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【WH日記】豪華客船で働く鍼灸師、理想の自分に向かって – 中川元さん

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みんなの「ワーホリ・ダイアリー」

豪華客船で働く鍼灸師、理想の自分に向かって

第61回 今回登場のワーホリ・メーカーは?

中川元さん


1987年まれ・神奈川県出身
大学卒業後の20代半ばで国家資格取得を目指し鍼灸・あん摩マッサージ指圧師の専門学校に進学。卒業後は鍼灸専門学校で教員免許取得。在学中に船上鍼灸師の仕事を知り、そこでの就職を目指し語学学校へ。語学力向上を目的にワーホリ制度を利用し2018年8月に来豪。シドニー、メルボルンを経て現在パースでマッサージ師として活動中


WA州パースを拠点に、あん摩マッサージ指圧師として出張施術の活動を行う中川元(げん)さん。「手に職は本当にありがたいことで、マッサージのみで生活ができています」と現在の充実ぶりを口にする。ただ、そんな充実した生活も、ブレずに持ち続けている夢の途上でしかない。

中川さんがあん摩マッサージ指圧師の道に進んだのは、同じ資格を持つ父親からの影響によるものだ(中川さんは鍼灸(しんきゅう)師の国家資格も所持)。生業ではなかったものの、中川さんが幼かったころの家族旅行で祖父母にした肩もみに素質を感じ、大学受験を控えたタイミングで専門学校への進学を勧められたのだという。しかし、「親から勧められたら反発したくなった」と語る本人は4年制大学に進学、卒業後は飲食業で仕事を始めた。

社会人になり3年弱が経ったころにその仕事を退職。そこから次の仕事を考える中であん摩マッサージ指圧師の道を改めて目指す気になり、国家資格取得のため専門学校への進学を決意した。一度は反発し避けた道を歩み始めようと思った理由をこう語る。

「小学生のころ、交通事故の影響で2カ月ほど入院していたことがあります。その時に医療に助けられたと感じ、以来、医療に恩返しをしたいという気持ちがあったんです」

専門学校2年次のこと、中川さんは将来のビジョンに大きな影響を与える1つの重要な出合いを果たす。豪華客船での鍼灸の仕事に関する求人広告だった。海外での仕事に憧れがあったため、その求人は魅力的なものとして映った。また、在学中の2016年秋に茨城県つくば市で開催された「世界鍼灸学会」で、実際に船上鍼灸師として活躍していた人物に会ったことで漠然としていた憧れは夢へと変わった。

専門学校卒業後、鍼灸師の教員免許取得の学校と併せ、船上鍼灸師を目指す第一歩として英語を習得すべく語学学校に通い始めた。しかし、語学学校に通い始めて1年が経ったころ、語学習得の壁にぶつかった。初歩的なレベルから勉強をスタートしたそうだが、中川さんは当時の状況について「英語力の成長を全く感じられずにいた」と話す。夢をかなえるために何かを変えなければいけない――。そう考えていた矢先、シドニーでのマッサージ関係の求人をインターネットで見つけ、勢いで応募。ワーキング・ホリデー・ビザの手続きを行い、18年8月末に来豪した。

求め続けた理想の環境

英語力の伸び悩みに対する危機感から勢いでシドニーに降り立ったが、同地での滞在はわずか2カ月しか続かなかった。

「応募したシドニーでの職場のスタッフは全員日本人で、来院する人も日本人が多かったんです。職場は自分が望んだような英語環境ではありませんでした。ワーホリ中は比較的、移動が自由にできることを考えた時に、ここは違うと思いメルボルンに移りました」

メルボルンに移ると、マッサージのチェーン店で働く傍ら、有資格者とクイーン・ビクトリア・マーケットに共同出店した店舗で日本式マッサージ・あん摩を観光客や地元の買い物客に提供、マッサージの出張施術も行った。異国での生活はすっかり軌道に乗ったように思われたが、それでも中川さんの理想とする状況とは開きがあった。その理由を「居心地が良すぎた」とひと言。続けてこう話す。

「メルボルンでは、日本人の数がシドニーに比べると少なく英語を使う機会は増えたのですが、職場に日本人スタッフがそれなりにいたのと、英語を話せるスタッフにサポートしてもらえていたので自分が英語で対応する必要性が低かったんです」

そして、メルボルンでの滞在が3カ月ほど経った2月下旬に現在の拠点パースに移動した。求めたものは、あくまでも確かな英語力を身に着けるための最適な環境だった。

パースに生活拠点を移してからは、個人で出張施術を行う傍ら、日本人スタッフのいないマッサージ店で働くワーク・スタイルに切り替えた。そのため、今では受注の電話から施術中の会話まで仕事に関わる全てを英語でこなすようになった。

「英語の発音がまだ日本人特有と思えるもので相手に話が通じないことがよくあります」と課題を語るが、「今日はうまく意図を伝えられた、伝えられなかったと、そんな積み重ねを続けられています」と日々の手応えも口にする。

今後の予定については、語学の習得状況次第でワーホリ後に学生ビザへの切り替えも考えているという。ただし、その先に見据えるものは変わっていない。

「豪華客船での鍼灸の仕事を目指す気持ちはブレていません。とにかく一度乗ってみたいと思っています」

自らの理想を実現するための一貫した姿勢と共に、中川さんはこれからも歩み続ける。

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自薦、他薦は問いません! 「推薦理由」など、詳細をお書き添えの上、編集部(nichigopress@gmail.com)まで。

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