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在りし日のシドニー・フィッシュ・マーケット

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出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記

出倉秀男の日本料理と歩んだ豪州滞在記
~オーストラリアでの日本食の変遷を辿る~

其の弐拾四:在りし日のシドニー・フィッシュ・マーケット

「景山」での仕事をスタートさせると、食材の調達などの行動範囲を広げるために、まず車が必要と思い、中古のミニのライトバン(ミニ・クーパー)を購入しました。当時、新車は今以上に高級な物で、ほとんどの人は中古車に乗っていました。また、ちょっとした修理は自分たちで行い、古い車でも愛着を持って楽しんで乗っていました。街でよく見掛けたのはオーストラリア産のValiantやHolden、また、イギリスなどからの輸入車でした。私も、大きいValiantに憧がれて、一度、手元に置いたことがあります。

キリビリから、フィッシュマーケットへ向かうにはハーバーブリッジを渡りますが、当時、料金所には人が立っていてコインを手渡ししていました。そして軽くあいさつをしハーバーブリッジを通り抜けます。車の量も今ほど多くなかったので、そのようなことが可能だったのでしょう。その後は、コインを料金箱に投げ入れるシステムが導入され、車の渋滞が更に増えたことで今のようなシステムになりました。シドニーはハイウエーが充実し便利になりましたが、月々の高速料金の請求書が届くとその高さに驚くこともあります。

フィッシュ・マーケットまでは、シティーを抜け、ヘイマーケットを通り過ぎ、ハリス・ストリートから、ピアモントに向かいます。フィッシュ・マーケットに入る右手には、大きなコンクリートの会社があり、鮮魚を扱う市場とのバランスに違和感を覚えました。そのころは市場に近づくにつれ、今以上に強い生魚の匂いを感じたことを覚えています。

当時のマーケットには、市場の隣の桟橋に古い釣り船がまばらに横付けられるなど、ちょっとしたヨーロッパの田舎町の漁村を思わせる雰囲気がありました。駐車場は今の半分もなく、塩水によりはがれたコンクリートの床はがたがたで、その穴に、雨が降ると水がたまりました。特に夜明け前の薄暗い時は、水たまりをよけながら歩かなければならず、快適とは言い難かったです。市場では今は名前は残っていませんが、RuleroとJohnという店が競い合っていました。また、今でも続くManettas、冷凍専門のPoulosはまだ小規模でした。

店内は電球に照らされているものの薄暗く、フロアーには氷を敷き詰めた箱が置かれ、その中に魚が並べて売られていました。シドニー・フィッシュ・マーケットは1945年までは、ライセンスを持った漁師だけが、ヘイマーケットのフィッシュ・マーケットへの出荷を認められていましたが、それ以降になると、NSW政府が新たにthe Fisheries and Oyster Farms Actという条例を設け、シドニーでの鮮魚市場におけるライセンスを新しく設置しました。そして94年には、フィッシュマーケットの各店が株主になり、NSW政府との共同運営が始まりました。

魚のオークションでは、以前は、競り師が値段を出し、買い手が値段を上げていき、一番高く付いた値段で落札されていました。しかし、競売側による談合を避ける意味もあってか、今はダッチ・システムが取り入れられ、漁師が売りたい売り値価格からスタートし、値段を下げながら競り合う方式に変わっています。

日本にいたころには、家業を手伝う中で、父に運転を頼まれ、よく築地市場に出向いていました。隅田川にかかる勝どき橋の隣に東京の台所として、どんと構えていた巨大な市場には、仲買の店が数多くありました。大物、小物、まぐろ屋、刃物屋、道具屋、そして場外のつま屋などが入っていて、早朝から、魚を運ぶ「かるこ」たちの威勢の良い声、店主と客との掛け合いなどが市場内に響き、市場は毎日活気付いていました。それと比べるとシドニーの市場は、オークションの時の掛け合い以外は、静かなものでした。

築地での買い出しの後、父はよく場内の行きつけの寿司屋に連れて行ってくれました。軽く一杯飲みながら、寿司屋の店主からその日の魚の競売情報を得たり、魚市場に関する雑談などをしながら過ごす時間が好きでした。シドニーのフィッシュ・マーケットには早朝から開いているミルク・バーがあり、ギリシャ系のファミリーが営んでいました。そのためギリシャ料理が多く、肉団子の料理やキャベツ・ロールのようなもの、ギリシャ・コーヒーなどもありました。また、オーストラリアのチコロールやミートパイも一緒に並んでいました。私の朝食スタイルはシドニーではギリシャ料理とミルク・シェイクとなりました。


出倉秀男(憲秀)
料理研究家。英文による日本料理の著者、Fine Arts of Japanese Cooking、Encyclopaedia of Japanese cuisine、Japanese cooking at home, Essentially Japanese他著書多数 。Japanese Functions of Sydney代表。Culinary Studio Dekura代表。外務省大臣賞、農林水産大臣賞受賞。シドニー四条真流文芸師範、四條司家師範、全国技能士連盟師範、日本食普及親善大使

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