来豪特別インタビュー
華道家
假屋崎省吾さん
所作が美しい人とはこういう人を意味するのだろう。花を慈しむように扱う優雅な手先の動き、そこには一切の心の迷いがないように見える。御年60歳、「やりたいことが尽きない」と語る假屋崎省吾さんは、独特の世界観で華道の枠を超えた芸術作品を生み出す。それは、日本的でありながらも大胆な色彩を持った作品に仕上がり、国境を越え多くの人の心を虜にする。昨年12月に来豪した假屋崎さんに日本を代表する華道家になるまでの紆余曲折、人生観について伺った。(取材・文=大木和香)
美しいものに満たされた時間を人と共有する
――メルボルンでの作品について教えてください。
プラーン・マーケットのライブ・パフォーマンスと、在メルボルン日本国総領事公邸で行われた天皇誕生日祝賀会のために昨年12月、初めてオーストラリアに来ました。花市場を回り、天皇家の象徴の菊などの日本的な花を選び、オーストラリアのネイティブ・フラワーと組み合わせて、日本らしい作品を作りました。天皇陛下御在10周年の時も日本で大きな花を生けさせて頂いたのですが、今回は平成最後の天皇陛下の誕生日祝賀会ということで、この場に来られたことを日本人として大変光栄に思います。
――パフォーマンスでは作品の後ろ側から花を生けていくのですね。
「後ろ生け」という、出来上がりの正面をお客様に見せる形で、花器の後ろ側からお花を生けていく方法です。技術的には難しいのですが、皆様へのおもてなしの気持ちで生けています。また、BGMに自分が演奏したピアノの曲を流し、一連のショー仕立てにします。美しいものには共通の魅力があり、美しいものに満たされながら皆様と時間を共有することを目指しています。
――10分で5作品を完成させた、その早さに驚きました。
もう35年も経験を積んでいるので、早いと思います。その一方で、17年間続けている目黒雅叙園での展示会は部屋全体を花で飾るため、3日3晩掛かります。常に「空間」と「作品」との「融合の美」を考えながら、いろいろな角度から楽しめるように部屋ごとに雰囲気やイメージを変えて作ります。歴史的に価値のある建物で花を生けさせて頂くのが好きで、それが私のライフワークになっています。
――作品のインスピレーションはどこから得るのでしょうか。
日常の生活の中からです。メルボルンは緑が多く歴史的な建造物と近代的な建物のコントラストが印象的ですね。そういった街の建築物にもインスパイアされます。さまざまなアンテナを張りめぐらせていると、それが自然と自分に返って来ます。私が興味を持つ対象は少し特殊なので、それが血となり肉となり細胞に刻まれ、何かやりましょうとなった時に、それらが組み合わせることで独自の世界を表現できているのだと思います。
「見ざる、言わざる、聞かざる、関わらざる」が信条
――独特の世界観やスタイルは、昔の日本では受け入れられなかったのではないでしょうか。
そうですね。いけばなの世界は伝統と年功序列もあり、好意を持って接してくださる人、その真逆で敵意をむき出しにする人もいるドロドロとした世界で生きてきました。そういったものの全てが自分の栄養になっています。最初からもてはやされたわけではなく、そのお陰で「何が本物で何が偽物か」が分かったし、美しい心と醜い心の持ち主も分かるようになりました。「見ざる、言わざる、聞かざる、関わらざる」は、自分の身を守るために大切にしています。
――華道の世界で35年間続けてこられた秘訣を教えてください。
人が大切だとつくづく思います。とても良い方々に出会い、チャンスも頂きましたが、中にはとんでもない悪魔みたいな人もたくさんいましたよ(笑)。でも、やはり人と人のつながりがとても大事で、今回、メルボルンでイベントをさせて頂いたのもすばらしい方々との出会いでつながっていったからです。
諦めても良い。苦労だけで終わる人生はもったいない
