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【今さら聞けない経済学】日本はもはや“技術大国”ではないという現実

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今さら聞けない経済学

日本や世界の経済ニュースに登場する「?」な話題やキーワードを、丁寧に分かりやすく解説。
ずっと疑問だった出来事も、誰にも聞けなかった用語の意味も、スッキリ分かれば経済学がグンと身近に。
解説・文=岡地勝二(龍谷大学名誉教授)

第49回:日本はもはや“技術大国”ではないという現実

はじめに:韓国とグアムの大学での講義

3月になって急に私の周りが忙しくなりました。と言っても何か「儲かる話」が降ってきたわけではありません。

実は、韓国の大学で教授をしている長年の友人から、「春休みで『暇そうだから』韓国の大学へ講義にいらっしゃい」と声を掛けて頂いたのです。「名誉教授」は、「暇な教授」ではありません。私はちゃんと仕事をしています。しかし長年の友人からの招待だったので喜んで韓国の大学へ講義に行くことにしました。

韓国では、総合政策大学院大学(KDI)と、漢陽大学の2つの大学で講義をしました。韓国へ行くに当たって、私の周りの友人は「今、韓国へ行かない方が良いのでは?日韓には複雑な問題があるのでは?」と忠告してくれました。しかし「友人との約束は鋼より硬し」ということで、私は韓国での講義の依頼に喜び勇んでいました。思った通り、韓国の大学では「日韓の軋轢(あつれき)」はみじんも感じられず、院生たちはひたすら学問に集中していました。

私は度々、韓国の大学に訪問教授として訪れますが、学生の英語力には驚かされるばかりです。KDIという大学院大学は、全ての講義が英語で行われ、教授や先生方も、全て英語だけで講義をしています。つまり、欧米の大学院大学方式です。

漢陽大学のMBAコースも全て英語で講義が行われています。大学院担当の先生は、総勢35人いますが、その先生方全てが欧米の大学で博士号(PhD)を取得しているので、韓国にいながら欧米の大学院で学んだ方式が採られているのです。

以前は、韓国を始め、多くの外国から留学生を日本の各大学は迎えていましたが、今ではその数も極めて少なくなりました。日本経済の力がどんどん下がっていくに従って、「日本で学ぶべきものが見つからない」というのが外国からの留学生たちの言葉です。つまり、日本という国に魅力を感じていないのです。これほど悲しいことはありません。

韓国のKDIも漢陽大学のMBAコースではアジア、ヨーロッパから多くの留学生たちが学んでいました。その現実を目の前にすると、日本の“経済力”が衰えるということは経済だけではなく、「文化・技術・芸術なども同時に衰えているではないのか」と、私はとても心配になりました。

更に、春休みにグアム島にあるグアム大学でも経済学の講義をする機会がありました。受講生のほとんどは、太平洋の各島から来た学生たちでしたが、それでもグアム島はアメリカ合衆国の「準州」であり、完全にアメリカ方式の教育システムが採られており、その立派さに驚かされました。ほとんどの教授が、アメリカ各地の大学でPhDを取得した方々で、その教育内容の充実ぶりに、初めて触れた私は敬服しました。また、キャンパスで行き交う学生たちから、大学で学ぶ喜びがひしひしと感じられ、「南の島」ということもあってか「まぶしさ」をも感じました。

日本経済の現状――GDPとは何か

本連載でも、幾度となく日本経済の現状について書いてきましたが、現在も多くの人から「GDPとは何ですか」と、質問をよく受けます。新聞やテレビで日常盛んに日本のGDPの惨めさ加減について報道されていますが、肝心のGDPそのものについては詳しい解説は見られないのが実情です。

世界35カ国の先進国が加盟している経済協力開発機構(OECD)という機関があります。その加盟国で、日本の経済成長率は21番目で、まさに「中程度の国」になったのではないか、と私は心配します。かつてアメリカに次いで、ダントツのNo.2の経済力を誇った日本でしたが、その「落差」に愕然とする思いです。

そこで今回は、改めてこの「GDP」について詳しく見ていくことにします。

GDPとは「国内総生産」と言われ、“G”とは「Gross」、日本語では「全て、大体」などの意味です。“D”とは「Domestic」のことで「国内の」という意味です。そして、“P”とは「Product」のことで「儲け」であり、「生産物」を意味します。以上から、GDPとは、経済理論では一般に「ある一定期間」で、通常は「1年間にその国で新たに作り出された生産額の総計」と言われています。

さて、「その国で」という点が大切です。どの国の人でも、日本に来て働き、稼ぎ出した「新たな儲け」を合計した値がGDPなのです。外国企業がどんどん日本進出してせっせと儲けを出してくれれば、日本のGDPは増大することになります。逆に、日本の企業が日本から出て行くと、日本の儲けは少なくなり、日本のGDPは減少します。

