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オーストラリアで今を生きる人 才川須美さん

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オーストラリアの日系コミュニティーで今を生きる、さまざまな人のライフスタイルを追うコラム。

Vol.37 才川須美さん

オーストラリアで心臓移植、このひと時を大切にしたい

シドニーで管理栄養士・食育インストラクターとしてオーストラリア人や日本人、子どもたちを対象に、オーストラリアのヘルシーな食材を使った料理教室、精進料理教室を主宰。シドニーを拠点に精力的に活動してきたが、心臓の難病「拡張型心筋症」と診断され、13年間にわたって闘病生活を続けた。2017年に心臓移植手術を受け、現在では趣味のテニスが楽しめるまでに体調が回復した才川さんに、生命の大切さや臓器移植に対する考え方などについて聞いた。(聞き手:守屋太郎)

――どのようにして食に関する仕事に関わることになったのですか?

神戸の実家が禅寺でしたので、日頃から行事があるごとに精進料理を提供していました。私も幼少時代からその作業を手伝っていましたので食や料理に慣れ親しんでいたのです。大学で栄養学を勉強した後、独学で管理栄養士の国家資格を取得し、栄養専門学校で栄養士の育成に携わりました。料理のテレビ番組や雑誌の仕事を担当したり、また企業の顧問栄養士として料理教室や講演なども手掛けていました。

――オーストラリアへ移り住んだきかっけは?

結婚した夫がイギリスの会社に勤めていて、転勤することになったのです。私は海外志向が強かったわけでもなく、夫の仕事の事情で「やむなく付いてきた」という感じでした。「行けば何とかなる」と思ってはいましたが、最初は英語で苦労しましたね。

当初はブリスベンに住み、すぐに長男を生みました。子育てをしながら、思い切ってコミュニティー・カレッジで日本料理を教えてみたのが、オーストラリアでの仕事の始まりでした。最初の頃は生徒に質問されても英語で返答できず、身振り手振りで説明するなど大変でしたが、これを皮切りに教える対象を州立職業専門学校(TAFE)などにも広げていきました。

その後、シドニーに移り、2人目の子どもとなる長女を出産しました。娘の通っていたプレイグループのメンバーから、大人と子どもが一緒に参加する料理教室を開いて欲しいとの要望がきっかけとなり、プライベートの料理教室「スミズ・キッチン」(Sumi’s Kitchen)を発足させ、今年で約18年になります。

――心臓に異変を感じたのはいつですか?

キャンベラからシドニーに搬送される才川さん
キャンベラからシドニーに搬送される才川さん

2004年にスレドボ(NSW州南部のスキー・リゾート)にスキー旅行に行った時、初日の夕方に突然、気分が悪くなり、地元の病院に駆け込んだのです。当直の先生がすぐに心臓の異変を発見し、キャンベラの病院に緊急搬送されました。

2日後、心室細動(心臓の心室が震えて全身に血液を循環させることができない症状)を起こし、意識を失いました。タイミングが悪ければゲレンデで命を落としていたほど危険な状態でした。私が住むシドニーで受け入れてくれる先生と病院が見つかり、急きょヘリコプターでシドニーに搬送され、検査の結果、難病の「拡張型心筋症」と診断されたのです。原因は分かりませんが、多分娘を産んですぐに掛かった肺炎の菌が、心臓に回ったようです。

「埋め込み型除細動器」(ICD=生命に関わる不整脈が起こった場合に電気刺激を心臓に与える装置)を装着し、薬剤と併用しながら治療していくことになりました。それから移植までの13年間、電池交換や装置の更新などで4回ほど手術を受けました。ICDには何度か命を救われました。この装置は、心室が異常に収縮して命の危険に関わる事態になれば作動します。特に初めてICDが作動した時は、一晩に5、6回作動したようです。その後、しばらくは1人でいることが怖くなり、精神的に落ち込み、大変辛い時期を過ごしました。

それでも、ICDと薬剤のお陰でなんとか通常の生活はできました。面白いことに少しでも傾斜のある道や階段を歩くと、息が苦しくなり、ゆっくりとしか歩けなかったのですが、テニスのコンペには参加していました。

――心臓移植を決断した時の率直な気持ちを聞かせてください。

2016年になると、息が苦しいと感じることが増え、軽い心不全を起こすようになってきました。セント・ビンセント病院(シドニー市内)の心臓・肺移植病棟で検査を受けましたが、結果は芳しくありませんでした。「2年以内に心臓移植をしなければ、どうなるかは保証できない」と告げられ、身が震える思いがしました。体が手術に耐えられるのか。また、術後はどうなってしまうのかと不安でいっぱいになり、眠れなくなりました。

背中を押してくれたのは、息子の一言でした。「もし2年後、状況が更に悪くなった時に移植を決めても、すぐにマッチした心臓が出てくるかどうかは分からない。なるべくまだ若くて体力があるうちにやった方が成功の確率が上がるのなら、今やった方が良い」と言ってくれたのです。

それから1年間、私の身体が移植に適しているかどうかを調べる検査を徹底的に行いました。2017年10月初旬、正式に心臓移植のリストに載せられた日から、わずか5日後に「適合するドナーが見つかった」と連絡があり、その日の午後に移植手術を受けました。

――手術後の経過はいかがでしたか?

