと思っています。今回の合同自主トレに関しては、2017年に杉谷選手がブリスベンの地でプレーをしていなかったら、仲介してくれた方とつながれなかったでしょうし、機会自体が生まれなかったと思います。こちらの大学(UQ)でも少し練習させてもらいましたが、オーストラリアは環境が整備され施設などもそろっているので、冬のトレーニング環境としてはベストだと思います。この地(ブリスベン)は、オフ・シーズンも楽しく野球をやれる場所だと、わずか3日ですが強く感じています。
――プロ野球選手の自主トレと言うと、気の合う選手同士でどこか暖かい所に集まってみたいなイメージがあります。今年の杉谷選手はそれとは一線を画して、自らが中心となりNPBではない選手との自主トレをブリスベンの地で行ったわけですが、どうしてなのでしょうか。
杉谷:気候も大事ですが、それ以上にブリスベン・バンディッツという昨年プレーをさせてもらえただけでなく、わがままも聞いてくれた球団に何か恩返しできることがないかなと考えていました。ブリスベンという街をもっと日本に発信して、バンディッツというチームとABLをもっと認知してもらいたいという思いも強くありました。そのため、今回来豪後の合同自主トレや現地での野球教室もそうですが、バンディッツにとにかく何か貢献したいという気持ちで過ごしています。ブリスベンという街も、バンディッツというチームも本当に大好きなので、今回の自主トレなどを通し何か還元できればという思いです。
――ブリスベンの日系コミュニティーとの野球を通じての交流なども持たれたのですね。
杉谷:昨シーズンのバンディッツの試合にも多くの日本人が観に来てくれましたし、その機会を通じて全く野球に興味がなかった子どもたちが野球に興味を持ってくれることがありました。今回の再訪で、1年ぶりに多くの人と再会する中でいろいろな感情がこみ上げてきました。自分でも本当にブリスベンが好きなんだと実感しています。
あと、やっぱりこの国は日系の間でも野球があまりメジャーじゃないので、もっと野球というスポーツをブリスベンから発信していきたいという思いがすごくありますね。だから、まりさんとも、ただトレーニングだけでなく、この機会に少しでも野球を広めることに取り組んでいます。
――杉谷さんは、本当にブリスベンが好きなんですね。
杉谷:ブリスベンの人だけでなく、温かい雰囲気、日本と違いおっとり、のんびりと流れる時間、そうした全てが好きですね。ブリスベンでの時間は本当に貴重なものです。誰にも気兼ねなく過ごせますし、ものすごく大切な時間です。
――契約更改の会見時にオフについて問われ、「野生化計画」と仰っていました。これにはブリスベンがすごく重要な要素として絡んでいる気がするのですが、その辺はどうですか。
杉谷:もちろんですよ。それがメインです。ブリスベンに行くのはその時に既に決まっていましたし、本当は「野生化in Brisbane」と言おうかと思ったのですが、ファイターズは北海道のチームなので、そこまでブリスベン愛を全面に出すわけにもいきませんでした(笑)。冗談抜きで、東京生まれ東京育ちの僕にとって、人生が変わった北海道が第2の故郷で、その次がブリスベンというくらいに愛があります。
そこでの野生化計画の意図は、身体能力で野球をしてきた自分の本来の強みである瞬発力をもっと高めたいと思った時に、思い起こしたのがカンガルーなんですよ。あのパーンっといった感じの瞬発力が好きなんです。
山崎:まさに、今回のトレーニング・メニューが「野生化計画」そのものです。私は杉谷選手とは違って瞬発力が弱く、そこを強化するメニューを入れてくれるので、すごく勉強になっています。
杉谷:まりさん、ものすごく根性があるので、僕がちょっとやめようかなって感じでも「ほら、行くよ、練習するよ」ってグイグイ引っ張ってくれるから、本当に来てくれて良かったです。まさに「野生化計画」にうってつけの人物です(笑)。
充実の2019年シーズンへ
――食事や観光などオフの時間も満喫しながらオーストラリアでの生活を楽しんでいますか。
山崎:ビーフがとてもおいしかった。スーパーで普通に買って焼いた肉でもすごくおいしく頂けました。
杉谷:まりさんを連れていくとしたらレストランとかじゃなくて、この街の街並みですね。ブリスベンって街がめちゃくちゃ奇麗じゃないですか。僕の思い出の場所、シティーの人口ビーチなど良いですね。
――そこにはどのような思い出があるのですか。
杉谷:昨年、現地のアテンドをしてくれているD君と2人でピチピチの服を着て歩いていたら、どうもそっち系に誤解されたみたいな……(笑)。やっぱり、まりさんをお連れした方が絵にもなりますよね。ただ、2人だけで行っちゃまずいので、D君や他の皆と一緒に(笑)。
――その様子もインスタグラムに上がってきますか。
杉谷:そうですね。昨年は試合で結構忙しかったので、今年は練習をしっかりやって、終わったらブリスベンの街並みをもっと見て、インスタグラムに上げていきたいですね。
――総領事館にお願いして、お2人に「ブリスベン親善大使」になって頂きたいくらいです。
杉谷:広めますよ!まりさんにも、もう少し長くいてくれれば、もっとブリスベン好きになって帰ってもらえる自信がありますから。
――山崎選手に伺います。NPBに比べて、まだまだ安泰からは程遠い現実があると思いますが、JWBLの将来をどのように捉えていらっしゃいますか。
山崎:女子プロ野球が始まって2019年で10年を迎えますが、メジャー・リーグには150年を超える歴史があった上で今があることを考えると、私たちは本当に長い歴史の最初の1歩を歩んでいるような段階です。そこで私たち現役選手としてできることは、野球の楽しさを人に伝えること、あとは女子野球の技術のレベルを少しでも上げることだと思います。今はそれを一生懸命やっていきたいです。
――最後にお2人の2019年の抱負を聞かせてください。
杉谷:もう若手ではなく、中堅としてチームの中で「こういう働きをして欲しい」という特定の役割を与えられる立場になっています。そのため、監督からのどんなリクエストにも応えられるように準備をして毎試合に臨むつもりです。チームは昨季3位に終わりましたが、リーグ優勝の喜びをもう一度味わいたいです。個人的にはセカンドのポジションにこだわって、レギュラーを勝ち取り、また気持ち良いオフをブリスベンで迎えたいと思っています。
山崎:私は、2019年にはキャリア・ハイの成績を狙います。プロ野球選手である以上は、1年の結果が野球人生に大きく関わってくるので、今年のオフはこうやって外国まで来て自主トレをやったということも含めて、来季に全てを懸けて臨みたいと思っています。そして、来季が終わった時点で「もっと野球をしたい。また、オフにオーストラリアで野球をやりたい」と思えれば良いなと思っています。
――本日はありがとうございました。
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