これで皆さん、日本のGDPがほとんど増大しない理由が分かるでしょう。日本の企業はひところ、アメリカへ出て行きました。それは、日本から安い物が次々とアメリカへ輸出され、アメリカの国際収支が「赤字」になり、アメリカが怒ったのです。「これほど安価な物を輸出してもらっては困る」と言い、日米貿易摩擦が起きました。それを回避するために、日本企業はやむなくアメリカへ進出したのです。すると、「日本の国内生産物が減少する」ことになり、日本のGDPが減少するのです。

ここまで述べると、「もしかするとトランプ大統領は、案外正しいのではないのか」という思いが浮かんできます。トランプ大統領は「アメリカ・ファースト」の政策をいの一番に掲げています。つまり「海外からの安い物はアメリカへ入れるな。アメリカの企業が第一だ。私は大統領として、絶対にアメリカの企業を守る」ということを、臆することなく主張しています。そうすることで、アメリカの国内生産の増大をもくろんでいるのです。しかし、日本政府はこのような政策を採ることはできません。

もう少しGDPが減少する原因について見てみましょう。

1973年から国際経済体系で「変動相場制」が導入され、円とドルの関係は一挙に「円高=ドル安」の状態が定着し、それまで「1ドル=300円」だった水準が、一挙に「1ドル=200円→150円」となり、ひどい時には「1ドル=75円」まで変化しました。

そもそも「1ドル=360円」という「固定相場制」で、国際貿易は戦後始まったのです。それが73年を境に「円高=ドル安」という状態が定着したことで、どれほど良い製品を作ったとしても価格面で“勝負”できなくなりました。例えば、1台200万円の車を輸出するとしましょう。1ドル=300円なら、200万円の車は「6,666ドル」という価格が付きます。しかし、1ドル=100円になったとしましょう。すると200万円の車は「2万ドル」という値段が付くことになります。

同じ値段の車がドルと円の相場が違うだけで、これだけ値段に違いが生じるのです。円が高くなると日本から輸出ができなくなることがよく分かります。そこでやむなく日本で生産するのをやめるか、減少させて企業は外国へ出ていくのです。つまり円高になると、日本で生産して外国へ輸出していたのでは、採算の面で勝負できないのです。そこで、日本企業は「やむなく外国へ進出して行かざるを得ない」という状態に陥ったのです。つまり、日本国内での採算が減少していったのです。すると「GDPが低下する」ということが起こったのです。

私は、かつてアメリカの自動車生産の中心地・デトロイトで日本から進出してきた自動車関連会社の下請け企業の責任者に話を聞いたことがあり、その人は「デトロイトまで進出したくはなかったのです。しかし、親会社がここへ出てきたので、企業のためにやむなく来たのですよ」という悲鳴にも近い声を上げていました。企業の運営は、「経済学の理論通りには進まない」ことを学びました。

日本はもはや“技術大国”ではないという現実について

更に、GDPに関して考えてみましょう。GDPとは「生産の増大」を意味します。生産を増大させるには、生産の基本的な条件が必要となります。生産をもたらすには「生産要素の賦存(ふそん)」が大切です。「資本・土地・労働+技術」を、生産の基本条件と言います。これらが十分に備わっている国が、GDPの増大を可能にします。

かつて日本は、「土地の賦存状態もなく、労働者の増大も期待できないけれど、資本と技術は存分にあるから日本経済は大丈夫だ」と言われ、人びともそれを信じてきました。しかし最近、アメリカのカーネギーメロン大学のリー・ブランステッター教授が衝撃的な論文を発表しました。それによると、「日本は1990年代に入って『もはや技術大国ではない』。技術水準ではオーストラリア、ニュージーランド、更にシンガポールや台湾にも遅れを取っている」とし、「そのことが、今日の日本経済を1%以下の経済成長に陥れている」と結論付けたのです。その現実を少し見てみましょう。

全要素生産性の米国との格差(米国を100として)

2014年2012年2000年
日本707580
カナダ8090100
オーストラリア808580
中国403530

出所:リー・ブランステッター著『イノベーションを阻むもの戦後システムの名残一掃を』経済教室:日本経済新聞(2019年3月18日)

上表は、リー教授が発表した論文の一部ですが、これらの数字から十分現在の日本の技術水準の現実が理解できると思います。日本とアメリカとの技術格差は拡大の一方なのです。わずか25年ほど前は「技術大国・日本」と呼ばれていたのに、現在の日本の技術水準は見る影もない状態です。

何がこのような状態に陥れているのでしょうか。日本の進むべき道について真摯に考える必要があると痛切に思います。


岡地勝二
関西大学経済学部卒業。在学中、ロータリークラブ奨学生としてジョージア大学に留学、ジョージア大学大学院にてM.A.修得。名古屋市立大学大学院博士課程単位終了後退学。フロリダ州立大学院博士課程卒業Ph.D.修得。京都大学経済学博士、龍谷大学経済学教授を経て現在、龍谷大学名誉教授。経済産業分析研究所主宰

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