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豪州・インドネシア自由貿易協定の締結

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豪州・インドネシア自由貿易協定の締結

ナオキ・マツモト・コンサルタンシー:松本直樹

豪州と隣国のインドネシアとは、過去6年以上にわたって2国間自由貿易協定(FTA)の交渉を重ねてきたが、3月4日、両国の貿易大臣がインドネシアの首都ジャカルタにおいて、豪・インドネシア包括的経済パートナーシップ協定に調印している。

自由貿易協定の調印

豪・インドネシア包括的経済パートナーシップ協定の調印式の様子(Photo: AFP)
豪・インドネシア包括的経済パートナーシップ協定の調印式の様子(Photo: AFP)

両国政府間で調印された自由貿易協定(FTA)の「自由度」は、これまでに豪州が締結してきた、例えば米国、韓国、日本、そして中国とのそれに比べると、やや劣るとされる。ただ、豪州の対インドネシア輸出品の99%に課されている輸入制限、すなわち、関税は低減もしくは撤廃され、また他の輸出規制も撤廃されることとなる。それによって、とりわけ豪州の農産物品目の輸出が大きく拡大することが期待されている。

またサービス分野でも、豪州企業のインドネシアへの進出、事業展開が容易となる。更に両国FTAを通じて、単に経済・貿易分野だけでなく、安全保障分野、国民の間の交流といった、要するに豪州にとって重要かつ影響力のある隣国インドネシアとの、戦略的互恵関係が構築されるものと期待されている。

ところで今回の協定は、実は昨年の11月に調印されることが確実視されていたものである。ところがモリソン首相が、ウェントワース連邦下院補欠選挙対策もあって(注:ターンブル前首相の政界引退に伴い実施)、エルサレムをイスラエルの首都と認める可能性に触れたことから、イスラム国のインドネシア側が強く反発し、延期されたという経緯がある。それだけに、とりわけ豪州側の関係者は、安堵に胸を撫で下ろしている。

保守連合と自由貿易協定

保守連合、というよりも自由党は、以前より貿易自由化促進の「ビークル」としてのAPECには失望感を抱いており、「マルチ」、すなわちWTOの自由貿易枠組みを一応基幹にするとはしつつも、労働党よりも2国間交渉の重要性を強調してきた。画期的であったのは、ハワード保守連合政府時代の「2003年外交・貿易白書」の中に盛り込まれた、いわゆる「競争的貿易自由化」なるコンセプトであった。

これは従来の「バイ保険論」、すなわち2国間自由貿易協定(FTA)のメカニズムは、あくまで「マルチ」を補完するもの、あるいはマルチ交渉が成果を上げられない場合に備えた「保険」、との姿勢から飛躍した、「バイ」追求のための積極的な理論武装であった。具体的には、「マルチ」「地域」「バイ」交渉を同時並行的に実施することは、いわば互いが「切磋琢磨」する結果となり、より高い自由化が達成できるとの論理を展開しつつ、ハワード政府は「バイ」の意義を強調したのである。

実際に保守政府は、米国とのFTA締結に成功している。また、13年9月に誕生したアボット保守連合政府は、「これまで滞っていたビジネスに邁進する」「豪州は(外国)ビジネスに門戸を開いている」とのスローガンを掲げつつ、政権の発足当初から、貿易分野で積極的な姿勢を見せてきた。そして首相に就任した直後の翌10月に、アボットは、労働党前政権下でほぼ膠着状態に陥っていた3つの重要なFTA交渉、すなわち中国、日本、韓国とのFTA交渉を、1年以内に妥結させたいと豪語している。

ただ韓国はともかくとして、1年以内に日本と、いわんや中国とまで妥結するのは、さすがに困難と予想する向きが圧倒的であった。ところが宣言通り、アボット政府はちょうど1年程で、3目標を達成することに成功している。すなわち、14年の11月17日に、主要20カ国・地域首脳会議(G20サミット)に出席していた習近平・中国国家主席が、キャンベラの連邦下院議場で、両院議員を前にして演説したが、同日、両国政府は、ほぼ10年間に及んだ交渉を経て、豪中2国間自由貿易協定(FTA)が妥結したことを公表したのである。