――人生やキャリアを模索している人に、アドバイスをお願いします。
ただ思い描いているだけではなく、実際に好きなことをやってみてください。好きなことは幾つもチャレンジし、ある一定の期間は諦めずにやってみること。でも、「ちょっと無理だな」と思ったら、さっと諦めて次を当たる。この世界はあまりにも壁がありすぎるとか、エベレストに登るくらい大変だとか、そんな具合だったら諦めて次に乗り換えるのも1つの選択肢です。
好きなのに一生苦労して、日の目を浴びない、浮かばれない、苦労だけで終わる人生はもったいない。趣味でかじっておく程度でも良いので、幾つか好きなことを見つけて同時にやっても良いと思います。決められたレールの上を進むのも人生だけど、自分の道を見つけたいと思うことはすばらしいことです。
――「諦めてもいい」は、救われる言葉ですね。
私は寄り道が好きなのですが、人生も寄り道があって良いと思っています。「これだけしかない」と思うと、他の世界もせっかくあるのに自分で切ることになります。打算的かもしれませんが、興味があることは平行してやりましょう。「諦めが肝心」と言うでしょ、だめだったら早くに見切りを付けて別の道を選んだ方が良い。花も一番先端に大輪の花を咲かせるために、他に生えてくる花を全部摘んで育てる方法と、「スプレー咲き」と言って最初に上の花を摘んでしまって、あちこちからいっぱい花を咲かせる育て方があります。それと同じで、大きな花を1つ咲かせるという人もいれば、たくさんの小さな花を咲かせる人もいる。人も同じ、人生はいくらでも花を咲かせることができます。
生涯現役、60歳は人生の折り返し地点
――人生や仕事上で大切にしていることは何ですか。
本物を目指し、誠意を持って分け隔てなく人に接することです。地位、国籍、性別、財産とか、そんなのは全く関係ありません。全て平等に真心を持って人に接することです。心と心がきらめくような、輝く、美しい心の持ち主とだけお付き合いしていきたいですね。
また、手抜きをせず一生懸命好きなことに打ち込み、積み重ねていくことで結果が出ます。私は着物やファッションのデザイン・プロデュースもしていて、珍しいところでは棺桶や骨壺もデザインしています。人生100年ですから、体力は落ちても精神的にはまだまだ60歳は折り返し地点だと思っています、生涯現役でやっていきます。
――読者の皆さんにメッセージをお願いします。
オーストラリアのネイティブ・フラワーやワイルド・フラワーは持ちが良く、丈夫なので、ぜひ暮らしにもたくさん取り入れてください。その他にもア―ティフィシャル・フラワー、インテリアや洋服にも花のモチーフがあるので、総合的に生活に取り入れて欲しいです。花は自分も楽しめ、他の方を楽しませることもできます。花の魅力を1人でも多くの方に感じて頂くことは、幸せへの近道だと思います。次回はちょっと余裕を持って、メルボルンに1週間くらいは滞在したいですね。必ずまた参ります。(12月6日、メルボルン・プラーンマーケットで)
假屋崎省吾(かりやざきしょうご)
華道家、假屋崎省吾花教室主宰。美輪明宏氏より「美をつむぎ出す手を持つ人」と評され、繊細かつ大胆な作風と独特の色彩感覚には定評がある。天皇陛下御在位10年記念式典・花の総合プロデュース、能・狂言や舞台美術などを多数手掛け、海外でも個展やデモンストレーションを精力的にこなす。オランダ・アムステルダムにあるゴッホ美術館やライデンのキューケンホフ公園、イギリスのロイヤル・オペラ・ハウス内フローラル・ホールなどを独特の感性で飾り、海外に新しい日本華道を紹介するきっかけを作った。また、花と歴史的建物をコラボレーションさせる個展も全国各地で開催し、愛媛県の松山城など日本の重要文化財において、華道を超えた芸術作品を作り続けている。更に近年は着物、ファッションなどのデザイン分野でも、類まれなる才能を多方面で発揮している。