早いケースでは、心臓移植の約2週間後に退院できるそうですが、私は新しい心臓と私の細胞の拒絶反応が激しかったため、約6週間、病棟から一歩も出ることができませんでした。なかなか好転しない状況の中、「失敗だったのだ」という思いが自分を苦しめました。

その後、なんとか医師や看護師のおかげで拒絶反応も減り、退院できました。それでも「移植によって全てが良くなるだろう」という期待が高すぎて、思い通りにならないことへの焦りや怒り、悲しみでストレスを感じました。

「移植をして良かった」と心から思えるようになるまでに、手術から1年半ほど掛かりました。自分の免疫を抑える薬を始めとして、山ほど薬は飲まないといけませんし、薬の副作用で細かな問題はありますが、今では15年間苦しめられてきた息苦しさやしんどさはほぼなくなり、思う存分スポーツを楽しめる体を取り戻すことができました。目標だったテニスのコンペにも参加できるようになりました。

――手術の前と後では、命に対する考え方は変わりましたか?

死を身近に感じられるようになりました。私の場合、移植が最終手段だと考えていましたので、期待が高すぎ、術後になかなか回復しなかったことで悩んだり、怖くなったりもしていました。

そんな時、「死は生きとし生けるもの、平等に訪れる。今後何が起こっても、結果は死ぬだけ。それが早いか遅いかだけなんだ」と考えるようになり、現状を受け入れられるようになりました。今は「命がある間は、一生懸命にこのひと時を大事にし、思い残すことがないようにしなければ」と考えていて、ほんの小さなことでも幸せを感じます。

家族や友人の助けも力強い支えになりました。怖くて落ち込んだこともありましたが、主人は一貫してポジティブに接してくれました。慰めるのではなく、普通に接してくれたことで救われました。夫婦で一緒に悩んでいたら、もっと落ち込んでいたかもしれません。

最初に心臓を患った時、娘はまだ幼稚園児だったので、まともに育児ができず、可哀想なことをしたという思いはありました。しかし今では20歳になり、慰めてくれたり、叱ってくれたりと支えになってくれています。友人たちは互いに連絡を取り合って、シフトを組んで、お見舞いに来てくれたり、家事をしに来てくれました。海外では親や親戚が身近にいないので、お互い助け合わないと生きていけず、そんな周囲の親身なサポートに助けられました。

――臓器移植のドナー登録については、どのようにお考えでしょうか?

今年の7月28日から8月4日まで、臓器移植のドナー登録について理解を深めるための啓蒙活動「ドネートライフ・ウィーク」が開かれました。私も初日にシドニー・オペラ・ハウスで行われたイベントに参加しました。ドナー登録については、まだ一般に認知されていません。臓器移植には家族の理解も不可欠です。この問題について幅広く知ってもらい、考えてもらう必要があると思います。

NSW州では運転免許証の裏にサインをするだけでは臓器を提供できません。自分の名前を登録する必要があるのです。人それぞれ考え方は異なると思いますが、「登録者が1人でも増えれば、それだけ助かる命がある」ということを考えてみて欲しいです。もし、ご賛同いただけるのであれば、下記のサイトを覗いてみてください。

――今後の人生の目標は?

日本で、心臓移植専門の医師と看護師さんにお話を聞く機会があったのですが、日本とオーストラリアの両国間では、レベルの差ではなく、多少考え方や治療方法が違うのだと感じました。オーストラリアで心臓移植を受けた日本人として、その体験を日本に伝えるようなボランティア活動も、いずれは実現できればと考えています。

個人としては、薬のせいなのか、食品に対して、自分の身体が大変敏感になってしまいました。自分の専門知識を生かして、なるべく加工食品を除外し、体に良い食事作りを心掛けています。こういう経験を踏まえ、仕事でも精進料理やグルテン・フリー・ダイエットなどをもっとオーストラリア人に伝えていきたいと思っています。

最後になりましたが、私に臓器を提供して下さった故人およびご家族の方、また、私を支えてくれた家族や友人に感謝したいと思います。

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