税務&会計 REVIEW
EYディレクター
パトリック・ジャイルズ・ジョーンズ
プロフィル◎2017年シドニーでEY入社。日系企業を含む多国籍企業に対する移転価格業務において12年以上の経験を持つ。東京で6年間にわたり日本の移転価格業務を担当後、12年よりシドニーで豪州移転価格業務を担当している。製造業、各種サービス、通信、消費財、小売、商社など多岐にわたる業界を担当。日本語堪能
ATOの税務調査活動--調査現場の現状
大企業による適切な納税と税務リスク管理について確証を得ることを目的としたオーストラリア税務当局(以下、ATO)による上位1,000社タックス・パフォーマンス・プログラム(Top 1,000 Tax Performance Program)が開始されてから2年が経ちました。2020年6月までに1,000社の多国籍企業及び大企業について「簡素化されたアシュアランス・レビュー」(Streamlined Assurance Review)を行うとしていますが、現在までに調査が終了している企業数はまだ3分の1にも至っていません。その要因及び調査現場の現状について解説します。
租税回避タスク・フォース(TATF)の創設
上位1,000社タックス・パフォーマンス・プログラムは、2016年にATO内に創設された租税回避タスク・フォース(TATF)の活動の1つです。ATOは16~17年度連邦予算でオーストラリア政府から4年間で6億7,900万ドルの予算を受け、移転価格や国際税務の専門人材を採用しTATFを発足しました。
TATFは大企業、多国籍企業、富裕層納税者が適切な納税を行っているという確証を得るための調査プログラムや租税回避防止に向けたデータ分析などの活動に取り組んでいます。上位1,000社タックス・パフォーマンス・プログラムの他に、非公開企業グループについても上位320社を対象としたプライベート・グループ・プログラムを進めています。これらのTATF活動は、経済協力開発機構(OECD)が推奨する「Justified Trust」(裏付けのある信頼関係)のコンセプトを基盤としており、企業が適切な税務リスク管理と納税を行うために「税務コーポレートガバナンス体制」を確立し、維持、運営していることが重要であるとしています。
上位1,000社を対象としたレビュー・プログラムは「Streamlined Assurance Review(SAR)」と称され、4カ月で終了する簡易的定型レビューとして実施されています。年間売上高が2億5,000万ドルを超える大企業・多国籍企業を対象としていますが、実際には、売上高が基準値を下回る企業がレビューされている事例もあり、選択されている1,000社のリストは公表されていません。
SARでは原則として、1~2回の情報提供依頼書(RFI)が発行され、レビューの完了前に最低一度ATOレビュー・チームと納税者間のミーティングがあります。4カ月で終了するべきレビューが、RFIが2度以上、ミーティングが数回、と長引くものもあり、レビューでATOが問題視した事項について正式な税務調査に発展するケースもあります。
当初のSARにおけるものと比べて最近のRFIは質問数が増加している傾向も示唆されており、対象となる可能性の高い企業は、自主的にATOとSAR開始時期について相談をすることも検討すべきです。SAR開始のタイミングについて、期末決算やM&Aなど重要取引と重なる場合には、開始時期をずらす交渉も行われます(図)。
図. Streamlined Assurance Reviewの流れ
ATOが18年6月末終了年度に完了したレビューは約200社であり、「20年6月末までに1,000社」のターゲットを達成するために、19年6月末終了年度中に更に約400社、20年6月末までに約400社をレビューすると発表しています。レビューの件数が計画よりも伸びていない理由としてATOが要求する情報量が膨大であること、またATO内におけるレビュー手続きの非効率性などが挙げられます(表)。
表. 最初のRFIで要求される情報のリスト
分野 | 質問・情報提供依頼の項目 (一部) |
---|---|
財務諸表と税務申告の整合性 | ○財務諸表と税務申告書の整合性 ■課税所得計算書及びワーク・ペーパー ■試算表 ○税務申告に関わる各ワーク・ペーパー ■国際取引スケジュール ■キャピタル・ゲイン税スケジュール ■繰越欠損金スケジュール ■減価償却計算 ■フランキング・クレジット ■金融取引課税規定 (TOFA) 上の益金・損金 ○税効果会計 ■重要な永久差異の内訳 ■繰延税金資産・負債に影響する重要な項目の内訳 ■繰延税金資産・負債の修正及びその理由 ■実効税率計算 ○税制上の選択に関わる詳細 |
税務ガバナンス及びリスク管理 | ATOのガイダンスに基づいて、以下に関わるアプローチの説明: ■ギャップ分析の実施 ■自己査定及び内部レビューのプロセス ○内部・外部のレビュー ○税務ガバナンス体制 ■税務管理に関わるポリシー文書、マニュアル、その他の内部書類 ■役員の役割及び責任の詳細 ■税務ガバナンス体制及び取締役会への報告プロセス ■税務申告作成に関するプロセス ■税効果会計に関するプロセス ■重要な取引に伴う税務上のリスクの管理に関わるアプローチ |
重要又は新たな取引 | ○グループの資本関係図 ○新事業及び取引に関わる詳細 ○組織再編に関わる詳細 ○買収及び売却に関わる詳細 ○国外関連会社(CFEs) ○支店または恒久的施設(PE) ○移転価格文書 ○国外関連者間取引に関わる契約書 ○直接及び究極親会社の財務諸表 ○繰越欠損金 |
公表されている税務上のリスク | ○不確実な税務上のポジションに関わる報告義務(RTP) ○申告漏れまたは誤り ○研究開発(R&D)タックス・インセンティブ ○ハイブリッド取引・エンティティー ○その他 |
ATOは、これらの情報は納税者の手元にあると考えており、28日間以内の提出を求めています。ただし、内容をよく見ると本社またはその他の国外関連者から入手する必要がある情報もあります。SARは通常過去4年について行われるため、情報も4年分必要となり、企業にとっての負担は非常に重いと言えます。
納税者は決められている期間内に情報提出が求められますが、ATOのレビュー期間は比較的緩くなっています。右記の図(Month4)によると、全ての情報を提出してから3~4週間後までにレビュー結果が通知されると予定されています。ところが、多くの場合結果が出されるまで1カ月以上掛かっています。これには、全てのケースについてTATFのパネルによるレビューが必要という現状があり、ATO内のスケジュール調整が難しいため、パネル・レビューが終了するまで待たされる場合が多いようです。
SAR対策
上記を考慮の上、今後SARの対象となる可能性のある企業は、より円滑にレビューを進めるために以下のアクションが重要です。
- 基本的な税務情報(表を参照)をあらかじめに用意すること
- 税務ガバナンスに関わるギャップ分析をATOのガイドラインを参照の上、事前に行い、ATOレビュー開始前までにギャップを改善すること
- ATOミーティング用の事業説明資料(パワーポイント・スライドなど)を準備すること
こういった取り組みを事前にすることにより、ATOに対して税務に対するガバナンスが充実している印象を与え、Justified Trustに向けてまさしく信頼できる納税者の姿勢を示すことになります。
※この記事は出版時の時点で適用される一般的な情報を掲載しており、アドバイスを目的としたものではありません。
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