韓国、日本に続いて中国と、3カ国との間でFTAを締結したことは、間違いなくアボット政権の代表的な実績の1つとなった。重要3カ国とのFTAが妥結した背景には、上記の「競争的貿易自由化」が3カ国「バイ」交渉の中でも作用した、換言すれば、同時交渉が交渉3カ国を相互に「牽制」し合って、これが早期妥結につながったとの事情があった。

ただ忘れてならないのは、やはり自由党のロブ貿易大臣(注:既に政界から引退)の手腕、功績によるところが大であった点だ。ちなみに、伝統的に運輸、農林水産、そして貿易といった、地方在住の第1次産業従事者層、すなわち国民党の支持基盤と密接に関係した閣僚ポストは、自由党と連立する国民党の「指定席」であった。伝統を覆して貿易相にロブが就任した結果、保守連合政府の貿易政策がより自由貿易志向となり(注:国民党は保護主義的メンタリティーを持つ。また国民党議員が貿易相であった場合は、農業産品交渉はより難航していた公算が高い)、これが韓国と日本ばかりか、中国との間でもFTAが締結されるという、貿易交渉の大成功の要因となったのである。

ただ附言すれば、豪中FTA交渉における中国公的企業の対豪投資についての決定は、当時のジョイス農水大臣(兼国民党副党首)を筆頭とする国民党の得点であったと言えよう。

労働党と自由貿易協定

これに対して、自由貿易問題における労働党の立ち位置だが、労働党も「バイ」の枠組み、すなわち、2国間自由貿易協定(FTA)自体については認めている。ただ、外交分野において国連の意義を強調してきたように、以前より、最優先すべきは「マルチ」のWTOで、次がAPECなどを通じた地域貿易枠組み、そして「バイ」は最下位と明言してきた。しかも、地域貿易取決めは、WTOの取決めに付加的価値を与えるもの、また2国間取決めは、その地域間取決めに付加的価値を与えるものと述べるなど、これまで「バイ」に関しては、相当に高い要求水準、要件を設定してきたという経緯がある。実際に、ハワード保守政権が熱心に「バイ」を追求していたことに対しては、保守連合は非差別的取り決めを目指すマルチ交渉と、差別的取り決めを行うバイ交渉という、矛盾した路線を並行的に実施しようとしており、その結果、重要なマルチ交渉が阻害され、また小国は不利な条件を強いられると批判していた。さらに労働党内には、差別的取り決めの「バイ」の強調は、第2次世界大戦の一因ともなった封鎖的経済ブロックの現出につながる、とまで主張する向きすらあった。

こういった労働党の「バイ」軽視のスタンスも、さすがに07年11月に政権党となってからは、WTOドーハ・ラウンドが遅々として進まなかったという事情もあって、やや軟化したが、労働党の「マルチ」重視の姿勢は明白であった。労働党は「バイ」を容認はしてきたものの、その姿勢は決して積極的なものではなかったのである。

それを如実に示したのが、ハワード時代に締結された豪米FTAについて、労働党が反対の立場を通したことであった。こういった労働党の姿勢は、現在のショーテン野党労働党にも踏襲されている。実際にショーテン野党は、豪州に莫大な利益をもたらすこととなった豪中FTAにも難癖をつけ、既に2国政府間で合意済みであった内容の修正を要求し、そのために中国政府と再交渉すべき、とまで主張していたという経緯がある。

