オーストラリアのアート業界で活躍中のコラムニスト・ルーシーが
オーストラリアを中心に活躍するアーティストと彼らの作品をご紹介。
第5回 ベン・クイティー(Ben Quilty)
「Fairy Bower Rorschach」
ベン・クイティーは、オーストラリアで称賛を浴びているアーティストの1人だ。1973年にシドニーで生まれた彼は、シドニー・カレッジ・オブ・アーツとウェスタン・シドニー大学でアートを専攻。2011年、戦場画家としてアフガニスタンに駐屯し、多くの戦闘と兵士の様相を描き続けた結果、肖像画部門でアーチボルド賞を受賞し、その名を国内だけではなく海外にも轟(とどろ)かせた。
そんな彼の作品は、抽象的なイメージを厚みのある油絵で表現するスタイルで、イギリス人画家フランシス・ベーコンやルシアン・フロイドなどの偉大な画家を思い出させる。多くの作品には、社会や政治に対する彼の強い思想が反映されてる。彼の社会的知見は深く、まるでジャーナリストとして活躍したピューリッツァー賞受賞作家がペンを執る代わりにキャンバスに表現の場に移したかのようだ。つまり、彼の作品には歴史的、人物的な背景が色濃く表現されているのだ。
“Fairy Bower Rorschach”では、彼の故郷、ニュー・サウス・ウェールズ州サザン・ハイランドの近くにある“Fairy Bower”という滝を8枚のキャンバスで表現している。スイスの精神科医が考案した、ロールシャッハ・テスト(紙の上にインクを落とし、それを2つ折りにして広げることで出来上がる左右対称の図版画)という方法を用いて描かれたユニークな作品。ロールシャッハ・テストは人の深層意識を絵に投影する方法として心理学者が利用することから、同作はベンの感情が全面的に表現されている。
穏やかであり、自然の壮大さをも感じさせるこの滝は、1834年にアボリジニーが大量虐殺された場所でもある。残酷極まりない出来事を、彼はあえてよどみのある暗いトーンの美しさで描写することで、鑑賞者を絵に没頭させ、煌(きら)びやかな中に隠された真実を分析するように促している。ベンは「作品を通して、同情や共感だけではなく怒りや反抗心の気持ちをどのようにコントロールし、この世を生き抜くかを伝えたい」と語る。社会で起こる事象に対しての感情を正しく捉え、各自がどのように生活していくべきなのか、彼は常にそれを作品を通して鑑賞者に問い掛けている。
同作は、3月2日~6月の第2週目までサウス・オーストラリア州立美術館で行われるクイティー展で展示される。その後、クイーンズランド・アート・ギャラリー及びニュー・サウス・ウェールズ州立美術館で順次展覧会が催される予定だ。
■Web: www.agsa.sa.gov.au/whats-on/exhibitions/quilty
■Instagram: agsa.adelaide
ルーシー・マイルス(Lucy Miles)
オーストラリアと日本のアート業界で25年以上の経歴を持つ。クイーンズランド・カレッジ・オブ・アート並びにグリフィス大学でファイン・アート(ペインティング)の美術学士、クイーンズランド大学では美術史の優等学位を取得。現在、QLD州のサウスポートを拠点にファイン・アート・コンサルタントとして活躍中。
■Email: luceartbrands@gmail.com
■Web: www.luceartbrands.com.au
このコラムの著者
ルーシー・マイルス(Lucy Miles)
オーストラリアと日本のアート業界で25年以上の経歴を持つ。グリフィス大学で美術学士、クイーンズランド大学では美術史の優等学位を取得。現在、オーストラリア・クイーンズランド州を拠点にファイン・アート・コンサルタント及び美術鑑定士として活躍中。
■Instagram: @lucymilesfineart
■Email: lucymilesfineart@gmail.com