労働党の消極性の背景には、2国間自由貿易協定に反対する労働組合の要求、圧力と、労組の党内影響力の強さ、そしてショーテンの党内支持基盤が、大労組に強く依存しているとの事情があった。その労組が、「バイ」への反対理由として掲げてきたのが、第1に、「投資家対国家の紛争解決条項」(ISDS)(注:紛争に際し、投資家がFTAの当事国である受入れ国に対して、請求を行うことを可能にする追加メカニズム)の存在による、豪州の主権が損なわれる恐れであり、第2に、FTA締結相手国の労働者が豪州国内で搾取される危険性であり、第3に、FTA締結相手国の労働者によって、国内の豪州人労働者の職が奪われる懸念である。

その中でも労組にとって最重要なのが、第3の豪州労働者の「職の安全/保障」であるのは論を待たない。豪中FTAの内容に対するショーテンの「難癖」も、当時の豪州の一時就労査証であった、「457査証」に絡むものであった。457査証制度とは、即効性が高く、しかも技能労働者の国内需要に応じて短期かつ小まめに発給数を調整できるという、労働市場の「安全弁」としても極めて便利な制度であった。ところが労働党は、豪中FTAでは457査証制度が骨抜きにされることから、中国の投資による豪州国内の大プロジェクトには、中国人技能労働者が大量に流入し、豪州技能労働者の職を奪うばかりか、賃金といった国内労働条件の低下にもつながると主張、警告したのである。

この主張の背景には、457査証制度については、一貫して批判的な労組の存在があった。いずれにせよ労組は、国内労働者を守るため、雇用者が外国人労働者を採用する前に、雇用者に厳格な「雇用市場テスト」を実施させて、適当な国内労働者が活用できないことを、まず徹底的に確認させるべきとの立場である。ただ、労組の豪中FTAに関するさまざまな主張は、事実に反するものであったし、少なくとも労組の利益のみに集中した、換言すれば、豪中FTAが豪州にもたらす甚大な経済的利益、国益を無視した、それどころか国益に反するものであった。

ショーテン労働党は労組の主張をそのまま受入れて、2国間交渉が妥結した後に、同FTAの修正交渉を要求していたわけで、これは労働党の経済運営能力ばかりか、外交能力にも重大な疑問符を付けるものであった。

自由貿易協定の行方

実のところ、豪州とインドネシア間で調印されたパートナーシップ協定の行方には、やや不透明感が漂っており、少なくとも両国議会で批准され、そして関連国内法が整備されるまでには、一定の期間を要するものと予想されている。その理由は、まずインドネシア側の一部に、同協定がやや不公平なものとの見方があることだ。他方で、ショーテン労働党は、次期連邦選挙で政権の座に就いた暁には、国内労働者の職の安全/保障のために、インドネシア政府と再交渉を行うことを示唆している。

中国との再交渉要求が野党時代に行われたもので、従って特段大きな障害とはならなかったのに対して、仮に今年の5月と予想されている次期選挙で、労働党が勝利した場合には、政権党が再交渉要求を行うこととなる。次期政権が労働党となる公算がかなり高いことに鑑(かんが)み、今回調印された豪・インドネシア自由貿易協定が再交渉される可能性、あるいは、再交渉をめぐって両国関係が齟齬(そご)を来たす危険性も否定はできまい。

最後に、豪州における批准手続きに関し附言すると、立憲君主制度を採用する豪州では、条約締結権は国家元首であるエリザベス女王の専権、大権事項の1つとされている。その女王の豪州における名代が連邦総督であることから、成文憲法上は条約締結権も連邦総督の専権事項となる。従って条約については、連邦総督の承認があれば法的にも十分で、批准を必要とする条約であっても、実のところ議会での承認を求める必要はないとされている(注:ただし行政府は、慣行として、豪州が当事国となる全ての条約を議会に通知している)。

ところが周知の通り、豪州憲法で規定された連邦総督の強大な権限にしても、憲法慣行上はあくまで首相の助言に基づいて初めて行使し得るもので、連邦総督とは一般には「判を捺すだけの人物」、あるいは儀礼的な存在に過ぎないとされる(注:ただし総督にはいわゆる「留保権限」という、潜在的には重大な権限が「担保」されているが)。そのため結局のところ、条約締結権は行政府に属するということになる。

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